025「大槻こむぎと無理難題」
それから、大槻は写真を一枚、事件を起こしたおじいさんに送った。残りの一枚は、家族が見られるようにリビングに飾ったそうだ。「忘れたくないのは、私だけじゃないだろうからね」とのことだ。依頼の代金は、事情を知った大槻のご両親と、大槻の貯金で適正に支払われたらしい。
数週間後、新聞に小さな記事が載った。件の「自動車暴走事件」の犯人が、メーカーへの訴えを取り下げたという内容だった。あの写真が直接の原因だったかは不明だが、何らかの影響を与えたことは間違いないだろう。
「ていうかさ。あまりにも記事小さくない? 事件が起きた時はあれだけでっかい記事で、何日も特集組んでたくせにさ。訴え取り下げたらこれだよ!! ホントムカつく~!!」
大槻は持っている新聞を荒々しく閉じ、ぷりぷりしながらコーヒーを飲み干した。
「ま、そんなもんだろ。みんな面白いものの方が好きだし。叩かれた側が素直になったら叩きがいがないんだろ。弱いものいじめみたいじゃないか」
「なにを~?! 私達の事件が面白いことだって?! 不敬だよ、不道徳だよ、不謹慎だよ、赤坂君!!!」
「あーごめんごめん。浅慮だったよ。深い意味はないから気にすんな」
「あ~傷ついた。私は深く傷ついた! なので私はコーヒーのおかわりを要求します!」
「あーはいはい。コーヒー一つね……ていうかさ」
「なに? 赤坂君」
「なんでいるの?」
何を隠そう、ここは僕のバイト先「喫茶クロワッサン」である。客の多くが喫煙者もしくは世捨て人という、誰を抽出しても強烈なサンプリング・バイアスが発生する、異端児(もしくは問題児)達の巣窟である。間違っても女子高生が理由なく来るようなところではない。
「えー。普通にお客として? ここのコーヒーおいしいよね」
「お、うれしいこと言うじゃないか。じゃあ、これおまけね」
「あ、ありがとうございまーす!!」
店長がコーヒーとお茶菓子をもって現れた。大槻は可愛らしい笑顔でそれを受け取る。
「店長、いいんですか? 今月、そんな余裕あるんですか?」
「いいんだよ。可愛い女の子にサービス。こういうのがしたくて喫茶店やってるみたいなもんだから」
人の好さそうな笑顔を浮かべる店長。いや、だとしたら経営方針考えなおした方がいいと思いますよ。可愛い女の子ほとんど来ないし。客層、三十越えから還暦付近の人ばっかりだし。喫煙者と浮浪者と奇人変人しか来てないし。
「適当に時間をつぶすのにちょうどいいんだよね。ここ。図書館か~ってくらい本あるし。現オカ研用の記事書くのにぴったり!」
「そうですか……」
大槻の座っているテーブルには、古めのノートパソコンが置いてあり、その横には何冊かオカルト関連の本が置いてある。
わが校はもうすぐ夏休み。そして夏休みが終わればすぐに文化祭だ。大槻の現オカ研は予定通り部誌を発行することになっているらしい。大槻はその記事を鋭意作成中、とのこと。
「でも、そんなに長く居座ると、ご両親心配しないか?」
「ん? 部活だって言ってあるから大丈夫だよ。遅くまでいるつもりはないし」
「で、でもそんなに席を占領してたら客の回転率が……」
「……それ、ササキさんの前で同じこと言えるの?」
大槻は奥の席に座っているササキを指さした。ササキはいつも通り、大量の本を積み上げ、黙々と読みふけっている。今読んでいるのは、妙にアメリカンなタッチの犬の絵が表紙に描かれた英単語帳だった。それはもう読書とは言わない。
「あー……もう勝手にしろ……」
僕は諦めて、カウンターの裏にもどることにした。
「シュン君。何か適当に甘いもの、店長に作ってもらって」
途中でササキに呼び止められ、こんなことを言われた。これほど適当な注文聞いたことがない。お前の家かここは。おかんか店長は。常連だからと言って許されざる暴挙である……が。
ササキの手は、一万円札をつまんでひらひらさせていた。
仕方あるまい。この世界は資本主義社会である。
「分かったよ、店長に言えばいいんだろ?」
「シュン君、お客様にはなんて言うの?」
「……かしこまりました!!」
語尾に怒気を含ませて、ササキの持っている一万円をむしり取ってカウンターに引っ込む。
「店長。ササキがなんか甘いもの作れ、だそうです」
「はいはい。何がいいと思う?」
「リンゴとか切って出せばいいんじゃないですか?」
「一万ももらっといてひどいなお前……」
知ったことか。甘いものならなんでもいいだろう。食べやすいし。
「じゃあシュン。その一万、とっといていいぞ?」
「え? 何でですか?」
「なんか、ササキからのバイト代らしい。余った分はくれてやるってさ」
振り返ってササキの方を見る。何か手をひらひら振っている。
うわ、キザったらしい……普通に渡せよ……。
「で、何作ればいい?」
にやにやしながら店長が聞いてくる。こういうところはササキと似ている。
「……無駄に豪華なチョコレートパフェとかにしましょう。できるだけ食べにくいヤツ」
「あっ!」
その瞬間、大槻が声を上げた。
「今度は何だよ……」
「赤坂君、このネット記事によると、この辺が舞台の都市伝説があるみたい!! 知らべにいこう!」
「……なんで僕も?」
「え、だって赤坂君、副部長じゃん。現オカ研の」
「初耳中の初耳だよ!!」
全く身に覚えがない。しかし、大槻は小首をかしげる。
「ササキへの依頼は終わっただろ? だから僕と現オカ研はもう関係ない……」
「ひどい……私達、一回だけの関係だったのね……」
お決まりの三文芝居である。悲し気に眉をゆがめ、目を抑えるそぶりをする大槻。しかし、そんなのに引っかかるのはサルか枢木くらいだ。
「いいじゃないか。行ってこいよシュン」
店長が無駄に豪勢なチョコレートパフェを作りながら口をはさんできた。
「でも、バイトが……仕事があるじゃないですか」
「学生は遊ぶのも仕事だろ。行ってこい」
「わーい。じゃあ店長! 赤坂君借りてきます!!」
店長がそう言うのではもうしょうがない。僕は渋々、店を出ることになった。特に持ち物は考えなかったが、ササキからもらったカメラだけは持った。
「よーし、出発!!」
「……いない間のバイト代、利子付けて返せよ……」
「当店、マイナス金利を導入しております!」
「え、僕が払うの?」
「知らない。金利とかよくわかんないし」
「本当に適当な奴だ……」
店長に見送られ、僕は大槻に半ば強引に店から引きずり出された。外は夕刻。陰陽の入れ替わる時間帯。古くから妖怪変化が活発化する時間だ。
梅雨が明け、夏休みが近づく。どこかしっとりとした風が少し強めに肌をなでる。どこかおどろおどろしく、でも何かわくわくするような、そんな雰囲気が漂っていた。
今なら、僕も心霊写真が撮れるかもしれない。そんな予感がする夕暮れだった。
これにて【大槻こむぎ篇】終了です!!
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
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【蛇足的伏線説明】
022で赤坂がバイト代を求めましたが、その時の返事がこのラストシーンになっています。
こんな感じで細かい伏線がぽろぽろありますので、お時間ある方はもう一度読んでみていただけるとありがたいです。




