021「まともじゃない男のまともな話」
僕らと大槻はその場で別れた。僕は、疲労困憊のササキを何とかササキの事務所のある「希望ビル」に連れて行かなければならなかったのだ。
「多分、現像には二、三日かかると思うから、完成したものはシュン君が学校で渡す形でもいいかな?」
「はい! 問題ないです。お忙しいところ、ありがとうございました!!」
別れ際、大槻はそうササキに挨拶し、チラっと僕を見た。
大槻と目が合ったとき、さっきの大槻の言葉が頭の中で再生された。
「赤坂君、ちょっとおかしいよ」
僕はすぐに目をそらして、「ササキ、とっとと事務所行くぞ」とササキの荷物を担ぎ、歩き始めた。少し、わざとらしかったかもしれないが、彼女の視線に耐えられなかった。
「まったく……せっかちだなぁシュン君は……。じゃあ大槻ちゃん。またね」
「あ、はい!! 写真、楽しみにしています!!」
大槻と別れた後、僕とササキはここから二駅程度の場所にあるササキの事務所に向かった。駅までの道のりを、僕は無言で歩き、ササキはよろよろと後ろからついてきた。
「シュン君、ちょっと歩くのが早いよ……」
「ん、ああごめん」
気が付かないうちに早足になっていたようだ。少し歩くペースを落とし、ササキが僕の隣に来るように調節した。
「こう見えてボクは結構なお年寄りなんだから、いたわって欲しいね……」
ほとんど独り言のような声量でササキはつぶやく。若干息が上がっている。
「うるさいな……だったら仕事の前日寝ない癖、治せよ」
自分の口調が思ったより不機嫌なことに驚いた。ササキに強く当たるなんて完全に八つ当たりじゃないか。恥ずかしい。
しかし、ササキはさして気にする様子もない。
「別に起きていようと思って起きているわけじゃないよ。緊張しいだから眠れないのさ」
「なんでそんなに緊張するんだよ……何年写真家やってんだ」
「長さは関係ないよ。初心を忘れないのがボクの流儀さ。……ところでシュン君?」
ボクの話は終わり、とばかりにササキは急に話題を変えた。
「大槻ちゃんとなにかあったのかい?」
グッとのどが詰まった。
「……別に何もないよ」
「その返事はほとんど白状しているのと変わらないと思うよ」
ふん、と鼻を鳴らしてササキは僕の言葉を一蹴した。
「ボクが写真を撮っている間、告白でもしたのかな? いくらシュン君の恋愛経験値がアメーバ並みだったとしても、それはどうかと思うよ?」
「アメーバが恋愛なんてするか!!」
分裂で増える単細胞生物以下の恋愛経験値とか、ゼロどころの騒ぎじゃない。マイナス、いや多分虚数の領域だ。確かに僕は恋人とかいたことないけど……。
「で、何があったんだい?」
ササキがもう一度聞いてくる。声色はさっきより幾分真剣だ。僕は一瞬迷ったが、結局観念して、聞いてみることにした。
「……ササキ、僕は、やっぱりどこかおかしいのかな」
「ん? そりゃ沢山おかしいところはあるよ? まあ、一番おかしいのはその顔で表を平然と歩けている神経だと思うけど」
「話の流れからシリアスを感じ取れ!! そういう事じゃなくて……つまり僕が、」
孤児であるということ。
人とどう関わればいいか分かっていないということ。
誰も大切にできていないのではないかということ。
様々な言葉が頭の中をめぐる。しかし、どの言葉も僕の伝えたいことをぴったり表すことができないような気がした。思い浮かんだ言葉が、霞みたいに形無く消えていった。
僕のそんな様子を見て、ササキは「……なるほどね」とつぶやいた。そして、いつもと変わらない軽い調子で言った。
「ねえシュン君。君はどう考えても質問する相手を間違えているよ。ボクが君のことをおかしいと言ったところで説得力がないだろう? 不本意ながらボクだって世間一般から見ればおかしい人間らしいし」
「らしいって……」
疑う余地もない。満場一致で変人だ。
「そう、でもボクはそんなこと気にしていない。気にしようと思ったことすらない。なぜなら」
ササキは僕の顔を見て、にやけ面のまま続けた。
「ボクからいわせりゃ、まともな人間なんてこの世に一人もいないからね」
ササキの声色には同情の色や、説教臭さは一切なかった。本当に思っていることをいつも通りに言っているだけだ。
そんな調子だったからかもしれない。妙にササキの言葉がストンと胸に落ちた。
「まともな人間なんて一人もいない」
ササキが言うと妙に説得力があった。なにか少し、気が楽になっていくのを感じた。
「……お前を世界の基準にするなよ」
本来ならササキに感謝をするべきだろう。でも、ササキの調子があまりにもいつも通りだったので、お礼を言うのはちょっと癪で、結局、憎まれ口をたたいた。ササキは僕の言葉を聞いて、またいつも通りニヤリと笑った。
ササキが事務所を構える「希望ビル」は、「名は体を表す」という言葉に真っ向から喧嘩を売るような、夢も希望も感じさせない廃墟寸前の雑居ビルだ。ササキの事務所のほかには、謎の宗教団体の本部、聞いたこともないような名前のスポーツ協会の日本支部などがテナントに入っており、誰もいないよりもより廃墟感を増していた。
不穏な音を出すエレベーターで二階に上がり、ササキの事務所に入る。僕が荷物を奥に運び込間に、ササキはよろよろと部屋に入って肘掛椅子にドカっと座った。
「道具、このままでいいか?」
「うん。そのままで。すぐに現像にとりかかるからね」
座ったことによってより疲れが出たのだろうか、ササキは今にも寝入りそうな弱弱しい声を出した。ひと眠りしてから作業に取り掛かるのかもしれない。
「分かった。現像はどのくらいかかりそうだ?」
「とりあえず二日くらいかな。出来上がったら店長に電話で伝えとくよ」
「わかった。じゃあ今日はもう帰るよ」
身支度を整えて出口の前に立つ。そこで、ふと、気になっていたことを思い出した。
「……なあ、ササキ。一つ聞いていいか?」
「なんだい? 見ての通りボクは疲れているんだ。くだらない話だったら怒るよ?」
心底疲れた声だ。手短に終わらせなければならない。
「今回の写真、お前は《《何を》》撮ったんだ?」
「心霊写真」を撮るために、ササキは何を写真の被写体にしたのだろうか。それがどうにも気になった。
「ああ、そのことか……それはね……」
ササキはそれから、ぼそぼそと今日撮った「心霊写真」について話した。
一通り話し終わった時、僕は思わず聞き返してしまった。
「……そんなこと、可能なのか?」
「まあね。ま、出来上がりを楽しみにしておいてよ」
ササキはそう言うと、寝息を立て始めた。僕は半信半疑のまま、ササキの事務所を後にした。
ササキの人生訓みたいなのは話半分で聞くのがちょうどいいです。まともじゃないですから。
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