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写真家・ササキの存在意義  作者: 1103教室最後尾左端
CASE001 【枢木雪枝篇】
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018「台無しな結末」

 僕は、外で枢木を待った。

 遺族が葬儀を抜けるタイミングなんてあるかどうかわからない。

 目でした合図が伝わったかどうかもわからない。

 それでも待った。


 意外にも、三十分ほどで枢木は現れた。


「赤坂君……」

 その言葉は、今まで聞いたことが無いくらい、弱弱しくて、か細かった。

 表情は、生気がなかった。幽霊みたいだ。


「ほんとうに……ほんとうに……ごめんなさい」


 形式的な謝罪じゃない。心からの謝罪だった。

 だが、枢木が謝る必要はない。


「……あの男だろ? 多分」

「……ええ、お父様が、あんな写真使えるかって。誰が撮ったかわからないような写真なんて意味がないって、それに……」


 聞き取れないくらい小さな声で、つぶやくように枢木は言った。


「あんなにみすぼらしい写真、遺影にならないって、バラバラに……」


 みすぼらしい?

 あの写真が?

 幸さんの人生が現れたあの写真が?

 あの男は、母親の人生をそんな風に言うのか?

 そして、その写真を自分の手で壊したのか?


 ……やっぱりあの男は「化け物」だ。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい……」


 枢木は震えるように謝罪の言葉を繰り返していた。



「……気にするな。怒るために呼び出したんじゃないよ。ササキからの言伝だ」

「……言伝?」


「報酬は、その写真が遺影として使われてからでいい。だから、遺影として使われなかったなら、報酬はいらないってさ」

「え……」

「それから、これ。ササキから」

 

 僕は幸さんの写真の入った封筒を渡した。

 枢木は封筒を開けて、写真を見ると目を丸くした。


「これって……」

「多分、ササキは自分の写真が遺影として使われないことはわかっていたんだと思う。クルルギグループの人が沢山来る葬儀で、あの写真は場違いに見えるだろうから。お前の父親が許すはずないってことも予想していたと思う」


 現像の時点でそこまで思い至って、先手を打つとか。

 何が「写真家ほど無責任な職業はない」だ。

 アフターケア完璧じゃないか。あいつ。


 写真を見つめながら、枢木は大きくため息をついた。

「……ねえ。赤坂君」

「なんだよ」

「私も、こんな風に生きるしかないのかしら」

「え?」

「何もかも家が言う通りに生きて、いつの間にか何をしていいかわからなくなって、死ぬ前の最後の望みすら踏みにじられる。そんな生き方しかできないのかしら」

 

 ……そんなの絶対に嫌。


 そうつぶやいた彼女の瞳には、涙が溜まっていた。

 頬は紅潮している。呼吸も少し荒い。

 その様子は、なんというか、とても人間らしく見えた。



「……幸さんはさ、多分それをわかって欲しくて、写真を残したんじゃないかな」



 もし、寂しく辛かった自分の一生が何かの意味を持つなら。

 もし、言いなりだった自分の人生を肯定できるなら。

 もし、自分の残りの人生でできることがあるなら。


「その、できることがこの写真だったのよ」

 

 幸さんが言った言葉がよみがえる。


 僕はあの時、すごく失礼なことを言ったと気づいた。


 幸さんは自分の人生をあきらめてなんかいなかった。

 自分の人生全部を使って、自分の人生の悲惨さを残した。

 「自分のようになるな」と、枢木雪枝に警告を残した。

 この写真は、そのためのものだったのだろう。


「おばあちゃん……」


 枢木は泣きながら、写真を抱きしめた。

 砕けた言い方だった。

 きっと何度もそう呼んできのだろう。温かい声色だった。



「……でも、私はどうすればいいの? お父様に逆らうなんてできない。家の規則に逆らうなんて、そんなこと想像もできない……」


 ぼそぼそと、枢木がつぶやく。


「そうか? 一度もそんなことしたことないのか?」

「ええ、一度もないわ……」

「……嘘だな」

「……え?」

 僕は断言するように言った。


「じゃあ、なんでその写真があるんだ?」

「あ……」


 この写真は、枢木が僕に手紙を出し、怪しい写真家を家に引き入れ、父親の言葉を無視してまで作り上げたものだ。


 枢木雪枝にとって、父親に、枢木家に対する、初めての反抗の証だ。

 大切な誰かの為なら、枢木があの「化け物」に抗うことができるという証明だ。

 

 だからあなたは大丈夫。


 この写真は、そんな幸さんのエールでもあったんだと思う。

 

 この写真の意味に、ササキも気づいていたのかもしれない。

 多分聞いてもすっとぼけると思うけど。


 僕は終始うまいことあの二人に踊らされただけだったようだ。

 


「その写真が生まれたのは、枢木の力だ。だから、大丈夫だよ。できることからやればいい……と思うよ」


「……そうね。そうするわ」

 

 枢木はちょっとだけしゃくりあげながら、涙を拭いた。

 その表情には力があった。


 ああ、やっぱコイツ美人だな。

 なんて、僕は場違いなことを思った。


「あなたの言う通り、自分にできること、させてもらうわ。ねえ、赤坂君」

「なんだ?」



「私と友達になってください」


 しばしの沈黙。


「うえぇえ?!」


 予想外の言葉に、僕の口から変な音が出た。


「何よ。嫌なの?」

「いや、そうじゃなくて、文脈がわからん」

「できることからやろうって話でしょ? まずは外に友達作る所から始めるわ」

「コミュ障克服のハウツー本に書いてありそうな文句だな……」

 

 よくわからないことを口走ってしまった。僕も動揺しているのかもしれない。

 でも、確かに外にコミュニティを持つことは、彼女にとっては有意義かもしれない。


「本当に必要になれば彼女の方から助けを求めてくるよ。シュン君はそうなった時手を差し伸べてあげればいい」


 ササキの言う通りかもしれない。今度ばかりは。



「で、どうなの?」


 口調は強いが、どこか不安げだ。

 もしかすると、コイツ友達作るのに慣れてないな。

 まあ、僕もだけど。


 普通に返事をしてもいいのだが、この件ではさんざん人の思惑に踊らされたわけだし、最後くらいは僕もうまいこと言ってやりたい。


 僕は、何も言わず、自分の荷物から紙袋を出し枢木に渡した。

 今日しか返すタイミングがないと思って用意しておいたものだ


 枢木は中身を見て驚いた。


「これって……」

「そう、お前が捨ててったブレザーだ。処分するわけにもいかなったからな。一応クリーニングに出しといた」

「……このスプレーは?」

「タバコの臭い消し。いつも僕が使う銘柄のやつだよ。効果は保証する」


 意外そうな顔をする枢木に、僕は言った。


「次来るときは、持って来いよ。家族にバレないようにな」


 僕はニヤっと笑った。こういうところ、ササキの影響かもしれない。


 枢木は目を見開いて、それから表情をやわらげた。


「ええ、必ずお邪魔するわ」

「うん。待っているよ」



 それじゃ。といって枢木は振り返った。

 葬儀に戻るようだ。

 

 途中で何かに気が付いたように枢木が振り向いた。


「ねえ、赤坂君」

「なんだ?」

「あの臭い消しって、私のブレザーをいかがわしいことに使った証拠隠滅にも使ったのかしら」

「……お前、僕と友達になる気ないだろ!!」


 台無しだ!! せっかくいい流れだったのに!!



 枢木は僕の反応を見て、クスっと笑った。


 初めて見た彼女の笑顔は、今までのどんな表情より可憐だった。


 ……ちょっと見惚れてしまったのは内緒である。

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