004「笑顔の搾取」
「君が心霊写真を撮るんだ。健闘を祈ってるよ」
僕はササキが何を言っているか分からなかった。僕の知らない間に日本語の文法が変わったのかもしれない。いや、もしかすると僕が今まで使っていた言葉の方が間違っていたのかもしれない。
そうでなければ説明ができない。僕が写真を撮る? 心霊写真を?
「ハハッ。ワロス」
「シュン君。大分キャラが変わってるよ」
だまれ。誰のせいだと思ってる。
「え、赤坂君、写真撮れるの?」
大槻が意外そうに僕を見る。
「いや、カメラを持ったことさえない」
「そんなに?!」
今時はどんな携帯にもカメラが付いていて、むしろ写真を撮るという営みを一度も経験したことが無い人の方が珍しい。しかし、僕は物心ついた時から写真を撮ったことは一度もない。
「まあ、シュン君の写真の腕は、その辺の自撮りしてる女子大生より酷いだろうね」
僕を貶める時のササキはいつも楽しそうだ。
「そんなぁ……。プロのササキさんに撮ってもらえないなら依頼する意味がないじゃないですか!」
大槻が食い下がる。
正論だ。いいぞ。もっと言ってやれ。
「別に撮ってもいいよ。でも、お金は有るのかな?」
「うっ……」
大槻は痛いところを突かれた、という顔をしている。
表情に出すぎだろ。交渉事向いてねえなコイツ。
「さっきの話だと、取材地を回って、何枚も写真を撮る予定なんだろう? 仮にもプロの写真家を、そうやって連れまわして各地で写真を撮るとなれば、結構な値段になるよ。とても高校生が支払える額じゃない」
ササキはしれっとそういった。
くそう。まともな事言いやがって……。
「それに、いつ、どこで本物の心霊写真が撮れるかわからないんじゃ、今後の予定が立てられない。それはボクとしてもちょっと困るんだ。他の仕事との兼ね合いもあるからね」
「そう……なんですか……」
大槻の背後にどよーんとしたオーラが漂っている。
本当に分かりやすい奴だ……。
と、そこでササキは僕の腕をつかんで引き寄せた。
「でも、このシュン君を使うのはタダだ。色々なところに連れまわしてこきつかってくれて構わないよ」
「おい。何勝手なこと言ってんだ」
僕の静止を無視してササキは続ける。
「二人で色々回って、撮りたい場所をしっかり決めて欲しいな。それで、目星がついたところの写真を撮って来てくれる? そしたらボクが写真を撮りに行くよ。その方がお互い効率的だろう?」
大槻は少し思案顔になったが、すぐに顔を綻ばせた。
「……なるほど!!ウィンウィンですね!!」
大槻は嬉しそうにコクコクと頷いている。
確かにササキは手間をかけずに済むし、大槻は料金を抑えられる。二人にとってはウィンウィンだろう。
しかし、本当のウィンウィンなんてこの世にほとんどない。大体の場合、目に見えない誰かに負担が移動しただけだ。
「ササキ、僕の都合は?」
「え? 君はいつも暇人じゃないか。手伝ってあげなよ」
自分のことを棚上げしやがって。お前も大概暇だろうが。
「賃金は出るのか?」
「シュン君は同級生の女の子からお金を巻き上げるのかい?」
「ひどい!! 赤坂君……あなた私のお金が目当てだったのね!!」
大槻まで乗ってきやがった。
こいつら僕の労働力を不当に搾取するつもりか……!
「まあいいじゃないか。近頃じゃ女子高生と一緒にお出かけするのにお金を払う連中もいるらしいし。役得だよ役得」
「そんな連中と一緒にするな!! 危ない発言は控えろ!!」
僕の叫びを遮るように、ササキはパンパンと手を叩いた。
「ともかく、まずは二人で頑張ってみてくれ。シュン君はそれなりに頼れる男だよ。大船に乗ったつもりでいていいと思うよ」
大槻はいつもの人のよさそうな笑顔になって言った。
「はい! 大船に酔ったつもりで頑張ります!!」
「……酔っちゃうのかよ」
僕がボソッと言うと、ササキは「シュン君、乗り心地悪そうだもんね」と笑った。忌々しい……。
大槻は僕に向き直って言った。
「よろしくね! 赤坂君!!」
まっすぐ僕を見て、笑顔でそう言った大槻は、認めたくないが、可愛らしかった。この笑顔に僕は弱いらしい。
そんなこんなで、僕は(不服ながら)大槻とともに取材に向かう事になったのだった。
話がまとまると、すぐに大槻は「喫茶クロワッサン」から出ていった。
家に帰って候補をリストアップしてくる、とのことだった。熱心なことだ。
「なあ、ササキ。何であんな依頼受けたんだ?」
大槻が去ったので、僕は気になっていたことをササキに尋ねた。
所詮、高校生の依頼だ。大した報酬が得られるわけじゃない。しかも、撮って欲しいのは「心霊写真」ときた。普通は受け入れるはずがない。なのに、こんなに回りくどいやり方をしてまで大槻の依頼を受ける理由が分からない。
ササキは、とっくに空になっているコーヒーカップを手でいじりながら言った。
「うーん。ちょっと気になったことがあってね……」
「気になったこと?」
「うん。大槻こむぎって名前、どこかで聞いたことあるような気がするんだ。それに、彼女の本物の心霊写真へのこだわりみたいなものにも引っかかりがあってね……」
大槻こむぎなんて変わった名前、一度聞いたら頭に残るはずだ。実はあいつ、有名人なんだろうか……。
カップをいじりながら何やら考えている様子だったササキだが、急に何かに気づいたかのように顔を上げた。
「あ、そうだシュン君。彼女と一緒に取材に行くなら、このカメラ使っていいよ」
そういってササキは、鞄から革製のケースを取り出して僕に手渡した。中を見ると小さな銀色のデジタルカメラが入っていた。
「え、いいのかよ?」
「うん。大した性能はないけど、初心者にはちょうどいいでしょ。操作方法は自分で練習してみて」
「お、おう……」
初めて持つカメラは、僕の指に金属の冷たさを伝えていた。カメラにはストラップが付いていて、首からかけられるようになっている。
このカメラで写真を撮る。
その行為を想像して、僕は静かに、ほんのちょっとだけ、心臓が昂るのを感じた。




