020「欠陥品」
今回の依頼されている写真には被写体がない。
そもそも心霊写真は別に霊などを主体として撮るわけではない。写真の中には別の主体があって、その背景などにこっそり不可思議なものが紛れ込んでいるのが一般的な心霊写真だろう。
まあ、心霊写真に一般も例外もない。言ってしまえばすべてが「想定外」だ。ササキが前に言っていたように、わざとそれっぽい影を作るといった方法を除けば、意図的にとられる心霊写真なんて、そもそも心霊写真ともいえないかもしれない。
今回、ササキが撮る写真はどんなものだろうか。風景を撮るのか、ガードレールの隅に置かれた花束を撮るのか、何に焦点を合わせるのか。素人の僕からは見当がつかない。
撮影を開始してからしばらく経った。断続的にシャッターを切る音がする。ササキは撮影をしながら、何かを調節しているみたいだ。シャッター音がするたびに、何やらカメラや三脚をいじって微調整している。
僕と大槻はササキの邪魔にならないように、カメラに写り込まない位置に座って撮影が終わるのを待った。
僕と大槻、二人きりである。
……気まずい。
妙な沈黙が僕らの間に流れた。同級生の女の子と同じ空間を共有することに僕はあまりなれていない。もちろん仕事や依頼に関してであれば、それなりに会話はできる。しかし、フリースタイルのいわゆる「雑談」は何となく苦手だ。
それでも、何か場を和ませるような小粋なジョークはないかと、僕が頭を巡らしていると、先に大槻の方から話しかけてきた。
「ねえ、赤坂君」
「おうっ……なんだ?」
のどから変な音が出た。恥ずかしい……。
「この依頼、昨日のこともそうだけど、なんで私のためにここまでしてくれたの?」
「なんでって……それは依頼だからだよ」
「それにしたってやりすぎだよ。普通しないよ? 同級生の女子に土下座なんて」
「そうか? あの場面では仕方なかったと思うけど……」
「ううん、そういう事じゃなくて……わかんないかなぁ……」
あ~と声にならない音を出しながら、大槻は自分の髪をぐしゃぐしゃとかきまぜた。
いいのか? 髪型崩れてるけど……。
ひとしきり唸った後で、大槻は何か観念したように話を続けた。
「……昨日、枢木さんの件も少し話聞いたよ。随分大活躍だったみたいだね」
「大活躍って程ではないぞ。メインで仕事をしてたのはササキだし……」
「確かにね。でも、ササキさんはお仕事で、赤坂君は単なるお手伝いでしょ? ササキさんからお金もらってるの?」
「いや、別にお金をもらうようなことは……」
「じゃあ、やっぱりやりすぎだよ」
大槻はきっぱり言った。
「私のことといい、枢木さんのことといい……。赤坂君、君は、どうしてそんなに人のために頑張っちゃうの?」
「……別に、普通だろ。お前だってお姉さんのために、これだけのことをしてるじゃないか」
「それは、家族だからだよ。私の大切な家族だから。でも私と赤坂君は? 家族じゃないし、親友ってほど親しいわけでもなかった。なのにどうして?」
僕は何も答えられなかった。僕が返事をしないのをみて大槻は続ける。
「もし、赤坂君が私と同じくらい厄介な依頼を私に持ってきたとしたら、悪いけど私は絶対にこんなに深入りできない。もちろん手伝ってあげたいなって思うかもしれないよ? でも、できることそれなりにしたら、後は何もしない。ここまで踏み込んだり、助けさせてくれって膝ついて頭下げたりなんて、絶対しない。……私って薄情かな?」
「……いや、そんなことはないと思う」
「だったらさ、どうして赤坂君はこんなに優しくしてくれるの? 助けてくれるの? もしかして、私のこと好きとか?」
僕は返す言葉を考えた。
「おいおい、僕がお前のこと好きとか、自意識過剰かよ?」とか、
「じ、じつは、ずっと前から好きでした!!」とか、
「べ、別に好きとかじゃないし!! ただのクラスメイトだし!!」とか……
冗談めかして諭すような返事や、直球青春系、ツンデレ系など色々考えたが、ダメだ。
大槻の目は真剣だ。茶化して答える類の質問ではないことはわかり切っている。
「……いや、好き、とかじゃないと思う」
「そうだよね。私だけが特別なら、枢木さんのことが説明できないもん」
枢木が、昨日どこまで大槻に自分のことを話したかはわからない。
ただ、枢木の変化に僕が大きく関与していることは知っているようだ。僕は確かに、枢木の問題にも深入りしすぎていた。
大槻は、まっすぐ僕を見ていた。そして、言いづらそうに、だけどはっきりと僕に向かって言った。
「ねえ……赤坂君。助けてもらっておいてこんなこと言うのは本当に申し訳ないんだけどさ。……赤坂君、ちょっとおかしいよ」
僕は、黙った。黙るしかなかった。
大槻の「ちょっとおかしい」という言葉に息が詰まる。
「ちょっとおかしい」なんてオブラートに包んだ言い方を、大槻はしてくれたけど、彼女の言葉は間違いなく、僕の人間的な欠損を言い当てていた。
返す言葉がない。彼女の、言う通りだった。
僕にはわからない。
どのくらい人と関わればいいのか。
誰を大切にすればいいのか。
大切にするとは何なのか。
どうしたら大切にしたことになるのか。
僕には、それがわからない。
生まれた時から、本当は一番に大切にし、そして僕を大切にしてくれるはずだった「家族」が、僕にはいなかった。
だから、誰にでも、できる限りのことをしてしまう。
誰でも特別扱いしてしまう。
誰のことでも助けたいと思ってしまう。
加減が分からない。わからないからどこまでもいってしまう。方法があるのなら、できることがあるのなら、誰が相手でも何でもやろうとしてしまう。
これは、言葉の上では、博愛主義と言えるかもしれない。誰にでも平等に手を差し伸べることは、褒められるべきことなのかもしれない。
ただ、まぎれもない事実が一つある。
誰でも特別扱いしてしまう僕は、その実、誰も大切にできていないのだ。
大槻が、どう言うつもりで言ったのかはわからない。
でも、彼女の発言は僕という人間の、核心を言い当てていた。
僕は……欠陥品なのだ。
僕の身体は、呼吸の仕方を忘れてしまったみたいに、息を吸えずにいた。いつまでも黙っているわけにはいかない。どうにか身体に残ったわずかな空気を絞り出して声を出した。
「……ごめん。大槻、僕は……」
僕の声が届くか届かないうちに、
「あれ、あの車……!!」
突然、大槻が立ち上がった。僕の真後ろ、つまりは撮影中のT字路を指さしている。僕が急いで振り返るとその先には……
「あれ、お姉ちゃん撥ねたのと同じ車……?」
銀色の自動車だった。自動車に詳しくない僕でも高級車だと分かる、輝きと、ある種の威圧感を放った車がこちらに向かってやってくる。おそらく法定速度を二十キロはオーバーしているであろう、すごい勢いだった。
チラリと見えた運転手はスマートフォンか何かを見ているのだろうか。前方に意識はない。目の前の信号は、赤だった。にもかかわらず、全くスピードを落とす気配がない。
そして、T字路にかかる横断歩道、つまり「大槻いなほ」が事件にあった場所を車が横切る瞬間、
パシャパシャッ!!
シャッターの音が二回した。
車は、ササキの撮影に気づかず、横断歩道を横切ると、そのままのスピードで遠くへ行ってしまった。
幸いなことに、歩行者はいなかったため、けが人が出ることはなかった。
写真を撮り終えたササキは、力が抜けたように地面にしゃがみ込んだ。
僕と大槻は急いでササキのもとに駆け寄る。
「おい、どうしたんだ? ササキ!?」
「……ああ、撮れた。これ以上はない……」
そうつぶやくように言うと、ササキはよろよろと立ち上がり、機材の片づけを始めた。
「撮れたって……心霊写真ですか?」
大槻が恐る恐る尋ねると、ササキは小さく頷いた。
「うん。現像するまではわからないけど、多分、大槻ちゃんの期待に応えられそうなものが撮れたと思うよ……」
そう言うと、ササキは、いつものようにニヤリと口角を上げた。
赤坂君の過去が徐々に明らかになっております。伏線が回収しきれるまで、ちゃんと連載続けられるといいな……
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