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五十六話

 南の国の王女様はその年頃にしてはあまりにも立派なお姫様だった。

小さくて、愛らしい顔立ちながらに覇気のある威風堂々たる姿は、竜をも唸らせる。お城で守られるべき王女様であるというのに、鎧を纏い、部下を引き連れて神人っぽい私を王族ならではの振る舞いで馬車へと案内してくる。断る理由はない。だって本当にお腹もすい、その、身体だって少々臭うし。

 話によれば、神鳥たちを代々保護していた王族なのだ。アウフィもそうだと渋々認めていたし、千年竜だっている。なんとかなるだろう、多分。一人と一匹は翼を持っている、逃げ出せる準備はいつでもできるだろう。本当、力を持つってことは便利で安心材料になるというものである。

 対し、魔術書のない私は情けないことこの上ないが。

 現在、私たちは南の兵らに護送され、お城方面へと輸送中である。

 そしてアウフィもまた同様ではあったものの、


 「古の竜は耄碌している」


などと言い、ぷいっと不機嫌丸出しである。

昼食ということで、与えられた野菜を美味しそうに、そそそと咀嚼しているが。

 (……結局、餌付けされてるけど)

 まあ、新鮮な食べ物を得なければ生き物は元気になれない。

アウフィのキラキラしい美しさが相変わらず眩しいのに安堵した。ほっ。

 車内に固定された小さな机上には人間用のご飯もしっかりと用意されている。

温かな湯気が立ち昇る、ほかほかスープ付きの白いパンだ。パンの間には炙ったものらしいハムも挟まれていて、私はといえば、あのお綺麗な王女様は言葉の節々で含みある言い方をしているけれども、まあ、別にいいかとどうでも良くなっていった。人間、お腹が満ちれば大概において鷹揚になるものである。アウフィは警戒心を露わにし、匂いを嗅いでいたがしっかりと私は食べる。

 さて、天使と真逆に、その王女様をお気に入りにした古の竜はどこにいるのかといえば、私とアウフィが大人しく馬車に押し込まれて南の都へと輸送中、その背に南の国の王女様を乗せて呑気に竜の遠吠えみたいなものが遥か彼方の大空の向こう側あたりから時たま聞こえるので、きっと楽しげな飛行をしているんだろう、多分。

 私は、はむっとジューシーな味わいのパンを頬張る。

 

 「……はあ、幸せ」


 ちなみに、彼は現在私の前で翼で身を隠さずに、あけっぴろげで菜食主義者っぷりを披露していた。

始めのころの、初々しい引きこもりっぷりが懐かしく感じさせる今日この頃だ。





 稀に休憩を挟みつつ、私たちは街道を邁進していった。

王女様は感動しきっていた竜との邂逅が楽しくて仕方ないらしく、あまり私たちに関わってこなかった。まあ、朝の挨拶ぐらいはわざわざ足を運ばれてあれこれと不足はないかと気をつけてくれてはいるが、私たちは正直いって、(特に私は、)屋根がある移動式な家に住むこと自体、奇跡に近いというか、とてもありがたいものだと思っていたので別に不足なんてものは存在しなかったというか、お天道様に罰が当たるというか。


 「では、何かありましたらそこの者に伝えてくださいますよう」


 などと、しゃなりと言われても。

たじろぐ神鳥と目と目を合わせることしかできない。天使は相変わらずむすっとしているし。本当に王女様が苦手というか嫌みたいで、そんな態度もお姫様には丸わかりであるというのに、王女様は別に気にもせずくすくすと笑うばかりだ。

 (ご飯も出て、ずーっと馬車の中で座ってるだけでいいなんて。

  夢みたいな話だよ、本当)

 お金の心配もないという。

出すべきかどうか、いや金なんてあってないようなものの私が出すなんて。などとちょっぴり悩んだ私だが、まあ気にしないことにした。相手から言い出したことだし。

 (無料だと思えばいいか)

 たとえば、空港のラウンジみたいな……。

その飛行機みたいな役割を担っている竜は搭乗者たる王女様と意気投合したものか、ちっともこちらに顔見せどころか話をしにも来ないし。

 すぐに翼を使い、王女様を乗せて飛び上がるのだから、まったく。

 

 「……実はロリコンなんじゃ」 


 ぼそりと呟くだけに留めている私だが、なんだかあの竜に関しては怪しげな気がしてきた。孫孫五月蠅いし。空を旋回している古の竜、調子の良い竜である。


 「リア、ろりこん、って何だ?」

 

眉間あたりに水平にした日差し避けの手の平をおろし、神鳥の澄んだ青眼をまじまじと見詰める。


 「……聞こえてた?」

 「ああ」


 まずい……最近、独り言が大きいみたいだ。





 馬車の中は基本的に暇だった。

やることといえば今後についての会話か、ロリコン講釈をどう垂れてやったら良いものかと真面目そうなアウフィを心配しつつもごまかすのに苦労したり、あるいは天使の翼を興味本位でいじくり倒すか、アウフィが私の今までの生きてきた流れを世間話風にして聞かせてやれば涙ぐむという、なんだか申し訳ない事態に陥るか。

 そんなところだ。

 

 「にしても、アウフィはよく泣くね」

 「……リアが、そ、んなことをどうでもいい風に、言うから!」

 「聞きたがるからさあ」


 だからちょっと話しをしたただけだというのに、この神鳥は。欠伸をかみ殺した。

 さすがに、こみ上げてくる涙をそのままに流しているアウフィに、暇です、なんていかにもな大口を開けるなんてことはすべきじゃない、というか怒られそう。アウフィエルに。

 まじまじと見られることの多い私だが、今度は私のほうから神鳥の様子を伺う。

彼は、酷く憔悴しきった絵画のような姿で、はらはらと綺麗な涙を流していた。まろやかな頬につるりと伝っている雫は、車窓から入る陽の光を透かして一等美しいダイヤモンドのように輝いていた。

 瞼から、そのまつ毛が程よく濡れていて本当、清楚な美女っぽかった。

 ただ、本人はすごくそれを嫌がって怒り出すので言うのは憚られるが。ぐす、ぐすと肩を揺すって流す、静かな涙は、私の。私の心の、どこかをほんの少しだけ、温めた。


 「アウフィ」


 彼に聞こえないよう、囁く。





 南の国の首都は、武骨な印象の北と比べ、どこもかしこも開放的な彩に満ちていた。まずヤシの木のようなものが生えている。揺れる葉っぱの先には南国っぽい毒々しい色の実が成っていて、道端でそれに穴をあけ、ジュースのようにして販売している路販売業者があちこちにいて、手首につける謎の飾りを売りつけようとウロウロしている子供たちもいた。総じて彼らは私たちをちゃんと識別していたので、そういった商いをしてこなかった。まあ、南の兵らに護送されてる途中だし、さすがに国の兵士にあれこれとしてくることはなさそうだった。そして、王女様は大人気であった。


 「きゃー!」 

 「殿下ぁああ!」

 「可愛い!」


 コレである。

もしかして南の人たちもややロリコン気味なのかもしれない。

この時ばかりは竜の上ではなく、馬車の中の人になっていた南の王女様。ふふふと笑みを浮かべ、片手を振っている。

 しゃなり、しゃなりという効果音が出てきそうな飾りを纏いつつも、身を纏う鎧が大変立派だ。

そこはかとなく場違い間のある私はなんとも言いようのない風なので、ひっそりと身を竦めるばかりだ。ちなみに、私たちの馬車に対し南の人たちは、何あれ、的な視線を注いでいる。なんせ豪奢な馬車だもんな、乗ってる人がこんな私ですまない。ただ、アウフィは絶対に姿を見せたがらないので丸見えなのは私ぐらいだ。まあ、興味本位で眺めているので視認されて不思議そうな南の人たちから妙ちきりんなものを見たというアイコンタクトを受け取るばかりだ。

 王女様フィーバーの民たちからの声に顔を顰めているアウフィ、ぶすっとしたまんまである。


 「リア、もういいだろう?

  窓、閉めないか」

 「もう少し」


 南の国は以前彷徨ったばかりなので、懐かしいものばかりが車窓から流れていくのだ、世界を何十年も流離った私だが、まだまだ知らないものばかりがあると認識した。

 有名人の後ろを馬車の中とはいえついていく。王女様が妙に、いや、盛大に受け入れられている様子は興味深いものがあった。


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