六十話
アウフィエルは不可解そうに、真実小首を傾げた。
分かっていないようだ。
(仕方ない)
人間社会とは異なる村社会らしきところで生きてきたものらしい神鳥であるらしいのだ、理解の及ばないことなのだろう。私なんてこの世界の人間ですらない。一応、カテゴリとしては人間だが神人の可能性がある。そんな神人もどきとはいえ、お偉いさんである王様に会うのだ。悪い印象はなるたけ与えたくない。
「なんか作法とかありそうじゃない?
王様っていう目上の人に会ったらこう、
ははー、みたいな」
身振り手振りで床へははーっと両手を上から床へ、頭を下げる素振りまでつけて見せてやれば、アウフィエルはますます理解できない、といった表情をとる。確かにこれだとお代官様への対応である。江戸しか通じない。天使の様子からしてちょっと違うのかもしれない。まじまじと見つめ合うアウフィエルの青い瞳には、かつて向けられた耳長エルフと似たものが宿っていた。さすがマブダチである。
「作法、なんてそんなもの。あるのか?」
「……あると思うよ」
人間社会にそんなものあるのか? とばかりに告げられる。
嫌な予感がしてきた。これは時期尚早だったか?
特に脇のあたりに変な汗が湧いた気がして、ごくりと唾を飲み込む。
「ほら、王族ってことだから。
何か、謁見とかで今みたいに、こうして頭下げたり、
とりあえず腰を低くしなきゃならないんじゃないの?」
「そうか?」
そうだよ。
「しかし、リア。
リアは、あの王女と普通に会話をしていたのではないか?」
「あっ。
そう、だね……」
はっとする。
(言われてみれば!)
ゴージャス王女の御尊顔を思い出し、堂々とした立ち居振る舞いを思い出す。
(確かに)
と同意しかけるも。
当時の状況を思い返す。
「いや、でもあの時は初対面で外だったし。
私は相手が王女様だってこと知らなかった。
だからそんなお偉いさんへの振る舞い方なんて、
そんなことにまで考え及ばなかったし」
まさかまさか。
(アウフィエル、って……)
自分でも、説明しながらはたと、とある可能性が浮かんできた。
神鳥として王様やらお偉いさんと子供の頃連れられて、とか。
そういったエピソードを事前に教えてくれたから、アウフィエルは知っているものと考えていた。でも、どうやらこの調子では……。
口の中が乾く。
「ねぇ、今回はこの国の王様っていう、
いわば国の頂点ともいうべき相手との面談だよ?
それなりの対応ってものが必要だと思ったのよ。
だから……、アウフィエルはこの城に来たことあるんでしょ。
知ってるのかな、って。
その、行儀作法ってやつを」
「ふむ……」
(やっと理解してくれた)
束になったひと房の髪が、まるで麦の稲穂のようにたらりと肩に滑り落ちた。
艶やかな紅色の唇の、その下についている顎に細い人差し指を当て、アウフィエルは何やら考えるような仕草をとるが。
「知らんな」
「やっぱり!」
駄目だったようだ。
がくり、と意気消沈する。
「わたしは神鳥だからな。
人間どものいう礼儀とかそういったものは、
聞かれても分かるはずもない」
「そう?」
そんな気はしてた。
「ああ。
定期的に南の王に見せてやった踊りや歌ぐらいで
彼ら人間は大喜びだったからな。
まぁ、姿を見せるだけで人間たちはお祭り騒ぎだった。
うるさかった」
納得である。
思えば、人間の目から逃れるようにして森の奥深くに住んでいた鳥である。人間の世界になんて、共に生活してでもいないと分からないのではなかろうか。
ただ、気になったことはあるのだ。
「でも、アウフィ、子供の頃とかこの城に来てたことあるんでしょ?」
昨日の話だと、ずいぶんと楽しんでいたようだったが。
「ああ、そうだ。遊んだ」
頷くアウフィエルに、私はほっとする。
もしかすると、大人の、神鳥たちの振る舞いならば知っているのかもしれない。
ただ、鳥さんは見目は華奢だけども、中身は堂々とした鳥だった。
「気にしなかった」
「ですよね」
ちょっとした期待は裏切られた。
性別のない小鳥は小さい頃は好きなように飛んでいられたものらしいが、彼は、成長するにつれて周りからも南の人間たちからも好奇の目で見られるのを嫌がるようになり、友であるマスティガと遊んだり、耳長の村を散策したり、草を摘んだり、会いにこない神人への文句を夜長、友に愚痴をたらすのが日課になっていたため、あまり外については詳しくは知らないようだ。
(マスティガさん……)
しょっちゅう顔を見せにいっていたものらしい。そりゃあ、アウフィエルがエルフの村に遊びに来ないのを不審に思って探しに行くのは至極当然である。
(しかも、文句たらたら)
神鳥だからこその精神なのか、そのことについて本人らしき私に率直に言っちゃうあたりが、人ならぬ人だからこそなのか。良くわからないが、一言。
「ごめんね」
「ん? 何がだ」
「その……色々と」
「急になんだ。やっぱり腹」
「それはいいの」
マスティガが被害受けてた理由が私だとすると、水辺であれこれ言われたワケについても腑に落ちた。
親友ならではの心配と、さっさと迎えに来いよこの人間もどき、って思われていたのかもしれない。いや、果たして神人かどうか。
(それは、私でさえ半信半疑だけども)
アウフィエルが、私がそうだと言う。
ならば、マスティガもそう考えるのが筋だろう。それほどまでに、神人たる謎の存在について互いに言い合っていたのだとしたならば。
「……また言われるかもね」
「誰に?」
青い瞳を瞬かせ、疑問符を口にする神鳥。
「私達」
「リアと、わたしか?」
「そう。
……そうだよ」
南の国にまで移動しちゃってるし。
「マスティガさん、元気にしてるかなぁ」
「ああ……マスティガな。
そうだな……」
(神鳥のこと、頼まれてたけど……)
耳長エルフさん……。
私達、こんな遠いところにまで竜に連れられてというか連行されてお城にまで来ちゃいましたが、元気です…………。
「リア。
そら、空を見ろ。
月が見える」
「あ、本当だ。綺麗に真ん丸だね」
窓から覗く月の色は、空と薄雲の隙間を押し退けてなお、とても純白で。
太陽のように輝いていて、美しいものだった。
(……真ん丸……)
ルキゼもどうしているだろうか。
同じ空の元、元気にしてるといいんだけれども。
(結局、国境越えちゃったし)
どちらにせよ、私たちは南の王と会い、話をしなければならない。
作法云々言い募ったのは、相手に不快感を与えてしまいかねない私の価値観という無作法さが出てしまうのを懸念してだ。
(……まあ、アウフィエルがいるから……)
南の国は、神鳥を保護していたということだから。
ものの本によれば、神鳥たちはなんらかの関わりがあったと、そいうった記述を読み込んだ覚えがある。たくさん、たくさん旅をしてきた。してきたけれども、
「まさか、王様にまで出会うようになるとは」
(まあ、もっと言えばドラゴンにまで知り合いに)
私の呟きは、さりげなく翼をはためかせたアウフィエルの羽ばたきによって阻まれて消えた。




