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神の迷い鳥<彷徨う>

 まるで、地獄のような景色だった。

我ら神の鳥は見目麗しい。人間たちは構わず手に取り、奪いにかかる。

 だからこそ、禁忌としたのだ。

人間ほど、気まぐれで突飛な生き物はいない。

我々の羽を千切り、身体を拘束する。そして、振り回すのだ。





 さわさわとした緑の葉が揺れる音。

微睡みの中で、青い瞳がゆっくりと開かれた。


 「おぉ……起きたか」


 瞬き、声のする方へ視線を向けると懐かしい姿があった。

神人と約束を交わしあった一族のひとり、耳長の族長だった。


 「ここは……」


 どうやら自分は寝具に横たえられているようだ。

肌触りの良い枕に当たる頬の感触に、昔遊んだ家の、その懐かしい香りを感じ取ってぼんやりと見上げる。友人の整った顔立ちは、変わらず同じだった。

特徴的な細長い耳。民族的特徴である。

 

 「アウフィエル。

  お前、生きてたとはなぁ」


 神人との約束のみならず、月の女神を信仰しているからか、鳥の一族のローブとは違って軽装のズボンを身に着け森林地帯で狩りをするのを好む。それでいて大の人間嫌い。

 昔、人間たちにイタズラされて以来、とんでもなく引きこもりになってしまった一族である。

人間たちは、彼ら耳長の一族をエルフ、と呼んだ。


 「マスティガ……」


 彼の名を呟けば、にこりと微笑み。頭を撫でてくれたが。

なんとも不思議な心地であった。まるで、昨日一昨日きのうおとついの出来事が、夢のようであったから。

 (夢……?)

 いや、違う。

あの出来事は、幻ではなかった。

自分の家族たちが。友人たちが。皆……、あの強欲な人間どもにより、奪われたのだ。

 

 「っ……」


 吐きそうになる。

恐ろしい、光景だった。

 (我ら……神の鳥は……、

  たった一人に、愛を紡ぐ……から……だから……)

愛する者同士が引き裂かれ、流れる悲鳴は絶命の声。

束ねられた悲哀は、私の総身を震わせる。身を丸めたくて仕方ない。


 「お、おい、アウフィ、大丈夫か?」


 思わず懐にあったもので顔を覆う。


 「ん……」


 すると、鼻腔に入る香りに、思わずうっとりとした声が出てしまう。

気付けば、自分はあの女性の匂いがする持ち物を後生大事に抱え込んでいた。


 「あぁ、それな……、

  アウフィエルが気を失っても絶対に手放さなかったから、

  そのままにしていたが……、ずいぶんと小汚い毛布だな」


 落ち着きを取り戻し、その手にある毛布をまじまじと見詰め。

確かめるようにやわやわと触り。顔を突っ込み、思う存分嗅ぎ取る。

 (はぁ……)

 落ち着いた。

そうして、じわり、と。目の端が、潤む。

 黒い髪の、黒い目の女。自分を人間だと称した、人間らしきもの。

あれは、自分にとって天啓であったと、献上されたそれをひしとまた強く抱きしめる。

さらりと流れる金髪に整った容貌。まさしく宗教画のように美麗ではあったが毛布だけが小汚く異質だった。しかし、アウフィエルは間違いなく、その匂いを堪能していた。





 神鳥専用の寝室から出るや、大木にくり抜かれた家や、蔦を這う先に高台があったりと、豊かな森林の恩恵を受けた耳長一族の美しい景色が目の当たりになった。水辺もあり、夜は涼しい。

 自分が眠っていた場所、緑の寝室は、神鳥が植物をこよなく愛し、食べるからこそ高台に作られた客室である。

 ふわ、と己の金髪が風に遊ばされているのをしり目に、毛布を抱え。

じっと、北の方を見やる。

 そんな姿を、耳長の族長マスティはやにわに声をかける。


 「アウフィ、お前……まさか、

  見つけたのか?」

 「……分からない」


 耳長の友人に、否定する。

だがその横顔、どこか憂いと……そこはかとない、熱を帯びていた。


 「だが……失いたくない」

 「……そうか。

  ……名前は?」


 神鳥の者たちは、求愛するために相手に私物を手渡し名を呼び合うのが通例である。


 「……教えてくれなかった」

 

  



 黒い髪に黒い瞳。

魔法を使うらしい、懐と腰に魔術書を抱えた珍しい人間だった。

 いや、人間というべきなんだろうか。

初め、アウフィエルはそう感じた。なんせ、その指からは人間の気配がしなかった。

 (死人、か?)

 それにしては、ちゃんと血が流れているらしく温もりはあるし、感情は希薄のようではあったがちゃんと返事をしてくる。

 人間は、気まぐれ。

その気まぐれさに振り回され、絶望の淵に立たされ堕ちた鳥は多い。

好奇心の強い神鳥は稀に生まれる。幼いひよ鳥のような頃なんて特に。

そういったとき、出会った人間と恋に落ち、振り回され。たった一人だけに愛を貫く鳥の一族たちは、人間たちの幅広い愛に己の愛を否定された気持ちになり、静かにその細い身をさらに細くして鳥ガラにして死んでいくのが通例であった。

 元々、強い身体を持って生まれる一族ではない。

精神的に打たれると、ひん死である。

 




 心持ち、急いで翼を使い、人間の街へと飛ぶ。

といっても、低空飛行、木々の間を飛び跳ねるだけだ。


 「おい、アウフィ、そう急ぐとまた倒れるぞ」

 「倒れない!」


 言いながら、自分が気を失っていた場所へと急ぐ。

気が急いていた。

 木々が喜んで枝葉を広げ、自分のために場所を開けてくれている。

ただでさえ体力のない神の鳥だが遮二無二に、自分が蹲り、寂しく待ち続けた場所に飛び降りる。

 果たして、そこには。


 「……」


 カバンがあった。

そして、そこにはもう、水分がなくなって枯れた野菜が入れ込んであった。

中を開けてみれば、すべてそうだった。


 「……あれから……、」

 「そう、だな。

  もう三日四日は経っている」


 傍らにいる耳長の声に、唇を噛み締める。

ばさばさと羽を動かし、不満を発散するが。

しかし、ここには、自分の心を動かした黒髪の女はいない。

 虫が、カバンにたかっていた。


 「お、おい、アウフィ、泣くなよ……」


 あの自分と変わらない弱そうな人間が、たかだか通りすがりの鳥のために。

 そして、自分は。

泣くばかりだ。


 「何故、あいつは……待っていて、くれなかったんだ……」

 

 いや、分かっている。

ちゃんと、食料を買い付け、持ってきてくれていた。

アウフィエルがいた場所まで運んでくれた。一緒にいようと考えてくれていた。

 だが、肝心のあの人が、いない。

 村を焼き払った光景を何度も思い出して気を失い、危険な状態にあった自分を助けてくれた耳長の友マスティガには感謝している。わざわざ探してくれていたのだ、その気持ちを喜ぶばかりだ。

 だが、あの女性は――――たった一人の……相手かもしれなかった。

その指に落涙をしどと濡らし、アウフィエルは絶望を感じた。


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