003「ナルシスティック・エンジェル」
店長の通報を、やっとのことで防いだあと、僕とササキは改めて蓮見の話を聞くことにした。
「もう一度ちゃんと説明してもらえないかな? 『女の子になりたい』だけじゃ、何をすればいいか分からないから」
「あ、ごめんなさい……」
蓮見は恥ずかしそうに頬に手を当てていった。その様子も、どこか可愛らしい。まるで自分の「可愛い角度」や「可愛い仕草」を知り尽くしているようだった。
「えっと……どこから話せばいいんだろう……」
「ゆっくりでいいから、最初から話してくれると助かるよ」
ササキはいつも通りに戻っていた。眼鏡の中の目が細まった、いやらしいにやけ面になっている。
蓮見は、自分の金色の毛先をいじりながら話し始めた。
「……私、中学の時、いじめにあってたんです」
……重い導入だった。予想もしない始まり方に、僕もササキも面食らった。
「身体が小さかったこととか、運動が苦手だったこととか、仕草がちょっと女の子っぽかったとか、人前で話すことが苦手だったりとか……そういう事でいじめられてて……『おかま』とか『おんなおとこ』とか言われて、毎日学校に行くのが苦痛でした」
当時のことを思い返したからか、蓮見の表情は暗くなっていった。
「親にも相談したんですけど、『そんなの気にしなければいい』とか『お前に自信がないのがいけない』とか、そんなことばかり言われてました。当時の私は全く自分に自信がなかった。何とか学校には行っていましたが、それも親が行けっていうから行っていただけでした」
蓮見は、嫌な記憶を掘り起こしたためだろうか、辛そうにうつむいてしまった。ウィッグの金髪がだらりと垂れ下がって、蓮見の表情を隠す。
「……あまり気分のいい話じゃないな」
僕は思わず声に出してしまった。
いじめる側からしたら大した意味を込めていない言葉であったとしても、また、親からすれば正論を言ったつもりだったとしても、その言葉が一人の子供の人生を大きくゆがめてしまうことは、許されることじゃない。
蓮見は暗い声のまま、続けた。
「……転機は、突然訪れました。きっかけは、私の七つ上の姉が冗談半分で私に自分の服を着せたことでした。私は、本当に嫌だったんですが、姉が無理矢理着せようとするものだから、仕方なく着たんです……そしたら……そしたら……」
そこで蓮見は、下を向いたまま声を途切らせた。
何故か、「はぁ、はぁ」と息が上がっている。吐息もどこか熱っぽく、ただ事でない様相を呈している。
……もしかして、かつてのトラウマがよみがえって、過呼吸になってしまったのか?
もしそうなら、大変だ。
こんどこそ店長に電話してもらわなければならない。
警察ではなく、救急車を呼んでもらう必要があるかもしれない。
慌てて店長を呼ぼうとする僕を手で制して、ササキは「そしたら……どうしたんだい?」と蓮見に続きを言うように促した。
それに対して、蓮見は顔をゆっくりあげてこういった。
「そしたら、私……めっちゃくちゃ、かわいかったんです……」
その目はとろんとしており、手は自分の肌のつやを確認するかのようにうっとりと頬にあてられていた。吐息は抑えきれない恍惚感にあふれていた。
「……へ?」
予想外の返事に、気の抜けた音が僕の口から出た。
そして僕のその音を皮切りに、先ほどまでの暗さが嘘みたいに、蓮見は興奮気味にべらべら喋り始めた。
「鏡に写った私を見た時、私、衝撃を受けたんです! かわいい!! かわいすぎる!! 『男の子にしては……』なんて枕詞がいらないくらい、本当にかわいかったんです! 写真もありますよ!? 見ますか? 見ますか!?」
その豹変っぷりにさすがに気圧されたのか、僕もササキもややのけぞるような体勢になった。
「いや、別に、今はいいかな……」
「いやいやいや、見てください! コレ!! コレ!!!」
僕らの様子を完全に無視して、机の上に置いていた自分のスマホを恐ろしい速さで操作し、画面を僕らに見せつけてきた。
画面には、おずおずとポーズをとる中学時代の蓮見が写っていた。今よりも少し身長が低く、顔も幼げで、確かに「可愛い女の子」にしか見えなかった。
「まあ、かわいい、とは思うよ」
おずおずと僕が言うと、蓮見は満足そうにしゃべり続けた。
「でもこれ、メイクとか覚える前なんですよ。ほんとポテンシャル一本でこんなにかわいいなんて、やばいでしょ?! ちゃんと服選んで、ポーズとか、メイクとか覚えたら! もっともっとかわいい私が見れる!! そう思って、自分のお小遣いを使ってオシャレを勉強するようになったんです!! ほら、見てください!! この成長っぷり!!」
蓮見は次々と写真を見せつけた。確かに徐々に服装も蓮見に合ったものになっていったし、最後の方の写真は化粧やポーズも様になっている。その姿は「とても可愛い女の子」にしか見えない。
スマホを操作しては写真を見せてくる蓮見の勢いに押され、僕もササキも押し黙ってしまった。
「段々、自分ひとりでこのかわいい私を独占するのはもったいないような気がしてきたんです。それで、女装男子『ASUMI』としてSNSを始めたんです。私の予想は正しかった!! 写真を投稿する度に私のフォロワーはすごい勢いで増えていきました。今やフォロワー数は三万人!! もう、自信のない私は完全に消え去ったんです!!」
写真を見せるのに満足したのか、スマホを自分の膝の上において、蓮見は嬉しそうに言った。
「最初は呆れていた家族も、企業からモデルのオファーが来るようになったら驚いて、認めてくれました。学校でのいじめは続いていましたが、もう気になりませんでした。私にとって『おかま』も『おんなおとこ』も悪口ではなくなっていましたから。 私の噂は学校中に広まり、三年生になるころには、私をいじめる生徒はいなくなりました。卒業式の時は、男の子から告白までされるようになったんです」
そして、と蓮見は続ける。
「私はこの経験を通じて、この世の真理を完全に理解しました」
「お、おう、どんな真理だ?」
僕の苦し紛れの合の手に、食い気味で蓮見は答えた。
「かわいいは正義! かわいいは力!! だから、かわいい私、かわいい!!!」
超が付くほどのどや顔で蓮見はそう言い切った。目はキラキラと光っている。
正直何を言っているかさっぱり分からなかった。本当に同じ日本人か疑わしいレベルの語彙力に、本当に同じ人類か疑わしいほどの論理性だった。
が、本人がとても満足そうなので放っておくことにした。
「……シュン君、たまにはまともな依頼人連れてきてくれないかな……」
ほとんど悲鳴のようなつぶやきを漏らしたササキに対して、今度ばかりは僕も同意せざるをえなかった。
「かわいい私、かわいい!!」
個人的に勢いがあって好きなセリフです。
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