017「葬儀」
手紙には葬儀が行われる場所の住所と、時間が書かれた紙が入っていた。
僕はすぐに「喫茶クロワッサン」に向かった。
ササキはいつも通り、一番奥の席に座っていた。
店長に挨拶するのも忘れ、僕は一直線にササキのもとに向かった。
「ササキ!」
「どうしたんだいシュン君。 そんなに慌てて……」
「幸さんが亡くなったらしい」
「……そうかい」
だから魂を抜かれないようにって言ったんだけどな……
ササキはそうつぶやいた。
「枢木が、葬儀に来てほしいってさ」
ササキに手紙を見せる。ササキは一読した。
「まあ、大企業の奥様だものねぇ……。いろんな人が来るだろうね」
「僕らみたいな一般人が入れるかな?」
「どうだろうね。まあ、行くだけ行ったらいいんじゃない?」
「他人事みたいに……。お前はいかないのか?」
ササキは思案顔になった。細い顎に手をやって目の前のコーヒーを見つめている。
「……やめとくよ。行く理由もないしね」
「自分の写真が飾ってあるの、確認しなくていいのか?」
「シュン君が行ってきてよ。それで、確かめてきて」
ササキはそう言った。
「……それは薄情なんじゃないか?」
「そうかもね。でも、ボクが行ったら迷惑かもしれないから」
「なんでだよ?」
「なんでも。だよ。……ああそうだ。店長~」
ササキは店長を呼び、何やら伝えた。
店長は頷くと、カウンターから封筒を持ってきた。
「これ、持って行ってくれるかな。雪枝ちゃんに渡して」
「なんだよこれ」
「まあまあ、面白くないものだよ」
とりあえず僕はそれを受け取った。封筒は糊付けもされていない。
見ていいってことなのかこれ……?
「ああ、それから、お金の件だけど……」
ササキは僕に顔を近づけて、耳打ちした。
「……それは前にも言ったと思うけど」
「うん。でも、もう一度言ってあげて。よろしく」
そういってササキはニヤリと笑った。
バイトを終え、僕は自分の部屋で、ササキから渡された封筒を開けた。
悪いとは思ったが、封がされていないという事は、ササキは僕が見てもいいと思っているのではないか、と自己中心的な解釈をした。
「これって……?」
封筒に入っていたのは、幸さんの写真だった。
たしか予備として現像していた二枚目の写真だ。
クロワッサンでのササキの言葉と、この写真の意味を考える。
……もし、僕の予測が当たっているなら。
ササキの推測が当たっているなら……。
あまり、うれしくないな……。
葬儀の当日、僕は一人で葬儀の会場に向かった。
駅からすでに多くの喪服の人が会場に向かって歩いていたので、迷う事はなかった。
皆が一様の恰好をしているので、制服姿の僕は少し目立った。
葬儀場に到着したら、紙に名前を書かされた。故人との関係を書く欄には「仕事関係」と書いておいた。まあ、間違いではあるまい。人数が多すぎて、僕もすんなり入ることができた。
香典はササキから受け取ったお金と、僕のバイト代から出した。
葬儀を執り行っているのは遺族とは関係ない業者らしく、僕のことを不審がったりはしなかった。僕が香典の入った袋を渡すと、受け取った業者の男は形式的に頭を下げた。
焼香の列に並ぶ。人数が多すぎて、一度に十人ほどが横一列に並んで焼香を行っている。そして、一回三十秒程度で入れ替わり、焼香が終わった人々はすぐに部屋から出ていく。ベルトコンベアみたいな流れ作業だ。
列が少しずつ進む。
沢山の花が飾られており、その中心に遺影が飾られているらしい。
前に立つ男たちの背が高かったせいで、僕は先頭に出るまで遺影を見ることができなかった。
とうとう僕のいる列が先頭になった。まずは遺族に一礼。
遺族の列には枢木雪枝もいた。枢木は黒い喪服を着ていて、彼女の白い肌が余計に目立っていた。
抹香を押しいただく。時間の都合で一度だけ行った。
妙な緊張感の中、抹香の臭いが少しだけした。
そこで初めて、僕は遺影を見上げた。
「……これ、は」
写真の中の幸さんの表情は、気品に満ちていた。
年齢を感じさせない、ハリのある肌。
慈愛を感じる、上品な笑顔。
そして、何より、濁りのない透き通るような瞳。
誰が見ても、「枢木家代表の奥様」だ。
一目でわかった。これはササキの前の写真家が撮った写真だ。
茫然としてしまった。
同じ列の人々がほとんど同時に遺族に最後の礼をしたので、僕もあわてて礼をし、そしてすぐに列に流される。
会場の外に出る直前、枢木と目が合った。
「表へ出ろ」と目で合図する。
伝わったかどうかはわからないまま、僕は列に押されて外に出た。
会場の外に押し出されると、僕は人の流れに沿って出口に向かって進んだ。
流れ作業のまま受け取った香典返しは、終わったら早く帰れという無言の圧力のように感じた。