五十七話
王城は明け透けなく申し上げると風の通しが良い……平べったい作りであった。縦ではなく、横に長い建築様式で、あちこちに彫像があって柱にまで彫られまくっている。
「ほほー」
思わず声を上げ、見事な造形としか言いようがないその一つ一つに目を見張る。躍動感あふれる筋肉質な柱の羅列に沿って歩廊があり、庭を囲うようにして格子状に張り巡らされている。
案内係に案内されなければ迷う自信があった。
「リア、この城であちこち歩き回るな。絶対に道に迷う。
あと、見知らぬ人のうしろついていって歩いては駄目だ」
王城だというのに、街中にいるかのようなアドバイスをしてくるアウフィエル。
実際、南の城はこれひとつですでに大きな街丸ごと抱えているような規模である。中庭、といってもその庭に東屋だけじゃなく芸術的な一戸建てが花畑の只中にあったり彫像が彩りとばかりに添え物みたいに等間隔に設置されてたりと、荘園風美術館を眺めている心地になってくる。果物が成っている樹木園さえ遠方にあるのだ、規模の巨大さに眩暈がする。きちんと刈り取られた下草の様子からして、人の雇い入れる余裕のある国だと感心するが金と権力の逞しさを感じて怖い。
「ささ、ここでゆるりとお休みを」
案内係に礼を言えば、折り目正しく礼をしてくれ、たちまちにいなくなる。
扉がゆっくりと閉じられる。パタン。閉じる音も高貴っぽい。
(なんか、北の国のお貴族様思い出すなあ)
懐かしい記憶だ。
(奥様、みんな、元気かなあ)
しみじみと感じ入る。
王城にたどり着いた際、私と神鳥は客室に案内される運びとなった。
古の竜は果樹園の広さがちょうど体格に良いらしいので、ひとっ飛び。
「ではまたな、リア、神鳥の」
南のお姫様と戯れるだけ戯れ、ホクホクした顔でいなくなった。
これには神鳥も不満顔だが、私もまあ……別にいいかと諦めた。助けてはくれたのだ、助けては。それに、お姫様曰く、
「しばらくはゆるり、と。
お疲れでございましょう」
コロコロと笑われ、王城入り口で別行動、という訳だ。
振り返ると、豪奢な家具に囲われているふかふかっぽい長ソファに寛いだ様子の天使を視認する。さらさらとした流れる金色の髪が肩から落ち、ふう、とため息をつく姿はさすがは宗教画のご本人。
(いや、そうじゃないけど)
私はもそもそと働いてきた人間なので、このいかにも用意された感のある高そうなものを扱うのに抵抗があった。とはいえ、いつまでも扉の前でまごまごと立ち尽くしていてもどうしようもなし。
客室は石造りだった。
つるつるピカピカの。身の回り使いの家具だけじゃなく天井にもふんだんなく黄金の色があり、光に反射して輝いていた。
壊したら人生かかっても弁償できなさそうだなと、ごくりと生唾呑み込んだ。
「どうした、リア。
座ったら良い」
ソファの隣をぽんぽんと叩くアウフィ。
すごく満喫していらっしゃる。でもその手すり、黄金色だ。
「アウフィ、すごいリラックスしてるね」
「む?」
高級そうな家具を当然のごとく使っていらっしゃる。似合ってるからなおさら凄い。
ついでに、紅茶セットまでいじろうとしている。客室であるこの部屋のテーブルに用意されていたようで、近寄って見れば茶葉もあり、アウフィが興味津々で触れている。持ち上げもしたその細い節くれだった指で高そうな陶磁器を。私はハラハラとして見詰めていた、天使の、そのプルプルとした桃色の指先を。
「むむ、しまった」
「おっとぉ!」
案の定である。
慌てて手を伸ばし、機敏な動きで身を投げ出す。黄金色が縁にぐるりと装飾してあるティーカップとソーサーを、がちゃがちゃと音を立てて床に落とさないように苦心する。二の腕に皿のごときソーサーが、親指にはカップがひっかかる。そうして、びたっと静止。尻が持ち上がり、腕をさも天上の神様にでも獲物を捧げるかのようなポーズになってしまったが、なんとか弁償騒ぎにならなさそうだと肺の隅々から二酸化炭素を吐き出す。
ものすごくダサい。でも寿命は延びた。
「す、すまないリア。
ケガはないか」
「だ、大丈夫」
ふう、とばくばくと脈打つ心臓と共に変な汗をかいた。
危ない危ない。床は石だからスライディングの影響でちょっと膝が痛むけど……、弁償人生よりもだいぶマシだ。
立ち上がって手渡せば、気を取り直したアウフィ。
紅茶を淹れると張り切り始めた。
(それでティーカップを気にしてたのか)
意外だ。けど、
「お、落とさないでね……」
「大丈夫だ」
ほかほかのお湯をティーカップに注いでいる。
小さな道具である網目に、茶葉を使って丁寧な淹れ方をする神鳥。
(なんか手馴れてるなあ……)
ふと湧き起こる疑問。
蕩けるような色味の紅茶から香しいかおりがする。
「へえ」
感心すると、瞬く青眼がこちらに向くアウフィエル。
どことなく得意げである。
「リアもいるだろう?
今日は水分補給がなかった。翼が萎びる、さあ、飲むのだ」
「あ、はい」
(私に翼はないけど)
天使の給仕、という境遇を得てしまったがせっかくだからと戴いた。
大きく開いた窓からは涼やかな風が分厚そうなカーテンを揺らして気持ちよく、また茶葉の香しいにおいも鼻腔をくすぐり、暖かなお茶が喉を滑ると一息つくことができた。見知らぬ人ばかりに囲まれていた眉間のストレスから少しでも解放されてほっとする。
「美味しい……」
ゆったりと長椅子のソファに座り横に並ぶアウフィをと様子を伺えば、とても嬉しそうだ。
「お砂糖いるか?」
「うん」
私の顔色を把握しつつある神鳥、侮りがたし。
お風呂も立派だった。大理石で作ったと思わしき、つるつるな。足の裏がすべすべ。予想通りだ。私一人だけの入浴にしては、大きすぎるのが難点だし。何よりお湯がもったいないが、かといってこんな客室専用のお風呂を誰かに使ってもらう、にはあまりにも言い出しづらい。やめとこう。洗濯物のついでにこのお湯を使おうという選択肢もあったけれども、部屋付きの人というメイドさんっぽい女性がやってきて、あれよあれよという間に私の泥の付着した服と、身の回りの洗濯必要なものをかっぱらうようにして奪い去っていった。なんせ仕事がないと困る、と言い張るのである。これ幸いと押し付けた。
いや、助かった。
石枠の窓辺から見渡す限りの池。
灯篭も雰囲気あるし、水面にはロウソクの光が浮かんでいる。私が風呂入っている間に、いそいそと使用人たちが小舟を使ってあちこちに流していたものらしい。アウフィエルがそう言っていたし。
「ここは相変わらず面白いことをする。
人間というものは突拍子もないことを仕出かす」
と褒めていた。
(いや、褒めてるんだろうか?)
甚だ疑問ではあったが、それよりもふと思ったことがあった。
「アウフィ、相変わらず、って何?
こういった催し物っていつもやってるってことなの?」
「ん?」
隣で一緒に並んで見詰めている池の、あちこちを照らしている水辺から目を離し。
水浴びだけで済ませてしまったアウフィの、そのキラキラ度が高まった横顔を見定める。
「その、なんというか。
まるで知っているかのような言葉遣いだったから」
「……あぁ、知らなかったのかリア」
ふふ、とその美しい顔を斜めにして私の発言に対し相好を緩める天使。
夜の陰影もあってか、際立って整って見えた。
「この城には、何度も来たことがある」
「え、そうなの」
「……神鳥の、それも神人の伴侶であったからな。
わたしが生まれた当初、この城で引き取るという話もあったが、
神鳥の長が嫌がってな。冗談の類ではあったのかもしれないが……。
伴侶たるわたしが性別を確定するということは、
リア、神人たる貴女の存在を証明することになるからな」
そういえば、儀式とか。南の王の即位に立ち会っていたんだった。
北の書物にも書かれていることだ。
「人間も人間で、北と南で揉めていた。
その勢いもあった、という意味もあったようだが、
我々人ならぬ人はそのような事情に関知せん。
どうでもいいことだ。
……ただ、我々神鳥は、この南の王による保護があったからな……」
儀式もしていたが、なんでも新鮮な野菜を定期的に神鳥の村に運んだり。
物資を無料でくれたりしていたそうな。貧弱な鳥は生活する上でやはり誰かの手が必要だったものらしい。
「無論、なんでもタダという訳にはいかない。
我ら神鳥は手先の不器用さも有名ではあったが……」
「不器用なの……」
「この刺繍だけは見事だろう?」
「あ、うん」
「食べていけるように、と神鳥一族は耳長に教わったのだ」
アウフィエルは身に着けているローブの端に縫われた刺繍を広げ、その見事さを私に見せてくれた。
「そうするよう仕向けたのは、神人ではあったが」
手に職をつけるのは大事だ、との格言を神鳥の祖先は賜ったものらしい。なるほど。
素直そうな神鳥の一族は、不器用ながらにあらゆる構図のモチーフを神人から貰って箔をつけた。不器用でも高値で売れるように、と。
「こういったものを売り体裁を整えてきた。
……それでもなお、わたしたち神鳥は……、
そうだな、人間たちに憧れていた部分はあったであろうな。
神人が人間であったから。
だが」
神鳥は唇を噛み、ぽつりと呟く。
「……もう、終わりなのかもしれん」
彼の、しかめっ面になった顔色はただでさえ肌色が白いのにさらに漂白されたかのように白くなった。彫像よりも青白い。
(アウフィ……)
家族を人間に殺された。
北の国と南じゃ人間側からしてみればまったく違うと言いたいだろうが、彼にとっては同じなのかもしれない。見知らぬ人間たちの諍いに巻き込まれたと思っていてもおかしくはない。ましてや、彼の種族、神鳥は南の王に保護されていたはず。
それなのに、ほぼ全滅に近い終わりかただった。
悲しげな表情を浮かべるアウフィエルにしばらく沈黙を保っていた私だが、やにわに声をかけた。
「ねえ、アウフィ。
その、儀式のとき。
アウフィたち、神鳥は何をしていたの?」
「……む?
そうだな……、歌をうたったり、踊ったりもしたな。
あとじろじろ見られたりしてた」
神鳥はその美しさから、見世物となっていたものらしい。
(まあそりゃそうか)
しかし、肝心な言葉のチョイスを誤った。
(あ)
痛ましい過去を完全に掘り起こしてしまった。憂いを帯びて伏せられた青眼、唇はぷるぷると震えているのを我慢しているし……明らかに、アウフィエルが楽しんでいた、失ってしまった思い出を揺り起こしている証だった。なんせ昨日の今日だ。アウフィエルは、またもその綺麗な瞳に涙を浮かべていたのである。
(ど、どうしよう)
まるで湧き起こる源泉だ。連日の泣き顔、枯れる暇がない。狼狽え、口をぱくぱくと開けたり閉めたりしている私。どうしよう、本当。どうしてか分からない。分からないけれど、私は思い切って口にしてしまっていた。
「じゃあ、今度、今度でいいから、さ、その。
私の為に歌ったり踊ったりしてくれる?」
勢いに任せてしまったが何を隠そう、一番驚いているのが私だ。
考えなしにもほどがある。
でももっとも驚愕しているのはアウフィエルのほうであった。
両目を見開き、瞳孔を真ん丸にさせている。その湖のごとき青眼には、私のびっくりした表情が映しとられていた。
……次第に私の言う意味合いを深読みしたのだろう。もぞもぞと翼を動かしたのち、鼻を啜り。内心動揺しまくっている私を物ともせずにその麗しい唇を半月の形にして口開く。
「……リアがそういうなら、いつでも……」
じわり、と頬を赤らめるアウフィエル。
物静かに微笑んでいた。
「あ、アウフィ。
……こ、ここは見張ってる人いるし、
今すぐではないからね」
「……ああ」
「あとで、ね。
アウフィ」
言うや、不自然な返答ばかり重ねる私に向け、
「必ず」
約束してくれた。




