五十二話
「……ちなみに合ってたらどうなるの?」
「目出度いことになる」
びゅう、と私たちの間を風が吹き抜けたような……。
「……私が神人になれば、あなたの伴侶?」
「違う。リアは元から神人だったのだ、だから必然的に番いとなる」
「落ち着いて、アウフィエル」
(訳がわからなくなってきた)
ごくりと唾を呑みこむ。
「そもそも、神人って何?」
疑問を呈したが、直後、逃げられないようにがっつりと掴まれたのは私の肩である。
(おや)
さらに、これでは不足だとばかりにアウフィエルは全力で体重をかけてきた。重た……くないのが彼のプライドを刺激するようで申し訳ないが、その必死な形相、本当に私に救いを求めているかのようでなんとも言い難いゆえに、せっかくだから神人だと宣言してあげたいが、冗談のひとつも飛ばせない雰囲気に包まれている。
「名を」
さらなるゴリ押しに、私はといえば閉口気味だ。
(……神人でないと、都合が悪いみたいだ)
かといって、そんな良くわからない人種なのか職業なのか謎な生き物になった覚えはない。私は間違いなく人間であり、価値観の違う考え方で生き残ってきた。いわば異世界からの流れ者だ。いつ死ぬか分からない旅路を進み、好きなように酸素を吸って寝てきた。ただそれだけの人間である。
翼を持ち、家族を失った神鳥という人ならぬ人であるアウフィエル。
凄惨な目に遭った彼は、人間である私でもいいと思っているのだろうか? 何故に惹かれる?
(いつの間にかあったものだけれど)
急に、懐にある魔術書が気がかりになった。
天地創造という、神人っぽいアイテムではあるが、耳長エルフに釘を刺されたので死にかけても使わなかった。あえて言うことではないから黙っているけれど、根拠にでもされたら困る。
じっと、アウフィエルの端正な顔立ちを見据える。
湖面のように潤んでいる瞳。きっと願っているのだろう、私が神人であることを。
――――百歩譲って、私が神人だったとしよう。
果たして、それはアウフィエルにとって良いことなんだろうか?
そして、私にとってはどういう意味になるのか。ついさっきまで死にかけてたはずなのに、パートナーらしきものにまで至っている。急すぎる。
違和感が募る。
(なんだろうな、これは……)
予定調和、ってやつだろうか。
約束とか言っていたし。私は、いや、あなたは用意された存在とでも言うつもりか。身内を殺された、それでも人間を愛すると。
神人であったとしてもなかったとしても、彼は私を愛するのか?
分からないが、少なくとも、アウフィエルは神人イコール伴侶で自分と結ばれている、と。
なら、もし神人でなかったのなら、先ほどの怒涛の発言は一体なにを意味するのか。
(とても、)
楽しくない、結末である。
「まあまあ、そう急くな。若人よ」
辺りに響く荘厳な、鶴の一声ならぬ竜の一声であった。
アウフィエルは私を捕えたまま首だけ動かし、後方で泰然としている竜を、きっと睨みつける。
「……古の竜よ、邪魔をする気か」
「なに。そんな無粋な真似などするものか、神鳥の。
そなたは性急すぎるのだ。
そら見ろ、ちゃんと」
アウフィエルは促され、しぶしぶ私を見下ろす。
さも手入れされたかのような金髪が、影を伴って私の前で揺れる。
「……リア?」
佳人はどこまで眺めても、見惚れてしまうほどの美しい面差しをしていた。宗教画から飛び出た天使は、私を追い詰めるだけ追い詰めてせっついてくる。何もない私に、何かを引き出そうとしている。
私は、長い長いため息をついた。
少し苦笑いをしてしまう。なんせ、本当に疲弊していたのだ、かつての故郷を思い起こすかのような笑みが、私の口にのぼるぐらいには。
「……少し、疲れたから。
休ませてくれる?」
告げるや、アウフィエルは気まずそうに俯く。
「……すまない、少し。
わたしは、急ぎ過ぎたようだな」
すごすごと縮こまる彼は、しょんぼりと俯いてもなお保たれる美しさ。
とてもじゃないが、何度見ても根性で竜の頭にしがみついて輸送されていた漢には見えない。
古の竜はその黄金色の瞳を、どこか懐かしげに瞬かせ。
ゆっくりと、口開いた。
「神人よ。リアよ。
そのままで良いから、我と話をせぬか?」
「私も、ちょうどそう思っていました」
「ほお」
星明りもない暗夜。
竜は大人しい性質だった。ずっと私たちを囲い、守っていた。その大きな翼は岩の隙間を埋めて私たちの影を覆いかくし、夜の冷たい風からも衝立の働きをしてくれていた。天使もまた、その翼を私のために使ってくれている。どこか気まずげなアウフィだが、私の感謝の言葉を受けてそっぽを向く。先ほどまでの勢いがお淑やかになった。静かでよろしい。
長い髭が空にたなびく竜の頤を眺めながら、
「ありがとう」
色々な意味を込めて礼をすれば、竜は良い良いと心嬉しげに天から目を離して見下ろす。
「こたびの神人はやはり只者ではない。
さすがは、初代と同郷の者よ」
古の竜、とアウフィエルに呼称されている竜王の系譜たる竜、彼は長い歳月を生きてきた竜であるそうな。つまりは、世界中に何が起きたのかを知っているということでもある。
巨体で、普段は洞窟の奥で寝そべっているとか。
「千年以上は生きておる。
それ以上は……分からぬ」
竜は黄金色の瞳をキラキラと輝かせながら、初代がいかに性格的にぼんやりとした輩であったこと、当時、世界がどうなっていったのかを教えてくれた。
世界は、本当に滅びる寸前だったとか。
(へえ)
意外すぎる。
緑の一本も生えてなかったとか。
「初代はよく、それで文句を言っておった。
食べるものがないと。
神は不公平で、傲慢だ!
押し付けてきたと、散々に神人の役目をけなしておった」
そりゃあ食べ物がないと、人間生きていけない。
ずいぶんと苦労していたそうだ。
(霞でも食べて生きてきたのだろうか?)
親近感が湧く。
「なんだか、私と一緒ですね」
「同じか」
「うん。だって、私だって食べもの無かったし」
そもそも、馬車にぺいっと放り投げられてた奴隷候補だったからね。ゴミ食べてた。その経緯は喋るとアウフィが五月蠅そうだから、今は喋らない。
(そう、今は……)
ちらりと、彼の様子を伺うと神妙な面持ちでいる。
「なんだ? どうした、リアよ、神人の」
「なんでもない」
(そっか)
いずれ、私はこのアウフィエルに、私が体験したことや出来事を話したいと思っているようだった。それは、猫耳以来のことである。ルキゼ。可愛い顔をして、喧嘩っぱやいあの子。いったいどこを彷徨っているのやら。身を竦めていると、ますますアウフィエルが私のことを心配そうに、物憂げな表情をしてみせる。
(本当に、)
前と変わってしまった。
「初代は、ずいぶんと人間に肩入れしておった」
古の竜はそんな私たちの空気を読まない。
「滅びかけた世界で、人間たちの復興を手伝いするぐらいには。
しかし、その愛着を逆手にとられ、
あれは、神の代理という役目を使い果たしてしまった」
使い果たしたのか。
「神人とは、神の代理人」
繰り返す。
「神の、代理人……」
「そうだ。
神の意志を遂行する人間が選定され、
神々の望む通りに動く。
もっと言えば神人は神の代理としての判定人じゃな。
神の代わりに、世界を終わらせることも、始めることもできる」




