011「こむぎの豹変」
「なるほど……。携帯やネットに接続してないから、逆に普通の人が知らない都市伝説を知っているかもしれない、と」
「そうなの! で、赤坂君が枢木さんなら何か知ってるかもしれないって……」
「赤坂君らしい浅はかな考えね……」
「あ、『あかさか』と『あさはか』って似てるね」
「名は体を表すのね」
僕がお菓子と飲み物を持って行くと、僕の悪口で枢木と大槻は盛り上がっていた。
「あ、おかえりー。赤坂くん!」
「気が利くじゃない。赤坂くん」
「お前ら、申し訳ないとか思わないの?」
テーブルに飲み物とお菓子を置き、二人の会話に混ざる。
二人はずいぶん打ち解けたようだ。無表情が基本の枢木もどこか楽しそうな顔をしている。
「多分、大槻から大筋は聞いたと思うけど、どうだ。枢木は都市伝説とか、学校の怪談とか知ってるか?」
「そうね……。いくつかあるわ」
「おお!! 聞かせて聞かせて!!」
大槻が、がばっと身体を翻し、ノートを取り出してメモの準備をする。
大槻の動きがいちいち大きいため、アクションを起こすたびに枢木がビクッと反応した。
「それじゃあ……。私が行くブティックで聞いたことがある話なのだけれど、とあるお客が、店内のマネキンが着ている服を買おうと思って店員を呼んだら、マネキンが歩きだしたことがあったらしいの」
「おお、それっぽいね~」
相槌を打ちながら、大槻がメモを取る。
「他には……帰宅部の全国大会があるらしくて、その優勝者が私達の学校にいるらしいわよ」
「ん……? なんかどこかで聞いたような」
大槻のメモを取る手が緩まる。
「後は、私は行ったことがないのだけど、一人でカラオケに行ったのに、倍の料金を請求するカラオケ店があるって聞いたことがあるわ」
「……」
何かに気づいたらしく、大槻はメモを取る手を止めた。
「枢木さん。ちょっとごめんね。……赤坂君。集合」
人差し指をちょいちょいと動かし、大槻は僕を近くに寄せて、耳打ちした。
「なんだ?」
「これってさ……枢木さんの噂……だよね」
「ああ。クルルギ・ジョークの有名どころだ」
クルルギ・ジョークとは、かつて教室で一言もしゃべる事のなかった枢木を揶揄した、クラスでの内輪ネタであった。
「服をマネキン買いしようと店員を呼んだら、マネキンが歩きだした。よく見ると枢木雪枝だった」
「帰宅部の全国大会で優勝したことがあり、授賞式の途中で帰宅した」
「ヒトカラで歌っていたら料金を倍とられた。よく見たら枢木雪枝がいた」
などなど。クラス内で考案されては黒い笑いを生んだジョークである。
大槻の耳打ちは続く。
「これ、枢木さんはネタで言ってるんだよね? 高尚な自虐ネタなんだよね?」
「わからん。本気かもしれない」
枢木は出されたお菓子をしげしげと見つめ、そうっと手に取って眺めている。もしかすると駄菓子の類はあまり食べないのかもしれない。
「これ……教えてあげたほうがいいのかな」
「いや、とりあえず、そっとしておこう。触らぬ神になんとやらだ」
「そうだね。もし知らなかったら傷つくかもしれないし……」
大槻は真相を知らないが、枢木が頑ななまでにしゃべらなかったのには相応の理由があった。周囲がそれを物笑いのタネにしていることを知ったら、彼女だっていい気分にはならないだろう。
僕と大槻は頷きあって、「見送り」という方針を固めた。
「ごめんね。枢木さん。じゃあ続き、聞かせて?」
「ええ。これも噂なんだけど、私達のクラスに一言もしゃべらない美少女がいるって……」
「確信犯じゃねえか!!」
思わず声が出てしまった。高尚な自虐ネタだったようだ。
僕の大声に全く動じず、枢木は無表情に受け応える。
「ジョークよ。これが本当のクルルギ・ジョーク」
「分かりにくい上に笑いにくいわ! 僕らの気遣いを返せ!」
「借りてもいないものを返せと言われても困るわ。ヤクザのやり口ね」
「うるさい! というかお前、噂の体で自分の事美少女って言ったろ!」
「私が言ったわけじゃないわ。噂を正確に伝えただけよ」
「嘘つけ!!」
僕らの応酬を傍から見て、ぽかんとしていた大槻がつぶやいた。
「……意外。枢木さんって面白い人なんだね!」
「ああ、なんでこんな奴が高校生活で一年以上しゃべらずにいられたか不思議でしょうがない」
それこそ学校の七不思議だ。
「まあ、ふざけるのはこのくらいにしましょうか。私も時間が無限にあるわけではないから」
自分から脱線させておいて、枢木はしゃあしゃあと本題に戻ろうとする。
大槻もあわててペンをもってノートに向かった。
「これは、私の家のお手伝いさんから聞いた話よ」
そう前置きして、枢木は話始めた。
「……私の家の近くの道路なのだけど、何年か前に大きな交通事故があってね。信号無視だったかアクセルとブレーキの踏み間違いだったかは定かではないけれど、結構派手な事故だったわ。その事故で、若い女の人が亡くなったらしいの。テレビや新聞にも取り上げられて、私の家にも取材が来たわ。
事故からしばらくは、事故にあったガードレールに花束やお菓子なんかが供えられたのだけど、徐々にお供えの品は無くなって、そこで事故があったことは皆に忘れられていった。
ここまでは良くある話なのだけど、その道路で最近不思議なことが起きているらしいの。信号は青なのに、その道路を通る人が急ブレーキをかけることが多いらしくてね。その時の運転手たちは口をそろえて、『誰かが立っているように見えた』と言うらしいのよ。亡くなった少女の霊がいるんじゃないかって言われているわ」
「私の知っている都市伝説と言えばこれくらいね」と枢木は結び、話し終わるとコーヒーのカップに口を付けた。が、何も入っていなかったようだ。カップの中を一瞥してからソーサーにもどした。
「亡くなった少女の霊か……。話としてはありがちだけど、ローカルな感じで部誌にするにはいいかもしれないな。大槻、どう思う?……大槻?」
僕が呼び掛けても大槻は返事をしない。大槻はペンを握ったまま、硬直していた。メモも途中で止まっている。
「大槻? どうした?」
「……枢木さん。その場所ってどこ?」
大槻は僕の呼びかけを遮るように声を出した。その声は、普段の明朗さはかけらもない低い声だった。
その豹変ぶりに、枢木も動揺したらしい。表情が少しこわばった。
「ええと、私の家の近く、としか聞いていないわ」
「……枢木さんの家って、どこ?」
「……ごめんなさい。それは言えないの」
「どうして?! 教えてよ!!」
大槻は急に声を荒らげた。枢木に向けられた表情は見たこともないくらい真剣で、いつものちょこちょこした動きから想像できないような剣幕だった。
しかし、枢木はその問いに答えることはできない。
どこに住んでいるか。それを答えることは、彼女の素性を明かすことと同義だった。知り合って間もない、ただのクラスメイトの大槻にそれを伝えることは枢木には、多分不可能だった。
「大槻、ちょっと落ち着け……」
「離して!!」
僕が横から大槻の肩を抑えると、彼女はそれを振り払った。
「枢木さん。一生のお願い。その場所、教えて……」
「……」
大槻の必死な声は、彼女の強い思いを感じさせた。
なぜ、彼女はそこまでこの都市伝説に固執するのか。その場所を知りたがるのか。
浮かび上がる疑問を抑え込んで、僕は二人の間を取り持とうとした。
「大槻、枢木にも事情があるんだ。だからここは……」
「……もういい」
そういって大槻は荷物をひっつかんで店を出入口まで無言で歩いた。
「ちょっと待て! 大槻!!」
「ごめん。赤坂君、枢木さん。今日は私、もう冷静にしゃべれそうにないから帰る。協力してくれてありがとう」
絞り出すような大槻の声は、有無を言わさない圧力があった。大槻はそのまま扉を開けて外に出て行ってしまった。扉についたベルの音がチリンと鳴り、僕と枢木は店内に取り残された。
「……私、何か失礼な事言ってしまったかしら」
ポツリ、と枢木がつぶやいた。その声はとても悲しげだった。
「いや、別にそんなことは……」
「……私、同年代の子と喋るの、久しぶりで、少し舞い上がっていたわ。気を悪くするような事、言ってしまったのかしら。自分の住んでいる場所も言えないのに、協力するなんて、仲良くできるかもなんて……」
表情はほとんど変わらないのに、とてもつらそうな顔をしているのが分かる。コイツも大概打たれ弱いな……。事情が事情だから仕方ない部分もあると思うが。
どう声をかけようか迷っていると、チリンという音がした。大槻が帰ってきたのかと思い、扉の方に急いで顔を向けると……
「あれあれ。修羅場だったかな? モテる男はつらいねえ、シュン君」
にやけ面をしたササキが紙袋を手に立っていた。その表情はあまりにもいつも通りで、何故か少しだけ安心してしまった。
少しずつ物語はシリアスになっていきますが、そのあたり楽しんでいただければ幸いです。
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