第一話 リックと空夫
「オレ ハ ニンゲン ダ…… ヤメテクレ……」
これ以上は意識が保てない…… これ以上の想いは、どんなに音声を出力しようにも、音にならない声が回路内に響くだけだ。オレはもう、いよいよ死ぬのだろうか……? 痛みは感じないものの、身体の各部が自分を恐れた人達の暴力により破壊され動かない。そういえば、リック? リックはどうなった…… 薄れ行く意識の中で、オレは生みの親である仕掛士リックをセンサーで探したが、どこにも見当たらなかった。どうやらセンサーもオシャカになってしまったらしい……
「リック……ゴメンナ……」
少しづつ、様々なセンサーがシャットアウトしていくのを感じた。これが、人のときには味わえなかった「死」というものなのだろうか? 薄れ行く意識の中で、遠く声が聞こえている。そういえば、聴覚は死ぬ直前まで働く感覚だったけ……
「リックのオートマタを破壊しろ! リックのオートマタに死を……!」
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――アカシア歴100年まで目前となったある年、とある西方の小国「ジャーン」では、その技術力の高さから万国博覧会が開催される国として世界中から認められ、着々と万博開催に向けて準備が進んでいた。万国博覧会の目玉イベントは、「オートマタ展」で、各国の仕掛士達が技術の極みを競い合って機能的かつ独創的な機械人形をお披露目するのであった。万博目前のジャーンの中でも、国内コンペの最終戦の真っ最中であり、ジャーンの中でも田舎中の田舎であるオルコット村の無名の仕掛士リックの作ったオートマタがここまで注目を浴びるとは、審査員の誰もが思ってもいなかった。リックの作ったオートマタは見た目は汎用的なオートマタではあるものの、その性能は神をも驚くような、かなり異彩を放つものであった。
――リックのオートマタには秘密があった。彼のオートマタには人間の精神が宿っていたのである。
遡ること8年前。オルコット村には、かつては“トリックスター”と呼ばれた仕掛士ラディンが営んでいた小さな仕掛工房があった。ラディンの孫に当たる若き仕掛士リックは、死亡した祖父から譲り受けたこの工房を引き継ぐために隣国「カール」から、祖父の残したオートマタの秘伝書を手にジャーンまでやってきたのであった。
「ここがじいさんの住んでいたジャーンのオルコット村か…… 秘伝書に書いてある設備はここにそろっているらしいな。おいダイヤ、止まれ! いい子だ。 ふーん、仕掛けの明かりがあるのか…… 一応最低限の街らしい機能はあるっぽいな」
リックは自作のウルフ型オートマタ「ダイヤ」から降りて周辺を見回しつつ村に入っていった。
村に入るや否や、村長と思わしき初老の男がリックの前に現れた。手には仕掛で動くハンドランプを持っていた。
「リックさんだね? いやーラディンのお孫さんと聞いているけど、趣が似ているよ。ようこそオルコット村へ。わしは村長のクルアじゃ。それにしても、いいオートマタに載っておるね」
リックはペコリと挨拶をしつつこう答えた。
「クルア村長。ここはお世辞にも都会とは言えないけど、随分と街らしい機能はそろっていそうだね。過ごしやすくて良さそうです」
クルアは言った。
「そりゃそうさ! この村は都会に負けないくらい仕掛けが生きとるからね。これもラディンのおかげじゃよ。最もラディンがいなくなってからはメンテナンスできるのがこのワシくらいしかいないから、仕掛けが壊れた日はもうメンテナンスでてんてこ舞いじゃよ。村長業はそっちのけになってしまうわい。実はワシは元々はラディンと一緒に仕掛士をやっていたんだが、村長の仕事を引き受けるようになってからは忙しくなってきて、いよいよラディンが遺したとおり、お前さんを村に呼び入れたのじゃよ。よろしく頼むよ! 若いの!」
クルアはリックを村外れにある祖父ラディンの仕掛工房まで案内した。小さな工房とはいうものの、あらゆる仕掛制作に必要な機材・質の良い魔導器までもが最低限、いや、最小限ながらも機能的に仕掛の開発ができる環境があった。何ていうか無駄がない。
「村長! こんな機能美を備えた工房は見たことがないです! 祖父はどんな仕掛士だったんですか?」
「ははっ!そうじゃろう! でもまあそう興奮しなさんな。今日はもう遅いし疲れてるじゃろうて。屋根裏部屋にベッドと食事があるから、そこでゆっくり休みなさい。そして明日、一度ウチまでおいで。バアちゃんお手製の脂身たっぷりのイノブタ丼を馳走してやるからに、明日の正午くらいにはおいでなさいな。あっ、ここの鍵はその台の上に置いたから使いなさい。あと、そのダイヤのエネルギーをチャージする魔導器はそこにあるから」
バタン、と扉が閉められ、遠くに去っていくクルア村長の足音と、魔導器が静かに起動している音だけが響いていた。屋根裏部屋に行くと、急いで掃除をしてくれたのか、まだ少しホコリっぽいところがあったものの、久しぶりに柔らかいベッドで床につけたせいか、あっという間に寝てしまっていたようだった。
――起きるまでの間、リックは奇妙な夢を見ることになる。
「おはよう、空夫。もう朝よ〜 早く起きないと遅刻しちゃうわよ〜」
遠くで、聞き覚えのない女性の声が聞こえる。眠い目を擦りながらムクリと起き上がると、全く身に覚えのない部屋。しかも、よく分からない仕掛けで溢れている! 長方形の四角い据え置き型のガラスのような薄い入れ物の中で、何やら小さな人たちが動き回っているではないか! 片手には、よくわからない操縦装置が握られている。ああっ、頭が痛い! オレはリックじゃなかったっけ? あれ、リックって何だ? いつもの夢の中に出てくる同年代くらいの少年のことだっけ? 今日の夢は、なんかおじいさんの家に行って…… なんかよく思い出せなくなってきた…… そうだ、オレはゲームしてて寝落ちしてしまってたんだ…… 早く飯食って学校にいかなきゃ……
――空夫はリックの夢に引きづられながらも、学校に登校するのであった。