1-3 初戦闘
ゴーグルを持って外に出たはいいものの、することがない。公園から戻って来たばかりだというのにまた公園のベンチに座っている葵だった。現在、朝10時。昼飯を食べるにしても、早くても11時くらいまでは待ちたい所。
さて、どこで時間を潰そうか?葵は考える。
ゲームセンターは?ダメだ。1人で行く勇気はない。何よりも、うるさ過ぎて長時間はいられない。
コンビニに行こうか?やっぱりダメだ。1度入ったら何か買わなくちゃいけない気分になる。かといって10円で買えるお菓子1つだけをレジに持っていくのも気が引ける。
本屋はどうだろう?静かだし何か面白そうな本を探していれば1時間なんてすぐに経つのではないだろうか?あるいは立ち読みでもしてればいいか。よし、そうしよう。コンビニで何も買わないのは罪悪感を感じるけど本屋で何も買わずに帰るどころか立ち読みだけして帰ってもあまり罪悪感を感じないのはなんとも不思議なものだ。
そうと決まれば行動は早い。どうせサイフとゴーグルしか持っていないのだ。すっとベンチから立ち上がって葵は移動を開始する。
「いやああああぁぁぁぁッ‼」
公園を出た瞬間、心機一転した気持ちを地に叩き落とすようなタイミングで叫び声が聞こえた。
顔を横に向けると、燃えるような赤いロングスカートのドレスを身に纏い、傘を両手で持ってこっちに向かって走ってくる1人の少女の姿があった。コスプレだろうか?縦ロールをツインテールにした金髪の髪型も合わさって見るからにお嬢様という感じであるが、何にしても街中でするような格好ではない。どちらかといえばファンタジー世界のお姫様のような格好だ。
「そ、そこの殿方!助けてくださいまし!」
話し方も独特なんだなあなんて思う暇もなく、葵は少女の後ろから追いかけてくる2つの影に目を丸くする。
逃げている少女に合わせているのか、まるでお城の兵隊のような格好をしている。だが、気になる驚いた点はそこではない。追いかけてくる2人の頭が狼と鳥だったからだ。狼の方は手も足も爪を光らせ、鳥の方は大きな翼を背中から生やしている。
葵は思い出す。竜へと姿を変えたクラスメートを。
「た、助けて!」
そうこうしているうちに走ってきた金髪ツインテ縦ロール少女は葵の背中に隠れてしまう。なんとも脆弱で貧弱な肉の盾の出来上がりだ。
「た、助けてって言われても……」
正直、無視してさっさと逃げなかった事を後悔した。こんな状況どうしろというのだ。
「ガアアアアアッ‼」
「キエエエエエッ‼」
人型の狼と鳥が吠える。逃がしてはくれそうにないし、ここから逃げる方法も思いつかない。
戦うにしても武器になりそうなものだって持っていない。あるのはサイフとゴーグルだけだ。
……ゴーグル?
「もしも危ない目にあった時にはきっとゴーグルが君を助けてくれるよ」
真にほんの数時間前に言われた言葉を思い出す。ゴーグルをつければ何かが変わるのだろうか?
「他に方法はない……え、ええい!どうにでもなれ!」
半分諦めたようにゴーグルをつける。
その瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じた。熱を持った何かが湧きだし、全身に流れていく。頭がスッキリして、なんだって出来そうな気がしてくる。
「こ、これは……⁉」
両手がなんだか熱くなる。見ると両手の甲の上に青白く光る楕円形の輪っかが浮かび上がっていた。輪っかの中に文字が浮かび上がる。「甲」という文字だ。
「ガアアアアアッ‼」
狼がこちらに突っ込んでくる。葵は拳を握り、構える。
すると、手の甲の上に浮かんでていた青白い光の輪っかが形を変えた。手の甲から肘の辺りまでをを覆い、包みこむ。その形はまるで時代劇の忍者がつける手甲のようだった。籠手と呼んだ方がいいだろうか。同時に手も青白い光の膜に包まれる。
爪をむき出しにして狼は葵の頭に向かって横に振るう。それを膝を曲げ、腰を落として屈むように回避すると、葵は握った拳を前に振りぬいた。
真っ直ぐ振りぬいた拳は狼の腹に当たり、強い衝撃と共に狼を後方へと吹っ飛ばす。吹っ飛んだ狼は地面に落ちた後も、腹を押さえて起き上がれないでいた。
その様子を見て葵は目を丸くする。
「自分の体じゃないみたいだ……戦い方が分かる!」
記憶にないはずなのに、こうすれっばいいと体が覚えているような感覚が全身を駆け巡る。とてつもない力が体の内側から湧き上がってくる。
「うおおおおおオオオオオォォォォォッ!」
自然と口から飛び出した叫び声と共に前髪が逆立つ。視界がクリアになる。
「来いッ!相手になってやる!」
今までの自分だったら絶対に出さなかったし出なかったであろう自信と熱気に満ちた大きな声で、葵は化け物共を指さす。
「グウウウゥゥ……」
唸り声をあげ、狼が起き上がる。
「グガアアアアアッ‼」
腰を落とし姿勢を低くしてもう1度葵に向かって突っ込んで来る。自身の右の爪をギラギラさせて葵の顔目がけて振るう。
その爪に向かって葵は右の拳を撃ちこんだ。狼の爪が砕け、その目が大きく開かれる。その隙に左の拳を狼のがら空きなアゴに向かってアッパーのように撃ち上げる。
「ガッ⁉」
アゴに拳を叩きこまれ、無理矢理閉じられた口で短く声をあげ、白めをむいてその場に仰向けに倒れた。
「まず1匹!……1人?1体?ええい!とにかく次だ!」
葵が狼から鳥へと視線を移すと、鳥は背中の翼を大きく広げた。
「キエエエエエッ‼」
甲高い鳴き声と共に上空へと飛びあがる。鳥は葵に向かって翼を激しく羽ばたかせると、翼から抜け落ちた数枚の羽が風を纏って矢のように真っ直ぐ葵に向かって飛んでくる。
「ちょっとそれ貸してもらうぞ!」
「な、なんですの⁉」
後ろの少女から半ばひったくるように傘を奪い取り、広げた傘を鳥の方に向ける。傘に次々と羽が刺さっていく。その内の1枚を手に取ってみると、鉄のような硬さで叩けばコツコツと音が鳴る。まるで刃だ。
「キイイ!」
鳴きながら今度は翼を広げて空からこちらに向かって突っ込んで来る。直接切り裂くつもりだ。
葵は傘に刺さった羽をいくつか手に取ると、フリスビーを投げる要領で鳥に向かって投げつける。回転しながら飛んで行く羽は、鳥の体に突き刺さった。
「ギィ⁉」
バランスを崩し、地面へと落ちていく鳥。傘を捨てて走り出した葵は、そのまま勢いに任せて落ちてきた鳥の顔面を殴り飛ばした。下に落ちていた鳥が横に吹っ飛ぶ。勢いがなくなって地面を転がった後、鳥は目を回して動かなくなった。
戦いが終わった事を示すように狼と鳥の体が光り、人間の姿へと変わる。気絶したまま起き上がる様子はない。
「よし!終わったな」
そう言って葵はゴーグルを外す。
「え?う、うわあああ⁉」
その瞬間、葵は自分が今まで何をしていたのかを理解する。目の前には倒れている狼と鳥だった奴ら。後ろにはボロボロになった傘を持った少女。信じられないが、どちらも自分がやったことなのだ。
「あ、あの、ありがとうございます。傘は使い物にならなくなってしまいましたけど、おかげで助かりましたわ」
「え、ああ、う、うん……」
少女の言葉にしどろもどろになりながらなんとか答える葵。ゴーグルをつけていた時とは打って変わって自信が持てない。さっきまで自信に溢れていた反動か、ゴーグルをつける前よりもなんだか後ろ向きな気分になっているような、心なしか体までなんだか重いような。
そして、葵はその場に倒れた。
「え、ちょ、ちょっと⁉しっかりしてくださいまし‼」
その背に少女の叫び声を聞きながら。
◇◇◇
目を開けると知らない天井が見えた。柔らかい感覚に体が包まれている。状況は分からないが、どうやらベッドに寝ていたらしい。丁寧に布団までかけられている。
葵が起き上がると、そこは知らない場所だった。どこかの建物の一室だろうが、学校や自分の部屋とも違う、葵の全く知らない場所だ。
床には赤い絨毯が敷かれ、部屋に置いてあるテーブルや椅子、棚や小物など、どことなく高級感を感じさせる。自分が寝ていたベッドも柔らかくてふかふかで気持ちが良い。すでに異世界にいるというのに違う世界に来たかのような感覚さえ覚えるような場所だった。
「ここは……?」
「君が助けた女の子の家だよ」
独り言のつもりで呟いたはずだったのだが、隣から声が聞こえた。そういえば、なんだか布団の膨らみが不自然なような気がする。葵以外にも1人、誰か布団の中にいるような……。
恐る恐る、布団に手をかける。
「やあ」
布団をはぐと、中から見覚えのある蛇みたいな女の子が現れてこちらにウィンクした。裸だったとかフィクション的展開はなく、服は着ている。
「うわああああああぁぁぁぁぁぁッ⁉」
思わず声をあげる。目覚めでいきなり人が潜んでたら格好とか誰とか関係なく恐いものは恐い。
「な、何事ですの⁉って誰ですの貴方⁉」
扉を開いて駆けつけた金髪ツインテ縦ロールの少女が、驚きの声をあげる。
「やあ、私の名前は蛇乃目真。君に話があって来たんだ」
「何で普通に自己紹介し始めてますの⁉」
それからちょっぴりゴタゴタして。白くて丸いテーブルを挟んで3人は向かい合うように座っていた。
「それじゃあ改めて。さっきも言ったけど私は蛇乃目真だ。こちらはさっき別れたばかりだというのにすぐにこうして再開することになるとは思わなかった天音葵君だ」
「あ、天音です」
「その情報半分くらい私に言う必要ないですわよね?まあいいです。私の名前はアリザリーネ・レッドヒートと申します。そのままでは長いし言いにくいのでアリザとお呼びください」
そう言って、金髪ツインテ縦ロール少女改めアリザは頭を下げた。
「それで、私に話というのは?」
「単刀直入に言わせてもらおう。君はこの世界に違和感を抱いている。そうだね?君が化け物に追われていたのがその証拠さ」
真の言葉にアリザは目を丸くするが、すぐにそれは怪しむ目に変わる。
「なんで私が追われていたのを知ってますの?いえ、貴方は何を知ってますの?」
「彼が知っていることは大体知っているさ。さっきから彼がずっと持っているは私の力の一部だ。ゴーグルが見た景色は私にだって見えている」
「え?それって遠回しに僕のことを監視して……?」
「……それで、アリザちゃん。君はこの世界に違和感を感じたんだね?」
葵の言い分はスルーされてしまった。相手の言葉をしっかり理解したうえでのスルーだった。
「……気になったのは、何日か前のことです」
そんな微妙な空気を読んだのか、アリザもそのまま話を続ける。
「私はこのように見るからにお嬢様といった格好をしてますし、この部屋を見れば分かる通り、いかにも大金持ちといった感じでしょう?そのことに私は疑問を感じました」
アリザは立ち上がると部屋の窓を開ける。窓からは町の様子が見えた。周りにあるのは一軒家かアパートばかり。一室だけでもそれなりの広さを持つこの家はどれだけの広さがあるのだろう。家というよりは屋敷と呼ぶべきだろうか。
「ふと思ったんです。周りは普通の家に住んでる人ばかりなのに何故私ははこんなにも豪華なお屋敷に住んでいるのだろうと。正直に言って、この赤い屋敷は町の風景に合っていないのです。まるで現実の中でここだけがファンタジーになっているよう。そんな疑問を抱いたんですの。それからですわ、お父様にお母様、屋敷の使用人達が時々変な姿で見えるようになったのは」
アリザはため息を吐く。
葵は周りの人の黒く塗りつぶされた姿を思い出す。真はNPCと呼んでいた。家族だけでなく、屋敷の使用人もということは、それだけ自分の家に多くのNPCがいるということだろう。
2人とは対照的に、真は相変わらず笑みを浮かべていた。本当に謎が多い。
「そして今日、私は見てしまいましたの。屋敷の使用人の何人かが化け物に変化する瞬間を。思わず叫び声をあげてしまいました。こちらに向かってくる化け物から私は必死で逃げました。後は知っての通りです」
逃げた先でアリザは葵と出会った。そして彼女は自分を助けてくれた葵を自宅に運んだのだろう。
「NPCは君達が普通に過ごしているうちは何もしないさ。君のように世界に疑問や違和感を持っているような素振りを奴らに見せれば襲われてしまうけどね」
真の言葉にアリザは振り向いて真の顔を見る。その表情には驚きが見られる。
「貴方、何でも知ってますのね?」
「君達よりはこの世界に詳しいってだけさ。それを説明するために私はここにいるのだから」
そして真は葵にそうしたようにアリザにも説明をする。この世界が死後の世界である事、死んでこの世界にやって来た者は生前の願いを神様に叶えてもらい、同時に神様によって記憶に細工されていること。
「NPCはこの世界に敵対する可能性がある者を見つけると、ソイツに襲い掛かるんだ。人の姿から本来の化け物の姿に戻ってね。そして、捕らえた人間を神様のところへ送って改めて記憶に細工するんだ。そして……」
言葉を区切ると、真は葵を指さした。
「君達には能力がある。葵君が見せてくれたように、この世界に抗うための能力が」