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五十八話

 「鳥目だから暗い場所は良く見えない」

 

 せっかくの光景もそこそこに見納める。

スパイスたっぷりの匂い立つ色鮮やかな夕食を部屋に運んでもらって優雅に食べ漁り、風呂も入ったしということで疲労感もピークに達した。睡眠不足もあってか船を漕ぎそうになる。食後のお茶も美味い。天使は案外と褒められたがりで、私の為にまた紅茶を淹れようとしてくれる。ありがとう。でも、お腹の中がたっぷりと波打ち際みたいになっていて今にも溢れそう。これ以上は吐く。懸念した私は色々なものが出てしまう事実を伝えると、彼は渋々三度目のお茶の用意をやめてくれた。

 小奇麗になったし、腹も十分に満たした。

はしたなく大きく欠伸をした私をアウフィエルは一瞥し、


 「リア、眠そうだ」

 「まぁ……ね。

  早いけど、アウフィも寝る?」

 「ああ」


 アウフィエルも同意したため、ゆらりとソファから立ち上がったところではっとした。

 (……そういえばベッドはどこ?)

 ここは来たことのある天使に頼むに限る。


 「寝るとこ知ってる?」

 「寝室はこっちだ」

 「さすがだね、アウフィ」


 言うや、先導する彼は後ろ向きながらも、図らずともその耳を赤く染めた。

 (……たまに思うけど、アウフィエルのポイントが謎だ)

 白い翼の先がゆるやかに揺れているのを、なんとはなしに目で追いかけながらもついていく。

普段の私ならば、一人旅の嗜みとして万が一の逃走経路ぐらいは確認済みではあったが、疲れ切っていた身の上という理由からソファの住民と化していた。アウフィも然り。ソファに並んでお茶しばくことで暇をつぶしていた。最近の天使はさらに竜の口中でぶら下がりをしたり、竜の毛をむしる勢いで飛びかかって第二のぶら下がりを敢行したりと、なかなかのアクティヴっぷりを披露してくれたおかげで余計に疲弊していた。

 改めてアウフィエルのそのど根性に感心した。ただの貧弱な鳥ではないのだ。



 与えられた自由になる客室区画は実に広く、確かにアウフィも言う通り私は迷子になるのは確実だった。私たちはそれなりに良い待遇の場所を与えられているようで、普通ならあり得ないほど湯水はたっぷりと使える私達専用の女風呂や男風呂も個別に備え付けられており、至れり尽くせりな客人対応である。天使もこの平べったい城に呼ばれる時往々にしてここと似た形態の一角で寝泊まりしつつ、子供のころはあちこち探検し回っていたとのことだ。

 (きっと可愛らしいけど、ツチノコ扱いされてただろうなあ)

 じろじろ見られていた、とのことからの脳内飛躍である。

その、現在における異世界流貴重なる種族である神鳥が通路を抜けた先にある部屋で立ち止まり、扉を開けた。

 続けて私も顔を覗かせると、良い感じに大きなベッドが一台。部屋のど真ん中に鎮座していた。

 南の王城、その客室らしい豪勢な室内四隅に設置されたロウソクの灯がすでに用意されていた様子からして、明らかに私とアウフィエルのために用意されたものだった。窓からはあの池が見受けられる。ちょうど反対側だった。すなわち、幻想的な池を中心とした客室の一角という大きな場所を私は、いや、私たちは与えられていたということになる。


 「へえ」

 

 しかもこの黄金ベッド、2人分で寝るには十分な大きさだ。下手したら3人はいけるだろう。

きょろきょろと見回す。


 「大きいね」

 「わたしは良くこのベッドで同年代の子らと寝転がって眠っていたものだ」


 小さい天使がいっぱいかあ。

すごく微笑ましい光景であっただろう。私の世界にもしアウフィエルが存在していたら、熱い感涙に世界が包まれそうだ。平和になりそう。ラッパも鳴りそうだけど。


 「あ」


 ……と、ここで私は、ここでようやく肝心なことを思い出した。というか気付いた。

今まで私はこれまで自分への対処を怠ったことはない。ないが、あまりにも意識しなさすぎた。

 (私、そういえば女だわ)

 宇宙の心理を発見した、ぐらいに私はそんな自分に驚愕し衝撃を受ける。思わずよろけた。

 だが、そんな私の隠しきれない動揺なんてなんのその、靴を脱ぎ、女であるはずの私よりもすらりとした素足のままに、大きなベッドにふわりと飛び乗る天使。波立つ金色も、真っ直ぐに彼の背中にたらりと流れ落ち、すとんと枕元に横座りするアウフィエルはどこぞの貴人のように見えた。その寝間着、神鳥専用に誂えたものらしく翼に不便がないよう凹むようにして背後がぐるりと開いた服になっており、サテンのようにキラキラとしている薄着だ。そのせいか背中の青白さが露わで、どことなくセクシーに見える。

というか、ちらりと見える生足からして昼下がりのうららかな一時を甘受する、気だるげな宗教画の美女……、いや、夜だから裏道のひっそりとした色とりどりのネオンの下に誤って迷子になって横道入り込み、裏の世界のなんか後ろ暗い人に騙されかかっている聖女みたいな美女に見受けられる。首の細さ、その少し尖がった喉仏もやけに魅力的……いけない、助けなければ。魔の手が。

 って、誰から助けるんだ。私か? 悪寒が走る。   

 (え、私、緊張している?)

 いくらアレとはいえ、彼と私はそういえば性別が……というか、貴重な神鳥の雄、といったらいいのだろうか、一応私女だし、というかどうして他にベッドがないのか。自然遺産的人物になりそうな相手と、どどど、そんなことありえないけれども、そういった空気は彼の気質からしてあり得無いけれども、いや、どうすればいい。

 言葉もなく立ち尽くす私。

 (こ、んなこと。バカバカしい)

と思うのに、なんでか冷や汗が出てきた。

 

 「どうした、リア」


 きょとん顔のアウフィ。

不思議そうにしている彼の顔を見やり、は、と息をついた私、どうにか言葉を紡ぐ。


 「え、あぁ、いやあ、ソファのほうが私落ち着くかも」

 「ベッドのほうが広いし睡眠に適している。

  寝るぞ。リアのぶんの枕もある」


 私のであるらしい、用意された枕を抱えて見せつけてくれたアウフィに苦笑する。

 (野宿とか性別関係なしに皆仲良く雑魚寝だったし)

 よっぽどベッドに誘いたいものらしく、翼をばさばさと動かしご機嫌のご様子。やはり本性は鳥とはいえ、久しぶりの文化的睡眠を貪れるのだ。野営やら竜の手の平に乗せられて遊覧飛行と比較すれば、そうなるのも無理はない。なんだか、ほっとした。

 (まあいいか)

 気にする方がおかしいかもしれない。嘆息し、歩を進める。

思えば、密着して眠っていたこともあった。彼の羽毛は温かかった。


 では、と早速共寝するため、枕を並べ、といっても天使には羽がついているから、どうしてもうつ伏せになるか横にならざるを得ず。すごくアウフィからの視線を感じながら、両目を閉じることとなった。


 「……確かに、これは良い感じ……。

  速やかに眠れそう」


 思っていた以上にふかふかで、布団にも即馴染む。

風呂やら食事で全力で癒された我が身には、これ以上ない居心地の良さだ。

太陽の匂いもするし、瞼が余計に重たくなった気がする。変な緊張もようやく解れたし。良いことづくめだ。


 「そうだろう。

  森の鳥たちや、神鳥のいらなくなった抜けた羽が使われたりするからな」


 (……後半は聞かなかったことにしよう)

 耳元からの囁きをなるべく聞き流しつつ、うつら、うつらとし始める私。


 「……もしかして、その、神鳥の羽、も商売になってるの?」

 「取引材料にはなっていた」

 「そう……」


 アウフィがあれこれと喋くっていたようだったが、私はといえば早々に意識を手放す。

 (神鳥、がそういう愛護的存在ならば……、

  いや、やっぱり王族からの保護がなければ、

  神鳥は生き残るのが難しかった、のかも)

 すー、と溶けるようにして体が重力に縛られて力が抜け落ちていくあたり、その覚醒と睡眠の狭間にいる私をアウフィはじっと見定めていたものらしい。ふ、と笑う響きが耳元に聞こえたかと思えば、アウフィは私の頬を、そのほっそりとした細長くもすべすべな指で撫でてきて。


 私は睡魔の虜であったからされるがままだったけれども、しばらくそうして、アウフィエルは私に触れていたようだった。節くれだつ彼の指の形は、確かに男らしいものだった。

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