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写真家・ササキの存在意義  作者: 1103教室最後尾左端
CASE003【蓮見飛鳥篇】
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004「許せない」


 ギリシャ神話に登場する美青年ナルキッソスは、水面に写る自分のあまりの美しさに恋に落ちた。そしてそのまま水の中の美少年から離れることができなくなり、やせ細って死んだ。また、水面に写った自分に口付けをしようとしてそのまま落ちて水死したという話もある。


 これがいわゆる「ナルシスト」という言葉の語源になっているわけだが、スマホの中に写る自分のかわいい写真にうっとりしている蓮見はすみの姿は、まさしく現代のナルキッソスである。


 そのままスマホにキスでもするんじゃないか、こいつ。

 いくら画面の中のお前がかわいくても、スマホの画面は便座べんざ並みに汚いらしいからな。ほとんど大腸菌だいちょうきんとキスするようなもんだからな。わかってんのかこいつ。


 脳内で余計な忠告を思い浮かべていると、ササキが咳払いをした。


「で、蓮見はすみ……くん? ちゃん?」

「あ、あすちゃんって呼んでください! ASUMIなんで!」

「……おじさんにはハードル高いよ……」


 ササキが「あ~す~ちゃん」なんて親しげに蓮見を呼ぶ姿を想像してしまった。こみあげてきたのが吐き気なのか爆笑なのかは分からなかったが、僕はその汚いものを口から出さないように、下腹に力を込めた。


蓮見はすみちゃんにしとこう。で、蓮見はすみちゃん。肝心の依頼は?」

「え、ああそうでした!! ……これを見て欲しいんです」


 そういって蓮見はすみはとあるSNSのページを画面に表示させ、僕らに見えるようにテーブルに置く。僕とササキは二人でそのページをのぞき込んだ。


「これは、女性ものを中心に取り扱っているとあるブランドのモデルをした時の写真なんです。で、見て欲しいのは……」


 そういって蓮見はページをスクロールして、コメントらんを僕らに見せた。

 コメントの数は500を超えており、そのほとんどが蓮見はすみの容姿の良さや服装のオシャレさを褒めたたえていた。


「すごいな……」

「えっへん。すごいでしょ」


 そういって胸を張る蓮見。

 見た目は美少女だが、男だから胸はほとんどない。


「でも……これ見て?」


 蓮見が画面を指さした。そこには……


 <うわ、完全に男じゃんww>

 <よく女のモデルやってられんなw 喉ぼとけ立派ww>

 <女装も限界だろ……身の程をしれよ……>

 <「女の子よりかわいい~」って言われたいだけだろ? 承認欲求しょうにんよっきゅう強すぎてまじでキモイww>……


 中々に辛辣しんらつなコメントが並んでいる。


「これは……ひどいな」

「うん。いわゆるアンチってやつ」

「ほっとけばいいんじゃないか? 有名税だとおもって無視すれば……」

「そう……なんだけどね……最近こういうコメントどんどん増えてきてて……」


 蓮見はまたうつむいてしまった。本物と見まがうほどに精巧せいこうにできているウィッグが蓮見はすみの顔を隠す。


 こういった誹謗中傷ひぼうちゅうしょうが、徐々に蓮見はすみの自信を奪っているのだろうか。心無い言葉に彼女は自分の今後を案じて、暗い気持ちになっているのだろうか。


 それは、何というか……少しかわいそうに思えた。彼女が苦労して手に入れた居場所を冗談半分の「w」マークで踏みつぶしていくのは、僕としてもあまりいい気分ではない。


 僕は励ますつもりで、明るい声を出した。


「あんまり気にすんなって! 大丈夫、お前は十分……」

「……むかつくんだよね……」


 僕の言葉に被せるように蓮見はすみが声を出した。いつものかわいらしさを意識した声じゃない。怒気どきをはらんだ、恐ろしい声色だ。


「はい?」


 僕が問い返すと、蓮見はテーブルをバンッと叩いてまくしたてた。


「こういう連中、絶対許さない!! 私がかわいいのは必然! 絶対! かわいいは正義で、力!! 私は、こういう連中を私の『かわいい』で黙らせたいの!!」


 鬼気迫ききせまる物言いに、僕は身を引いたが、ササキはあごに手をやって思案顔をしている。


「つまり……蓮見はすみちゃん。君の依頼は、君の『かわいい』写真を撮るってことかい?」

「そうです!! 今までは、基本自分でSNSの写真は撮ってたんです。だから、プロに撮ってもらってアンチの連中を黙らせたいんですよ!!」


 強い言葉でそう言い切った蓮見はすみの顔を、ササキはじっと、品定めするように見つめた。いつものにやけ面ではない、真剣な顔だった。


 そしてたっぷり10秒ほど沈黙した後、


「……いいよ。写真を撮る分には構わない」


 ササキはそう言った。


「ほんとうですか!?」


 心底嬉しそうに、蓮見はすみは自分の両手を合わせた。ほころんだ顔は可愛らしく、蓮見が男であることを忘れそうになる。


「ただし、条件が二つある」


 喜ぶ蓮見はすみに水を差すように、ササキは指を二本立てた。


「一つ、撮影は2週間後だ。ボクも他の仕事があるし、君だって準備がいるだろう?」

「そうですね。私も身体作らないといけないので!」


 よし、と小さくガッツポーズを作り、蓮見はすみは気合十分だ。


「そして二つ、2週間後の君の様子を見て撮影するかどうか決める」

「……それは、場合によっては撮ってもらえないかもしれないってことですか?」

「その通りだよ。君の様子を見て、君が求めるものを撮れないと分かったら、撮らないその時は依頼はなしだ。いいね?」

「……わかりました。しっかり準備してきます!」

「うん。じゃあそれで。よろしく」


 依頼完了。思ったよりスムーズに蓮見はすみの依頼は受理された。


 考えると、今回の依頼は今までの依頼と違って分かりやすい。枢木雪枝くるるぎゆきえの「祖母の遺影いえい」、大槻おおつきこむぎの「心霊写真」などに比べれば、蓮見はすみの「かわいいSNS用の写真」は、内容かなりはっきりしている。


 ササキが提示した二つの条件が少し引っかかるが、余計なことは考えず、かわいい写真を撮ればいいのだから、やることは明確だ。



 僕らの相談に一区切りついたのを見計らって、店長がお茶菓子を持ってカウンターから出てきた。


「おつかれさん。依頼。まとまったのか?」

「店長、さっきはすいませんでした」


 僕が謝ると、店長はかぶりをふった。


「いやいや、勘違いした俺も悪かったよ。蓮見はすみちゃん、だったか? お詫びってわけじゃないけど、これ、食ってってくれよ」


 人のよさそうな顔でそう言うと、店長はお茶菓子をテーブルに置いた。



 その時。一瞬、蓮見はすみの表情がくもった。普通に見ていたら見逃してしまいそうな、短く小さい反応だったが、確かに蓮見はすみ鬱陶うっとうしそうな、冷たい顔をしたように見えた。


 しかし、瞬きする間にいつもの笑顔に戻った。やはり、僕の気のせいだろうか?


「わぁー。ありがとうございます! でも私、すぐ帰らないといけないので、お気持ちだけいただいておきますね!」

「そうか? じゃあ、いくつか好きなのもってかえってくれ」

「……あ、じゃあコレ、いただきますね!」


 蓮見は個包装されたお菓子をいくつか手にとり、鞄の中に入れた。

 そのまま、鞄を手にもって立ち上がる。


「それじゃあ、ササキさん。赤坂君。二週間後、よろしくお願いします!」


 そう笑顔で言って、蓮見はすみは流れるように店を出る。


「……シュン君。送ってあげなよ」


 ササキが小さくそう言った。

 そう言えば、ここに来るのもちょっと迷ったとか言ってたな。迷ってたらちょっとかわいそうか。


「分かった」


 返事だけして、僕は店から出た。

 扉を開くと、外はしとしとと雨が降っていた。


「そういえば、雨だったな……」


 店に備え付けてある傘をさして、僕は蓮見はすみを探した。

 しかし、店から駅までの道をざっと見まわったが、蓮見はすみはどこにもいなかった。


「……まあ、いいか。ちゃんと帰れてたらいいけど」


 諦めて店まで戻ることにした。雨粒が僕のバイト服のエプロンに当たる。外してくればよかったたと後悔しながら店への道を歩いていると……。


「……あれ?」


 地面に見覚えのある個包装が転がっているのが見えた。アスファルトの上のカラフルな包装紙はとても目立っていた。近寄ってみると、先ほど蓮見が持って帰った個包装のお菓子と同じものだ。全部、中身は入ったままだった。


「これ……あいつが捨てていったのか……?」


 僕は混乱した。蓮見はすみの意図が分からない。店長からの厚意を無下むげにするような奴には思えなかったけど……。


 蓮見飛鳥はすみあすかという人間が、ますます分からなくなってしまった。


 雨に濡れてつやつや光るプラスチックの包装がやけに物悲しかった。見ていられなくて、僕は落ちているお菓子を全部拾ってポケットに入れ、急いで店へ戻った。

ゴミはゴミ箱に!! ……中身入ってるならゴミじゃないか。いや、そういう事じゃないけど。


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