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五十三話

 薄暗い劇場と思わしき舞台が、私の脳内で描かれた。

そこに、ライトが一本、天から照らされている。照射されていたのは、1体の操り人形であった。人形の名は神人。神人の顔に色はなく、手足には目に見えない透明な糸が括りつけられている。操っているのは、とても尊大で巨大な神々。くすくす笑っていたり、ひそひそと言いあったり。そして相談の上、糸は神々手ずから切られたようだったが、神人当人はぽやんとした表情でいた。

 そう、切られた糸の存在さえ知らず。神人は、歩き出した。

まるで自分の意志で足を動かしているようだったが、傍目からは、確かにそうだった――――だが、実際のところは。

 (神人は、利用されてるだけ。伴侶だって、そう)

 しかし、その想定は覆された。


 「ふむ。リアや。

  そうではない。いや、神々の手の上で踊っているというのなら、

  ある種そうかもしれんが、神人に伴侶という約束を取り付けたのは、

  他でもない、人間たちや四つ足の我々のほうじゃ」

 「え……?」


 アウフィエルは、私の思案のところを把握しているのだろう。


 「リア、そう思い詰めるな」


 天使の真っ直ぐな眼差しは時折、私の中を浚うようで怖いときがある。


 「世界を立ち去ったくせして、未だ干渉してくる神々。

  彼らは、我々命ある者たちが気になって仕方ないのだ。

  本当の所は、捨てているくせにな」

 「え……?」

 「神人が定期的に現れるのが、その証だ。

  神人に対しわたしのような、

  選ばれし伴侶を生み出す約束を取り付けた先祖も先祖だが、

  それを認めた神々も同罪」


 それでいて辛辣である。

私のまったりとした座りを支えている手の甲に、彼自身、手を重ねてきた。


 「……リアの手は、苦労している」

 「うん、まあ、そうだね」


 あらゆる場所で生きてきたし。女らしくない手だ。

アウフィはため息をつきながらも、慰めるようにして指腹でなぞってきた。


 「その苦労をさせずにするのが、わたしのような伴侶だ。

  言うなれば、伴侶とは、神人を守り、慈しむ存在だ。

  すべての生き物に生まれる存在ともいえる」


 (どういうこと?)

 ぐぐっと舐めるように触られる手が温かいが。


 「人間側にも、獣耳にも、そういった存在は生まれる。

  必ず、複数。

  そういう約束をしている」

 「……約束?」

 「そう、約束」


 アウフィエルは、言いながら経緯を教えてくれた。

何故、神人に伴侶が与えられるのかを。

 天使の翼の背景にある深い夜の闇は深まるばかりだ。





 「……つまり、アウフィは性別がなかったんだね」

 「そうだ。初めはな」


 意外だった。

 (いや、そうでもないか)

 道理で、はじめ女性らしいと思ってしまったわけだ。

アウフィエルの外見は、はっきり言って清楚な美女に思えた。今は、よく見れば女顔の美形だ。いや、あまり変わらないか、これでは。


 「そうか、だからあんなに性別に拘っていたんだね」


 思わずといった態で口にすると、アウフィは唇を尖がらせた。

正直に言おう。私よりも可愛い顔である、と。


 「仕方ないではないか。

  番いであるお前が外見だけで決めつけ、

  わたしの性別を女にしようとしていたのだから。

  ……わたしは危機感を持ったぞ、このままでは女にさせられると」

 

 それに反応を示した竜王の系譜たる竜はぶふっ、と笑った。

天使はやっぱり怒った。握りしめた拳がぷるぷると震えている。


 「古の竜よっ……!

  わたしがどれだけこの問題に頭を悩ませ、苦悩したことか……っ!」

 「いや、すまんな、すまん」


 竜王の系譜、というものは、まさしくその通り古の神の系譜でもあるそうで。竜王の子孫だからこそ、竜王とも呼ばれているそうな。


 「我にはそう困っているようには見えんかったからな。

  基本、どちらの性別を選べるよう教育を受けていたであろう、

  のう、神鳥よ」

 「それは、そうだが」


 (初耳)

 ぐっと何か堪えるような表情をしてみせるアウフィに尋ねた。


 「そうなの?」

 「り、リア……」


 少し悲しげであったけれど、天使は実直な性格だった。


 「……そうだ。

  はっきり言えば、神人の好みによって、我々伴侶は、性別が定まる」

 「へえ」


 (ん?)

 なんか、おかしいな。

と怪訝な顔を傾げていると、上で頭の毛を闇夜の風に吹かれていた竜王が付け足した。


 「すなわち、神人の好みによって、性別が決まるのじゃよ、神人の。

  そなたは、のーまる、といった性癖になる」

 「のーまる?」

 「む? 違うのか?

  初代神人が、そう言っていたが」


 渋すぎる声で、何やらとんでもないことを言い始めた竜を仰ぎ見ながら、私は戦慄した。

 (なるほど、つまり……、私ノーマル……って、

  性癖丸出し過ぎるんじゃないの、これ)

 いや、もちろん私が神人ならば、ってことになるけれど。

私の顔色がさあっと真っ青になって、次第に羞恥にまみれ始めたとき、アウフィなんて、もっととんでもないことを言い始める。


 「ふ、しかし良かった。

  リアが男性が好みで」

 「ぶっ」

 「もし、女性が好みだというのなら、わたしは女になるところであった」

 「ははは、神鳥は男になりたかったのか」

 「女だと華奢だからな、神鳥は」

 「今でも十分に細身だ」

 「それが嫌だからせめて男になりたかったのだ、古の竜よ」


 (世界中に神人の性癖が大公開……)

 私はといえば、思わず両手で顔を覆った。


 「はっ、恥ずかしい……っ!」

 「別に良いではないか、普通だったんだから」

 「そういう問題じゃないしっ!」


 どっちにしろ、もし私が神人であるならばお相手は男性となるということを、世界中にアピールしているようなものだった。どんな性癖であれ、訳のわからないところで公開処刑されるなんて嫌すぎる。

 (いや、待てよ……?)

 私は、すっと隠していた手を外す。


 「てことは、もしかしたら私、神人じゃないかも……?」

 「ん? そなたはどう見ても神人じゃ」

 「そうだぞ、リア」

 「ち、ちょっと断定には早すぎるんじゃないですかね……」


 しれっと頷いている竜王と天使に抗う。


 「もしかしたら私以外に神人、いるかもしれないじゃないですか」

 「は?」

 「ほう」


 上からは面白げに、だが、アウフィエルからは何を言っているんだこいつ的な視線を向けられた。


 「それはない」


 否定してきたのは、神鳥のほうであった。


 「わたしが兆したのは、リア、あなたと出会ってからだ。

  それまでは、私にはなかったものが生えた。

  第一、あなたほど、わたしの本能を刺激する者はいない」

 「ほ、本能?」

 「匂いだ。

  我らのような人ならぬ人には、番が相手となると、

  その立ち昇る匂いにもくらりとくるものだ」

 「え、そうなの……」


 すなわち、私、なんらかの匂いがするのか。困惑する。


 「臭いの?」

 「……」


 聞いてみた。

神鳥は、ぽっと頬を染めた。

 (え、そこ赤くなるところ……?)

 驚いているのは私だけじゃなかった。

竜は鋭い歯を見せながら、ほう、と何ごとか唸りながらも感心し、呟いている。


 「生えるのか……」

 「……竜王の。それ以上は、わたしは言わんから詮索するな。

  思い出したくない」

 「そうか。どういった感覚か知らぬから、

  聞いてみたかったが残念だ」

 「楽しくなかった。

  だが、これがあれば男も悪くないと考える」

 「女になりたくなかったからか」

 「それもそうだが、リア、あなたの伴侶になり、

  常に共にいられるし、

  いつだってあなたの求めに応じることができるからな」


 ……さすがに私だって、その意味は分かる。

 (つまりは、神人の伴侶って、そういう……)

 複数生まれる、ってのも含めて考えれば。

いわば、神人のハーレム、ということになる。神人のフォロー役であり、手助けする者。女房役。名称はなんでもいいが、本能を刺激するほどに、伴侶というものは神人を心身ともにサポートする存在ということになる。

 ――――それでも私は諦めが悪いので、もう一度抗う。


 「……その、匂いはたまたま、ってことで。

  あるいは、神人は男で男が趣味とか、

  私以外の女性の神人の可能性が……」


 言いながらも、それはそれで……この場の空気が寒々しく感じられる。特に、隣の金髪青眼の美天使からの威圧的な視線が……。

 (……アウフィエルの目が怖い)

 私は目を逸らした。


 「堂々とした神鳥というものは、まこと、

  一途過ぎて怖いものだ」


 竜は相変わらず空気を読まなかった。


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