019「依頼、リトライ!」
次の日、僕と大槻はもう一度、ササキに依頼するため「喫茶クロワッサン」に向かった。
僕と大槻がササキの定位置、喫茶店の奥の四人用テーブルにつき、ササキの真正面に座ると、ササキは読んでいた本から目を離した。
「……そろそろ来る頃だと思ってたよ」
ササキはいつも通り沢山の本をテーブルに積んでいた。それ以外、テーブルには何も置いていなかった。いつも飲んでいるコーヒーすら頼んでいないらしい。
ササキの声にはハリがなく、いつものようなにやけ顔ではなかった。顔には年齢を感じさせるような皺が寄っていた。何かあったのだろうか。
「ササキ、なんか頼んだらどうだ?」
「いや、今日はいいんだ。これから野暮用があるからね。……で、大槻ちゃん、何の用?」
知ってるくせに、自分の口で言わせたがる。筋としては正しいのかもしれないけど、こいつはほんとに遠回しすぎる。
「はい……。依頼を変更させてください。私のお姉ちゃん、大槻こむぎの心霊写真を撮って欲しいんです。事件を起こしたおじいさんが、お姉ちゃんをずっと忘れないように」
「……なるほどね。その依頼、うけたまわるよ」
なぜか、ササキの声はとてもやつれていた。表情にも生気がない。おそらく思い通りに事が運んでいるのだから、いつもならニヤニヤ笑いながら僕のことを揶揄して楽しんでいるはずだ。どこか調子が悪いのだろうか……。
「というかササキ、今更すぎる質問なんだが」
「なんだいシュン君? ボクは見ての通り憔悴しているんだ。くだらない質問だったら容赦しないよ」
「何をする気だ……」
「君のコラ画像を作って大槻ちゃんに渡す」
「写真家の風上にも置けねえ!!」
それを聞くと大槻はキラキラした目で受け応えた。
「まかせてください! 学校中にばらまいてみせます!!」
「お前もノるな!!」
プロのササキが作ったハイクオリティ・コラ画像、そんなものをクラスの人気者大槻がばらまいたら光の速さでクラス中、いや学校中に広がるだろう。そんなことになればただでさえ灰色の学校生活が黒歴史と化してしまう。
「くそっ……せめて僕を八頭身のマッチョボディーにしたコラ画像にしてくれ!」
「それならいいの!?」
驚きの表情を浮かべる大槻。
まあ、男なら誰しも一度くらい憧れるんじゃないか?
「全く、シュン君はすぐに話を脱線させるんだから。で、何が聞きたかったんだい?」
半分以上お前のせいだ……!!
と言いたいところだったが、また話が逸れるのがオチだ。ここは僕が紳士らしく耐えることにしよう。
「……ああ、そもそも心霊写真なんか撮れるのか?」
「ああ、そのことね。……シュン君や大槻ちゃんが想像しているような、ぼやけた霊が写った写真ってわけじゃないけど、大槻ちゃんの目的に沿った心霊写真なら撮れるよ」
微妙な言い回しをするササキ。
「よくわからないな……」
「まあ、撮ったものを大槻ちゃんに見て判断してもらうよ。どんな写真ができるかは撮ってみるまで分からないからね」
ササキはやつれた顔のまま、笑顔を作った。
「お前……、撮る目的にあれだけこだわったくせに、いざ目的を伝えられるとやってみないと分からないって言うのか?」
「そうだよ。なぜなら……」
「「写真家ほど無責任な職業はない」」
僕とササキの声がかぶった。もう聞き飽きたぞ、その決め台詞……
「じゃあ、行こうか」
そう言ってササキは、立ち上がった。
僕も大槻もササキの急な動きに驚いた。
「え? どこに行くんだ?」
「決まってるでしょ? 心霊写真を撮りに」
「今から?!」
ササキにあるまじきアクティブさだ。いつもならもう一度日程を調整して、万全の準備をしていくはずだ。
「おい、大丈夫かよ?」
「荷物なら持ってきてるよ。シュン君、運んでくれる?」
「いや、それはいいけど……」
ササキは荷物のある場所を伝えると、ゆっくり歩いて店の出口に向かって歩き始めた。その足取りは弱弱しく、強めの風が吹いたらすぐによろめいてしまいそうな様子だった。まるでずっと寝ていないような……。
「まさか、お前、準備してたのか? いつ来るかわからない大槻のために?」
ササキの悪癖だ。撮影の前は何も食べれず、ほとんど眠らなくなる。ササキが僕らに大槻の真相を告げたのが二日前だ。もしかしてその後からずっと?
「……ボクだって暇じゃないんだよ。早く次の仕事に移りたいんだ。できるならとっとと終わらせたい」
「でも、僕が大槻を説得できるかどうかなんてわからないじゃないか。お前、もし僕が何もしなかったらどうするつもりだったんだ?」
「……そんなことは考えてなかったよ。シュン君だもの」
ササキはこともなげに言った。
これは、ササキの僕に対する信頼なんだろうか……。やっぱりこいつはよくわからん。
「ともかく、すぐ出発するよ。シュン君、大槻ちゃん」
ササキはそう言うとふらりと立ち上がって、するすると出口へと歩いて行った。
僕らは慌てて荷物をまとめて、ササキの後を追った。
「ここ……だよな」
「うん。そうだよー」
大槻の指示に従って、僕らは事故現場に到着した。
なんてことのない、普通のT字路だった。左右に横断歩道がかかっており、目の前にはカレーのチェーン店があった。その店の横にも個人経営の雑貨店や飲食店が並んでいる。夕方近くと言う時間帯もあってか、どの店もそれなりに客がいるように見えた。
本当にここで大槻いなほが亡くなった事件があったかどうか、わからないほどにありきたりな交差点だった。ただ、T字路正面の白いガードレールの脇に、小さな花束が飾られていることだけが、事件のおもかげを残していた。
花束のところまで僕らは移動した。大槻はぽつぽつと話し始めた。
「……事件が起こった直後はさ、沢山お供えものがあったんだ。ジュースとか、お菓子とかね。お供え用の机とかも置いてあった。花と一緒に手紙とか、私達への応援とかもあったな。でもね、今はもう私だけ。この花も、今日の朝私が備えたもの」
大槻の目は本当に寂しそうだった。
きっと、大槻はずっと見て来たのだろう。
少しずつ減っていく花束を。
少しずつなかったことになっていく事件のことを。
そして、少しずつ忘れられていく姉のことを。
僕が何も言えずに立ち尽くしていると、ササキの声が聞こえた。
「じゃ、すぐに撮影を始めるよ。シュン君、荷物かして」
「あ、ああ」
ササキは僕が持ってきたバッグを受け取ると、手早くセッティングを始めた。三脚を立て、一眼レフを装着した。そしてレンズをのぞきのぞき込む。そうしながら、ちょうどいい撮影位置を探していった。
「……まあ、こんな感じかな」
数分後、ササキは三脚の位置を固定した。その位置からは、事故が起きた横断歩道が写り、大槻が花束を置いた歩道が背景になる。
「さて、撮影を始めるけど、……大槻ちゃん」
「はい!」
「何度も確認して申し訳ないけど、どんな写真が撮れるかは形になるまではわからない。だから、依頼が達成されたどうかは、完成した写真を見て、君が判断してくれ」
「……わかりました」
「ありがとう。これでボクも全力を尽くせる」
ササキは不適に笑ってそう言うと、ファインダーをのぞき込んだ。
心霊写真の撮影開始だ。
赤坂と大槻の関係はどうなっていくのでしょう。
正直私にもよくわかりません。
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