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写真家・ササキの存在意義  作者: 1103教室最後尾左端
CASE001 【枢木雪枝篇】
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005「枢木雪枝の正体」

 妙に薄暗い店内でササキと枢木は向かい合って座っている。二人の手元にはそれぞれコーヒーが置かれており、二人の間を湯気が揺らめいている。


 ササキはカマキリのような細くこけた顔をしており、かけている大きな眼鏡の奥の眼は何が面白いのかにやにやと細められている。


 対する枢木は授業中と同じように天井から吊り下げられているように背筋を伸ばして座っている。無表情だが、顔が若干こわばっていることがわかる。


「ササキ。これがさっき言った依頼人の枢木。僕のクラスメイトだ」

「枢木雪枝です。不本意ながら赤坂君のクラスメイトです」


 何だ不本意って。喋ったの、今日が初めてじゃないか。


「そりゃ不本意だろうねぇ」


 ササキも乗っかるな。僕が何をしたっていうんだ。


「……で、枢木、こっちがササキ」

「写真家のササキです。いつもシュン君がお世話になっています」


 僕は枢木に世話なんかされていない。殺されかけただけだ。


「ええ。お世話しているわ」


 枢木も乗っかるな。むしろ僕がササキを紹介しているんだから僕が世話人だろ。


 なんかこの二人、僕を馬鹿にすることで円滑に会話を展開しようとしてないか?

 忌々しい……。


「シュン君、そんなに怖い顔しなくてもいいじゃないか。テロリストみたいな顔してるよ今」

「ええ、とってもテロリスティックよ」


 テロリスティック。音感はほとんどセロリスティックだ。正しくはスティックセロリのはずだけど。


 しょうもないことを考えて気を紛らわせる。案外この二人、相性いいのかもしれない。


「で、ご依頼内容は?」


 ササキが本題に入った。


「はい。私の祖母の遺影を撮っていただきたいのです」

「それはまた珍しい」

「そうなのか?」


 僕がササキに訪ねる。


「うん。普通、遺影は亡くなった後に生前の写真から探すことが多いよ。生きてる間に死んだあとの写真を撮るなんて、不吉じゃないか」

 

 なるほど。もっともだ。


「家族でもそのつもりでした。でも、医者にもう長くないと宣告されてから、祖母がしきりに自分の遺影を撮って欲しいと言い始めて……」

 

「そう。ま、何か思うところがあるんだろうね。遺影を写真家が撮るってパターンもなくはないし」

「お願いできますでしょうか」


 少しだけ不安そうな表情で枢木は言った。口調は思いのほか丁寧で、クラスの女子なんかと比較すると敬語に慣れているような印象だった。


「まあいいだろう。お引き受けしますよ」


 枢木の不安をよそに、ササキはあっさり引き受けた。そして眼前のコーヒーをすすった。


「ありがとうございます」


 枢木もほっとした様子だ。顔のこわばりが若干弱まったように見える。



「じゃあそうだね、詳しい日程を決めようか。ご病気のおばあ様に出向いてもらうのは忍びないし、ボクらがうかがいますよ」

「ボクら?」

「ああ、アシスタントとしてこのシュン君を同行させる予定だよ」


「「えっ」」


 枢木とハモってしまった。初耳だぞ、そんなの。


「おい、ササキ。急すぎるぞ。僕にも予定ってものが……」

「ないでしょ。ここのバイトくらいじゃないか。店長には話をつけておくからさ」

 

 ……反論できない。確かに僕のスケジュール帳には、この喫茶店でのバイト以外の予定は入っていない。毎日毎週同じ繰り返しのせいでスケジュール帳など必要ないともいえる。


「待って。赤坂君、ササキさんのアシスタントなの?」

「そんな大それたもんじゃないよ。荷物持ちとかそんな感じ。撮影機材とかって結構重いから」

「それ、あなたじゃなきゃいけないの?」

「なんだよ。僕じゃ不満だっていうのか?」

「そうね……可能なら別の人がいいわ」


 僕、枢木に嫌われるような事しただろうか。

 そもそも枢木の方から僕に持ち掛けてきた話だというのに……。


 しかし、枢木の話し方を見ていると、僕に対する好感度とは別の思惑があるように思えた。僕がササキの仕事についてきてほしくない、何か理由があるようなそぶりである。


 枢木の言葉に、ササキの反応をうかがう。

 ササキは表情を変えずに言った。常時無表情の枢木より、ずっとにやにやしているササキの方が表情から心情が読み取りにくい。


「残念ながらアシスタントは絶対必要だし、それはシュン君じゃなきゃダメだ。申し訳ないけど、そこは譲れないね」


「……わかりました」


 枢木は観念したように言った。


 ササキが話題を戻す。


「で、おばあ様は今どちらに?」

「自宅療養中ですので、当家に来て撮影していただければと思っております」

「了解。じゃあこちらに住所を書いてもらえる?」


 ササキは机に置いてあった紙ナプキンとペンを差し出した。

 もうちょっとマシな紙はないのかと思ったが、枢木は気にせず書き始めた。


「こちらです」


 ササキは住所を一瞥し、紙ナプキンを手帳に挟んだ。


「確かに。受け取ったよ。日にちはいつ頃がいい?」

「今週末の日曜日でいかがでしょうか。時間は正午ごろだとありがたいのですが」

 

 今日は木曜日。よって三日後だ。


「うん、大丈夫だよ」

「では、祖母と家の者に伝えておきます。代金の件なのですが……」

「ああ。それなら完成した写真を見て、そちらで決めてください。ボクからは請求しませんから」


 明らかに胡散臭い発言をするササキに、枢木は眉間の皺を少し濃くした。

 ササキはにやけ面のまま、またコーヒーをすすった。


「……わかりました」


「じゃあ、話はこれで終わりかな。今週末、よろしくね」

 

 依頼開始から約十五分といったところだ。手際がいい。

 枢木は要件を終えると、ササキに軽く頭を下げ、店を出ようとした。


「おい、コーヒー飲んでいかないのか?」


 僕が話しかけると


「いらない。私、苦いの苦手なの」


 そう言い残し、こちらを見ずに店から出て行ってしまった。


 その背中からは、一刻も早くこの場から立ち去りたいという意思が感じられた。


 あ、そういえば。


「あいつ。ナイフとスタンガン忘れてやがる……」


 そうつぶやくと、ササキが僕にいった。


「忘れ物かい? じゃあ追いかけて届けてあげなよ。そのまま駅まで送ればいい」

「えぇ……どうせ日曜日に会うんだから、その時でもいいよ」

「いや、送った方がいい。彼女に何かあったら大変だよ」


 ササキの声が普段より少しだけ真剣味を帯びている。


「なんだよ。枢木が気に入ったのか?」


 僕が軽く茶化そうとしたが、ササキは無言で先ほど枢木が書いたメモを僕に見せた。

 そこには「枢木財閥枢木家本邸」とあった。


「ササキ。これって……」


「そう。多分彼女、枢木雪枝は枢木財閥、今風に言うとクルルギグループの総本家、枢木家のご令嬢なのさ。だから急いで追った方がいい」


 何かあったらボクらは一族郎党縛り首だ。ササキは不吉なことを変わらないにやけ面で言った。

セロリスティック!

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