001「大槻こむぎの無理難題」
CASE002【大槻こむぎ篇】開始です。
一話5分程度、二十数話程度で終わる予定です。最後までお付き合いいただければ幸いです。
大槻こむぎを四字熟語で表すなら「天衣無縫」を思い浮かべる人が多いかもしれない。
天人・天女の衣には縫い目がまったくないことから、わざとらしさがなく、自然に作られていること。人柄が飾り気がなく、純真で無邪気な様子。もちろん、僕もそれを否定するつもりはない。
身長は大体150センチくらい。全体的に小柄なつくりをしている。髪型は前髪のそろったおかっぱ頭で、どこかあどけなさの残る、人懐っこい顔つきである。動きも何となく小動物のようで、クラスのアイドルというよりは、愛すべきペットのような扱いを受けている。
ペット、と言っても受け身のコミュニケーションばかり取っている、というわけではない。誰にでも気さくに話しかけることができる社交性があり、クラスの外にも友達が多い。いつも妙にテンションが高く、ノリもよい。どこか間の抜けた発言もご愛敬。
クラスの仕事などにも積極的で、先生からの信頼も厚い。それが周囲から点数稼ぎに見えないあたり、人徳がうかがえる。
成績は中の中。それなりの学力を誇る僕らの高校で真ん中なら、世間的には良い方なのだろうが、あまりに高すぎない学力も彼女との付き合いやすさに一役買っていた。
こうして要素を並べてみると、大槻こむぎのコミュニケーション能力の高さ、クラス内での立ち回りのうまさ、それがわざとらしくないという彼女の人柄は、継ぎ目のない「天衣無縫」と形容されてもおかしくないだろう。
完全無言、鉄壁の城を築いて籠城戦を繰り広げていた枢木雪枝とは対極と言えるかもしれない。
クラスではほとんど誰とも話さない僕でさえ、大槻とは何度か会話をしているし、談笑めいた事をしたこともある。
二年生に進級したときのクラス替えで、僕のすぐ後ろに座ったのが彼女だった。これは偶然でも運命でもなんでもなくて、出席番号順だと「赤坂」の次が「大槻」になるというだけの話である。それから最初の席替えまでの一月足らずの間に少しの間、大槻は妙に僕に話しかけてきていたことを覚えている。
しかし、僕はその時、決して大槻こむぎが「天衣無縫」だとは思わなかった。
単なる直感なのだが、どこか誰かの真似をしているような雰囲気。自分と違う何かを取り込もうとしているようなそんな違和感を持った。クラスメイト達との会話や僕と話す時、感情の出力を必要以上にあげているような、自然に生きている中で形作られた性格というより、人工的に自分の反応や対応をロールモデルに合わせているような、そんな感覚だ。
だが、言ってしまえばそんなもの誰にでもある。好きな漫画やアニメのキャラクターに性格や言動を寄せたり、好きな人に気にいられようと口調を変えたりすることの延長だ。常に自然体でいられている人間の方が少数派だろう。
僕が大槻から感じた違和感は、本当に小さく微妙なもので気にするほどのものではなかった。ササキのようなひねくれた男と付き合っていたからか、はたまた僕の生い立ちが関係しているのか、僕自身、妙な勘繰りをするのが癖になっているのかもしれない。
五月あたりの席替えで僕らはバラバラの席になり、特にそれから彼女と関わることはなかった。ただのクラスメイトとして残りの一年を過ごすものだと、僕は何となく思っていた。
だから、大槻こむぎがあの「張り紙」をもって現れたのには驚いた。
六月のある日、日直だった僕は、いつもよりも遅くまで教室に残っていた。日直日誌に今日の授業の内容や感想等を書き込んで、職員室に提出し終えて、無人の教室で帰り支度をしていた。すると、そこに大槻が、そろった前髪を揺らしながらぴょぴょこと寄ってきた。
「あっかさっかくーん」
人の警戒を解かせるような顔を浮かべ、大槻は手に持った紙を僕に見せつけた。紙には「写真とり〼 スタジオ・ササキ 詳しくは2-B赤坂まで」とだけ書かれている。間違いなくササキが作り、僕が校舎裏の最も目立たない掲示板につけておいた張り紙である。
枢木の一件の時に、枢木に剥がされたので張りなおしたのだが、また剥がされてしまったらしい。作ってからそんなに日が経ってないので、まだそんなに汚れたり傷ついたりはしていない。
「ここに書いてある、赤坂っていうのは赤坂君でいいんだよね?」
「ああ、不本意ながらそれは僕だ」
「写真、撮ってくれるんだよね」
「まあ、撮るのは僕じゃなくてササキっていう写真家……っぽいやつだけど」
胡散臭い説明をしている自覚はあるが、嘘をつくわけにもいくまい。
大槻は僕の微妙な言い回しを気にも留めず、嬉しそうに言った。
「おお~プロが撮ってくれるんだね!」
「え、ああまあそうだな」
まあ、プロっちゃプロだな。素人が撮るよりはまともだろう。
「じゃあ、どんな写真でも撮れるよね?」
「多分な」
「じゃあね。そのササキさんに撮って欲しい写真があるんだー」
「そうか……。じゃあ今度、ササキのところに案内するよ」
僕の返事を聞くと、大槻は小さな手を握りしめて、イエーイ、と小ぶりなガッツポーズをした。
動きがいちいち小動物っぽい。
「やったね! いやー持つべきものは赤坂君ですな!」
「よくわからんこと言うな」
「持つべきものは都合のいいクラスメイトですな!」
「分かりやすいけど、そんなこと言うな!!」
じゃあ日程決めよーと、大槻はカラフルな手帳を取り出した。
その無邪気な様子を見て、僕は疑問を覚えた。
こんな怪しさ爆発の張り紙でやってくる依頼人なんて、冷やかしか頭のおかしい奴だけだと思われる。しかし、大槻はどちらにも当てはまらないような気がする。大槻は(自分で貼っておいてなんだが)あんな胡散臭い張り紙を頼るような人間には見えない。
「なあ、ちなみにどんな写真を撮りたいんだ?」
パステルカラーの幾何学模様で埋め尽くされた表紙をペラペラとめくっている大槻に、僕は思わずそう聞た。
大槻は手帳から目を上げて僕の方を見て、パカっと割れるような笑顔を見せて、元気に言った。
「心霊写真!!」
しばし絶句。
その後、僕は魂を抜かれたように、教室の椅子にストンと力なく腰を落とした。背もたれに全体重をかけ、顎をガクンと上げて天井を見つめた。
やはりあの張り紙でやってくるのは、冷やかしか頭のおかしい奴だけだ。
もちろん、大槻こむぎは後者だった。




