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写真家・ササキの存在意義  作者: 1103教室最後尾左端
CASE001 【枢木雪枝篇】
17/76

017「葬儀」

 手紙には葬儀が行われる場所の住所と、時間が書かれた紙が入っていた。


 僕はすぐに「喫茶クロワッサン」に向かった。


 ササキはいつも通り、一番奥の席に座っていた。

 店長に挨拶するのも忘れ、僕は一直線にササキのもとに向かった。


「ササキ!」

「どうしたんだいシュン君。 そんなに慌てて……」

「幸さんが亡くなったらしい」

「……そうかい」


 だから魂を抜かれないようにって言ったんだけどな……


 ササキはそうつぶやいた。


「枢木が、葬儀に来てほしいってさ」


 ササキに手紙を見せる。ササキは一読した。


「まあ、大企業の奥様だものねぇ……。いろんな人が来るだろうね」

「僕らみたいな一般人が入れるかな?」

「どうだろうね。まあ、行くだけ行ったらいいんじゃない?」

「他人事みたいに……。お前はいかないのか?」


 ササキは思案顔になった。細い顎に手をやって目の前のコーヒーを見つめている。


「……やめとくよ。行く理由もないしね」

「自分の写真が飾ってあるの、確認しなくていいのか?」

「シュン君が行ってきてよ。それで、確かめてきて」

 

 ササキはそう言った。


「……それは薄情なんじゃないか?」

「そうかもね。でも、ボクが行ったら迷惑かもしれないから」

「なんでだよ?」

「なんでも。だよ。……ああそうだ。店長~」


 ササキは店長を呼び、何やら伝えた。

 店長は頷くと、カウンターから封筒を持ってきた。


「これ、持って行ってくれるかな。雪枝ちゃんに渡して」

「なんだよこれ」

「まあまあ、面白くないものだよ」


 とりあえず僕はそれを受け取った。封筒は糊付けもされていない。

 見ていいってことなのかこれ……?


「ああ、それから、お金の件だけど……」

 

 ササキは僕に顔を近づけて、耳打ちした。


「……それは前にも言ったと思うけど」

「うん。でも、もう一度言ってあげて。よろしく」

 

 そういってササキはニヤリと笑った。


 バイトを終え、僕は自分の部屋で、ササキから渡された封筒を開けた。


 悪いとは思ったが、封がされていないという事は、ササキは僕が見てもいいと思っているのではないか、と自己中心的な解釈をした。


「これって……?」


 封筒に入っていたのは、幸さんの写真だった。

 たしか予備として現像していた二枚目の写真だ。

 クロワッサンでのササキの言葉と、この写真の意味を考える。


 ……もし、僕の予測が当たっているなら。

 ササキの推測が当たっているなら……。

 

 あまり、うれしくないな……。




 葬儀の当日、僕は一人で葬儀の会場に向かった。

 駅からすでに多くの喪服の人が会場に向かって歩いていたので、迷う事はなかった。

 皆が一様の恰好をしているので、制服姿の僕は少し目立った。

 

 葬儀場に到着したら、紙に名前を書かされた。故人との関係を書く欄には「仕事関係」と書いておいた。まあ、間違いではあるまい。人数が多すぎて、僕もすんなり入ることができた。


 香典はササキから受け取ったお金と、僕のバイト代から出した。

 葬儀を執り行っているのは遺族とは関係ない業者らしく、僕のことを不審がったりはしなかった。僕が香典の入った袋を渡すと、受け取った業者の男は形式的に頭を下げた。


 焼香の列に並ぶ。人数が多すぎて、一度に十人ほどが横一列に並んで焼香を行っている。そして、一回三十秒程度で入れ替わり、焼香が終わった人々はすぐに部屋から出ていく。ベルトコンベアみたいな流れ作業だ。


 列が少しずつ進む。

 沢山の花が飾られており、その中心に遺影が飾られているらしい。

 前に立つ男たちの背が高かったせいで、僕は先頭に出るまで遺影を見ることができなかった。


 とうとう僕のいる列が先頭になった。まずは遺族に一礼。

 遺族の列には枢木雪枝もいた。枢木は黒い喪服を着ていて、彼女の白い肌が余計に目立っていた。


 抹香を押しいただく。時間の都合で一度だけ行った。

 妙な緊張感の中、抹香の臭いが少しだけした。


 そこで初めて、僕は遺影を見上げた。


「……これ、は」


 写真の中の幸さんの表情は、気品に満ちていた。

 年齢を感じさせない、ハリのある肌。

 慈愛を感じる、上品な笑顔。

 そして、何より、濁りのない透き通るような瞳。

 誰が見ても、「枢木家代表の奥様」だ。


 一目でわかった。これはササキの前の写真家が撮った写真だ。


 茫然としてしまった。

 同じ列の人々がほとんど同時に遺族に最後の礼をしたので、僕もあわてて礼をし、そしてすぐに列に流される。


 会場の外に出る直前、枢木と目が合った。

 「表へ出ろ」と目で合図する。


 伝わったかどうかはわからないまま、僕は列に押されて外に出た。


 会場の外に押し出されると、僕は人の流れに沿って出口に向かって進んだ。

 流れ作業のまま受け取った香典返しは、終わったら早く帰れという無言の圧力のように感じた。

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