01 急展開
「えっ、ここどこ……」
思わずそんな言葉が口から漏れた。
でも仕方ないだろう。なんせ目が覚めたら緑一面の森の中に芋虫よろしく転がっていたんだから。昨日寝た時は間違いなく自宅のベッドだったはずだ。それが起きたらご覧の有り様。いくらメンタルが図太いと言われた俺でも気が動転してしまう。
自身が陥った状況については全く分からないが思考を巡らせる。思い返すのは昨日の出来事。
確か昨日は現在どハマり中のソシャゲがその日限定のフェスイベントを実施していたから、1万円課金してフェス限定キャラの『ユフィー』というめちゃくちゃ可愛い女の子を狙ってガチャ回していた。でもかなり排出率が絞られているのか、狙っているキャラどころか最高レア度キャラのハズレ枠すら出ない始末。
クソすぎだろ! ふざけんな‼︎ と思っても仕方のないまさに沼ガチャだった。それがあまりに悔しくて財布にあった有り金全て突っ込むという暴挙に出た結果。
「おっしゃあああぁぁぁぁぁぁあああッ‼︎‼︎」
なんとか最後の最後で狙っていたキャラである『ユフィー』をゲット。まあ所持金10万が遥か彼方に飛んで行ったけど……明日からどうしよう……。
とまあそんなこんなでお目当てのキャラを当てたという満ち足りた気持ちと、勢いで生活費が空になって明日からどうしようという両極端な気持ちのまま眠りについた。そして起きたら、なぜか森で寝転がっているという。今ここ。
うん、意味不明すぎ。なんも分からなんかったわ。
普通に考えてたら夢なんだろうけど、なんか現実味が強いというか何というか、俺の本能的な何かがここを現実認定しているんだよなあ……まあとりあえず軽く検証してみるか。と言ってもオーソドックスなやつで頬を強く引っ張って痛みがあれば現実じゃね? って感じのやつ。
頬を強くつねる。
「めちゃ痛い。やっぱ現実じゃね?」
夢の時って痛みとかそういう系の感覚がおぼろげになるって言うし。まあ実際のところは不明だが一旦現実として考えていた方がいいっぽいな。でもそうなると余計分からないんだよな。
夢じゃないとすれば拉致されたと見るべきだけど、わざわざ拉致したのにこんな森に放置する必要はないだろう。普通はこんな馬鹿広い森じゃなく、地下とか薄暗い狭いところ場所に監禁とかしそうだし。というかそもそもの話、自宅のベッドからこんな森に移動したら目覚めないわけがない。眠りは浅い方だから尚更のこと。
ってことで拉致の可能性も薄い。じゃあなんだ? って話になる。しばらくそのまま思考を巡らせるが。
「分からん」
結局こうなる。
とはいえこのままここに寝転がっていても時間の無駄なのは確かだ。それに早いところ行動した方がいいだろう。今はまだ明るいからいいけど、夜になったら極端に視界が悪くなってしまうから暗くなる前には抜けていたいところだ。もしかしたら獰猛な動物とか危険生物が出没するかもしれないし、活発に動き出すかもしれない。そんな可能性が少しでもあるなら絶対に森から出ているべきだ。
そう思い、森の探索を開始するために立ち上がったのだが……。
「ん?」
なんか違和感をやたら感じる。
立ち上がってるのに腰を下ろしている時とあまり変わらないみたいな。そう、あれだ、視界が低くなっているような……。
ーーポキッ
「ん? なんか今、聞こえたような……えっ⁉︎ な、なにあれ……」
急に枝を踏んで折ったような音が聞こえたので振り向いたところ。
「クキャキャキャ」
変な声で笑う緑色の小鬼がいた。
手には使い古された腰ミノを腰にかけ、片手には棍棒を持っている。こいつってどうみても。
「ご、ゴブリン⁉︎」
そう、あのスライムやオークに並んで有名なアイツだ。RPGモノのファンタジー色の強いゲームなら間違いなく出てくる雑魚モンスター筆頭格の一人。そんな奴が突如目の前に現れた。
じゃあこれってやっぱ夢か⁉︎
いやそう決めつけるのは早計だ。なんかよく分からんけど明らかにやべぇ雰囲気があるし。仮に殺されたら目覚さないんじゃね。うん、とりあえず逃げよう‼︎
そう判断するや否や即座に後ろを振り向いて走しり出した。
だがなぜかいつもより視界が低くなっていたことにより感覚が狂う。
「やべっ⁉︎」
木の根っこに足を取られて派手に転ぶという普段は絶対にしないドジっ子みたいなミスをやらかす。背中はガラ空き。隙だらけとなった俺はやばい! と思いながらも即座に立ち上がろうとする。だが背後にはすでに棍棒を振りかざしたゴブリンがいた。
ゴブリンは手に持つ棍棒を容赦なく振り下ろす。その瞬間、背中から伝わる激しい衝撃。
「ーーヴォエッ⁉︎」
口の中の空気が強制的に吐き出される。
そして棍棒で殴られたその勢いでぶっ飛ばされ、近くにあった太い樹木に顔面から突っ込んだ。
「カハッ……カハッ……息が出来ない……‼︎」
背中を殴られた影響かは不明だが上手く呼吸が出来なくなった。地に伏せたまま咳き込む。苦しむ俺を見て、憎たらしい笑みを浮かべるゴブリン。
苦しい。痛い。怖い。
そんな感情に支配される。
殴られた背中と打ちつけた顔面の痛みも、呼吸ができない苦しみも、目の前に自分を殺そうとするゴブリンの恐怖も全て紛れもない本物だ。
ーーこれは夢じゃない!
紛れもなく現実のもの。これで死んだら文字通り俺の人生が終了するのは明白。そんなのは絶対に嫌だぞ俺は⁉︎ 一刻も早くこいつから逃げないと……‼︎
そう思うも身体は全く動かない。対してゴブリンは俺の前にゆっくりと、まるで恐怖を煽るように近づいてくる。くそっ‼︎
距離はもうない。ゴブリンは地に伏せる俺の顔の前に立ち止まり、その醜悪な笑みを浮かべながら手に持つ棍棒を振り上げた。
ああ死ぬな……。
俺の人生はここで終了。それを唐突に理解した。もうどうしようないな。
迫り来る棍棒。狙いは俺の顔面。まもなく俺の顔面はR18指定のグロテスクぶりを見せることとなるだろう。もう無理だと諦め全身の力が抜けた。そんな時だった。
「ーーファイアショットッ‼︎」
もう助からないと思っていると突然遠くの方から声が聞こえた。思わず「えっ?」と声を漏らす。その直後。目の前のゴブリンが灰になっていた。
「えっ、俺生きてるのか……ははっ……」
生き残れたことに心の奥底から一気に安心感が溢れる。そう呟いたのを最後に意識が遠のいていった。
「ーー少年大丈夫か⁉︎ おいヘレネー‼︎」
「分かってるわ‼︎ ーーヒールッ‼︎ ……一応、応急処置はしたけどかなり危ない。一旦病院に向かうわよ‼︎」
「了解した! だがなんで、こんなところに子供が……」
「アウレス何をしてるの! 急いで‼︎」
「いや、なんでもねえ。今行く!」