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写真家・ササキの存在意義  作者: 1103教室最後尾左端
CASE001 【枢木雪枝篇】
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001「枢木雪枝はしゃべらない」

 枢木雪枝くるるぎゆきえについて僕が知っていることはほとんどない。

 

 僕のクラスメイトであること、容姿端麗(ようしたんれい)であること、「クルルギグループ」のご令嬢(れいじょう)であるという噂があること。その程度だ。


 性格、部活、交友関係など、そういったことは何一つ知らない。


 お嬢様であるという噂も眉唾ものだ。「枢木くるるぎ」という珍しい苗字から、誰かが軽い調子で言っただけかもしれない。本人に確認をとった者などおそらくいないのだろう。


 僕は彼女のことをほとんど知らない。

 だが、それは僕の友達が少ないからでも、僕がクラスでの交友関係の分布・勢力図に疎いからでもない。


 彼女、枢木くるるぎ雪枝は誰ともしゃべらない。

 少なくとも僕は、彼女が口を開いているところを見たことが無い。


 枢木くるるぎは徹底的と言えるまでに誰とも話さなかった。クラスメイト達に話しかける隙を一切与えないのだ。


 授業間の休み時間や昼休みは教室からこっそりいなくなり、授業の直前に席に着く。

 放課後は誰よりも早く荷物を持って教室を出て行ってしまう。


 授業中は天井から糸でつるされているかのように背筋を伸ばして座っているが、視線は常に机の上の教科書に向けられている。ノートをとる様子はない。


 教師にあてられることがあっても一切口を利かない。教師の声がまるで聞こえていないかのようにうつむき続ける。「わかりません」の一言もない。首を振るようなしぐさもない。


 あまりに長い沈黙に、教師も痺れを切らして怒鳴ったり、心配するような声をかけたりするが、彼女は徹底して声を出さない。結局、教師が根負けして別の生徒にあてるのが恒例となっている。


 その際に起こる、異様に緊張感のある教室の沈黙は「クルルギ・サイレント」などとクラス内で揶揄(やゆ)されていることは僕も知っている。


 なぜこれほどまでに頑なに喋らないのか。

 その理由を知る者はクラス内に一人もおらず、それを聞くことができる者も一人もいなかった。


 そのため、クラス内では理由について様々な憶測が飛び交った。


 ある噂曰く、

枢木くるるぎ雪枝はかつてひどいいじめを受け、そのショックでそれ以来声が出なくなってしまった」


 ある噂曰く、

枢木くるるぎ雪枝はお嬢様で、貧乏人と口をきくと貧乏が伝染すると信じている」


 ある噂曰く、

枢木くるるぎ雪枝はクルルギグループが作った最新のアンドロイドで、インプットされた言葉以外はしゃべれない」


 などなど。中には彼女の身を案じたものもあったが、明らかに悪ふざけが過ぎる内容が多かった。


 クラスではたびたび枢木くるるぎのふるまいをネタにしたブラックジョークならぬ「クルルギジョーク」が発案され、枢木くるるぎのいない教室で笑いを起こしていた。


「服をマネキン買いしようと店員を呼んだら、マネキンが歩きだした。よく見ると枢木くるるぎ雪枝だった」

「帰宅部の全国大会で優勝したことがあり、授賞式の途中で帰宅した」

「ヒトカラで歌っていたら料金を倍とられた。よく見たら枢木くるるぎ雪枝がいた」


 などなど。あまり趣味がいいとは言えない内容だし、冷静に考えれば全然面白くないのだが、内輪ネタなんて得てしてそんなものなのかもしれない。


 僕は自前の携帯電話を持っていないから、SNSについてはほとんど知らないが、多分大いに炎上しているに違いない。


 枢木くるるぎ自身がクラスでこういう扱いを受けていることを知っているかどうかはわからない。しかし知っていたとしてもそれを口にすることはない。


 枢木くるるぎは文句を言わない。

 否定することもない。

 枢木くるるぎ擁護(ようご)する味方もいない。


 僕は枢木くるるぎのそんな姿を、哀れだと思う一方で、しゃべらない彼女にも当然責任の一端があるようにも思っていた。言い換えると何の感想も持っていなかった。


 つまり、完全なる傍観者としての立場をとっていた。


 僕にとって枢木くるるぎは少し変わったクラスメイトに過ぎず、枢木くるるぎにとっての僕も名前も知らない教室の背景の一部に過ぎないはずだった。


 だから、この手紙の意味は全く分からなかった。


 僕の靴箱に入っていた白い封筒、あて名には「赤坂シュン様」と僕の名前が書いてある。中には便箋が一枚だけ入っていた。内容は一行しかない。


「放課後、屋上で待っています。誰にも言わないでください 枢木くるるぎ雪枝(ゆきえ)

よろしくお願いします。


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