012「こむぎの真相」
「あれあれ、修羅場だったかな? モテる男はつらいねえ、シュン君」
封筒ほどの紙袋を持ったササキが喫茶店の出入り口に立っている。いつも通りのにやけ面だ。
「ササキ、お前どこに行ってたんだよ」
「シュン君に説明する義務はない……と言いたいところだけど、君にも関係ある事だしね。教えてあげるよ。図書館だよ」
そう言いながらササキは僕と枢木がいるテーブルに座った。
「久しぶりだね。枢木ちゃん。あれから変わりはないかな?」
「ええ……。その節は本当にお世話になりました」
枢木は数か月前の依頼人であり、ササキとも面識がある。
本当ならササキに言いたいことが枢木には色々あるだろう。しかし、大槻が去ってしまったショックでそれどころではなさそうだ。
暗い顔をしている枢木をよそに、ササキは店長にいつも通りコーヒーを注文した。
「で、何で図書館なんかに行ってたんだ? 本ならいつもは買ってるじゃないか」
「いやーさすがに古い週刊誌なんかはネットで買うわけにもいかないしね」
「古い週刊誌? なんでそんなもの……」
「まあまあ。順を追って説明するよ。……大槻ちゃんについてさ」
ササキがそう言うと、空のカップに視線を落としていた枢木がはっと顔を上げた。
「大槻ちゃん、さっきまでここにいたでしょう? 店を走って出ていくのが見えたよ」
「ああ、さっきまで現オカ研の部誌の取材をしてたんだ。枢木は都市伝説のネタを提供してもらうために来てもらった……んだが、あいつ枢木の話を聞いた途端血相を変えて、場所を教えろって枢木に迫ったんだ」
「で、枢木ちゃんが答えられないのに業を煮やして出ていった、と。……なるほどね」
ササキは僕の話を聞いて、少し驚いたような表情をしている。小さな声で「ミラクルだねぇ……」とつぶやいた。
「何がミラクルなんだよ?」
「そんなに慌てなさんな。ちゃんと話すから……。っとその前に、枢木ちゃん?」
ササキに急に声をかけられ、ビクッと反応する。
「ここから先の話を聞くなら、それなりの覚悟が必要だよ。場合によっては君の素性、すなわち君が『クルルギグループ』のご令嬢であることを、大槻ちゃんに知られてしまうかもしれない。それが嫌なら、ボクが調べたことは話せない。シュン君にも、だ」
僕にも話せない? どういうことだ?
枢木はササキの言葉を受けて、か細い声で言った。
「……大槻さんと私に何か関係があるんですか?」
「それも言えない。枢木ちゃんに今できることは、君の素性が広まるリスクを受け入れて真相を聞くか、荷物をまとめてここから出ていくかの二つだけだよ」
ササキにしては厳しい口調だった。表情も珍しく真剣だ。
カマキリのような細長い顔、全くにあってない大きい丸眼鏡。超然とした風貌のササキがまともな顔をすると、妙な圧力があった。
枢木は少しだけ口を閉ざした。場違いな感想だが、黙って口を閉ざした枢木の顔はやっぱり端正で、芸術品みたいだった。
そして、枢木は何か痛みを我慢するように、瞬きよりも一瞬長く目を閉じ、開いた。
「……わかりました。話してください」
「おい、いいのか?」
僕は思わず横から口出しをしてしまった。彼女は、自分の素性を隠すために一年以上口を閉ざし続けていた。そうなったのは、枢木の父親に原因があった。
僕は突発的に枢木の父親の顔を思い出す。
ただの同級生に「枢木雪枝」の正体を話すことを、きっとあの男は許さないだろう。
僕の心配とは裏腹に、枢木は力強く返事をした。
「いいの。大丈夫。もし、私の言葉で大槻さんを傷つけてしまったのだとしたら、謝らなければならないわ。訳も分かってないのに謝るなんて失礼じゃない」
強い芯のあるその声は、どこか自らを奮い立たせようとしているようにも感じた。
枢木は、手元にあった自分の鞄をひとなでして続ける。
「それに、私も変わらないといけない。私、大槻さんと友達になりたいの」
「……そうか」
枢木の目に迷いはなかった。
彼女が大事そうに撫でている鞄には、きっと「あの写真」が入っているのだろう。
ササキは枢木の答えを聞いて、満足気に頷いた。
「よかった。じゃあ、最初から話すことにしよう。シュン君、ボクのいつもの席に置いてある新聞、持ってきてくれる?」
「新聞? ああ、これか?」
僕は言われた通り、ササキがいつも座っている席に置いてある新聞を拾った。手に取った時、随分紙がボロボロになっているのに気づいた。
気になって日付を見てみると、一年前のものだった。
「おい、これ、めちゃくちゃ古い新聞じゃないか。お前こんなの読んでたのか?」
「うん。大槻ちゃんがここに来てからずっと新聞を遡ってたんだ」
そういえば、ここ最近、ササキは本じゃなく新聞を読んでいることが多かった。
こんな古い新聞、どこで手に入れたんだ……?
僕が新聞を手渡すと、ササキはそれをペラペラめくった。そして、とあるページを表にしてテーブルに置き、一つの記事を指さした。僕と枢木はその記事をのぞき込んだ。
「『自動車暴走死傷事故』……これか?」
「そう。暴走した車が信号無視で一人の少女を事故死させた痛ましい事故だ。運転していたおじいさんの発言がメディアに取り上げられてそれなりに炎上してたから、結構有名な事故だと思うよ。起こった場所を見てごらん?」
「……私の家の近くだわ……」
枢木が小さな声で言った。
「じゃあ、さっき枢木が話した都市伝説、交通事故で亡くなった少女の霊が見えるって話の元ネタはこれか?」
「多分そうね。私もこの事故のことは記憶にあるわ。私の家にも取材が来たもの。父が全部追い払っていたけど……!!」
記事を読みながら話していた枢木が急に言葉を切った。
何事かと枢木の顔を見ると、わなわなと震えている。
「どうした?」
「こ、これって……」
枢木が記事の一部を指さす。僕も、枢木の真っ白な指が指し示している部分をすぐに確認した。
「被害者……『大槻いなほ』? これって……」
店長がササキのために入れたコーヒーを持ってきた。
ササキはそれを受け取り、黒い液体で唇を湿らせてから言った。
「そう。その事件の被害者は『大槻いなほ』。大槻こむぎちゃんのお姉さんだ」
こむぎの過去です。少しずつ関係性は変わっています。
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