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四十六話

 ぼう、とロウソクの灯りによって明るくなった室内、天井は階段上になっていて凸凹、暗がりに陰影をつけて蜘蛛の巣さえも浮き上がって見えた。見回す。アウフィエルも興味深そうにくるりと背を向けて横顔を棚に向けている。木造りの棚だ。主に酒瓶が無造作に乱立し置かれていたが小汚い。


 「ふむ……匂うな」


 神鳥は転がっていた空き瓶を拾い上げて、すんすんと匂いを嗅いだ。

封を切った酒瓶ばかりだった。棚にある瓶もよくよく確かめると空瓶である。水分補給ぐらいにはなるだろうと嵩をくくったがいずれも中身がなく、飢えを凌ぐにしてはアルコール漬けにならずに済んだと思うより他はない。膨らんだ茶袋があったので期待して覗き込んでみたところ、中からは湧いた虫が溢れ、慌てて閉じねばならなかった。固形物も駄目っぽい。

 がさがさと手足を動かして探し回る。

アウフィエルもそんな私を習い、拾った瓶を部屋の隅へとゆっくりと押しつけて置いてしらみつぶしに食料確保に努めた。

 狭い部屋だから調べる範囲なんて分かりきった程度ではあったが、さて。


 「ゴミ部屋だな」


 アウフィエルの言うことはもっともだ。収穫なし。

どれもこれも、捨てるようなものばかり。いや、ゴミ捨て場なのかもしれない。酒臭いし、食べ物の腐ったガスのようなものが充満している。まぁそれは、私たちが率先してゴミの入った袋を開けたり、液体が入っている瓶をやっと見付け調べた結果……臭気が広まってしまっただけであるが。両目を瞑って私がひっそりと刺激臭から身を守っているのを神鳥は気付き、大丈夫か、と声をかけてきた。大丈夫だ、と言いたいが問題ありすぎる。


 「リア、本当に食糧なんてものが、この砦にあるのか」

 

 それでもせめてもの情けなのか。運命は私に少しだけ活路を見い出してくれた。

発見者である天使の柔らかな手には、どこぞのおっさんが買って皮袋に仕舞いこんだお菓子がある。粉ものを固めたでんぷん味しかしない不味いの代名詞だが、どこでも売られている携帯食だ。恐らくだが、この部屋に放り込んで置き、あとで食べようとしたところ竜たちの襲撃に遭遇したのであろう。小瓶も二つ、揃えてあったので幸いだった。舐めてみたところ覚えのある味であったのでアルコール成分の低い果実酒であった。喉の潤いにもってこいである。ちゃぷん、と波打つこの小瓶に関しては私が抱えている。

 

 「……よし、じゃあ早速だから、ちょうだい」

 「ま、待て。こんなところで食べるのか」

 「うん、そうだけど」

 

 頷くが、天使はとてつもなく嫌そうに顔を顰めた。


 「こんな、排せつの臭気さえ漂う場所で食べさせたくない」


 不特定多数なるおっさんたちの巣窟だった場所である。どことなくその原因は壁際のシミにもあるような気がしないでもないが、近場にいるアウフィエルに伝えると、手にあるお菓子イン皮袋を握りつぶしそうだったのであえて言わない。


 「衛生的ではないけどね、でもしょうがないでしょう」


 傾げるが、アウフィエルは納得のいく表情にはならない。

見つめ続けるが、ふるふると頭を横に振られる。お菓子を両手で抱え込みつつ、決して妥協しないという意志表示をしてみせる天使。彼はこれを食べることはできないようだ。そして、私の口に入れさせたくもないらしい。潔癖だな。いや、人種的な問題か。神鳥は草食だったか。

 

 「…………分かったよ」


 多分、私のために言っているようにも思うが。羽を持つほうが人間よりも生活レベルが高いというか。意識も違うというか。

 (……人間側のほうが、不衛生な環境におかれてるってことなんだなぁ)

 なんとも、同じ人間としては微妙な気持ちになる。

 (まあ慣れてしまったら、どうってことはないのよね)

人間だもの。強く生きようと思えば感傷のひとつぐらい、捨てられる。嗚呼、完璧に消毒された水道が妬ましい。捻ったらすぐに飲める水があるなんて、かつての文明が羨ましい。


 「ねぇ、三秒ルールって知ってる?」

 「何だそれは」





 他、調べられる限りではあったが……どこも似たり寄ったりだった。

基本、砦の中は静かで竜らの叫ぶ声ばかりが空気を震わせる。そんなさ中、アウフィエルは、


 「また同じ……似たような部屋か」


 などと、諦めの境地なお顔でいらっしゃる。すごい。

実際、凄い部屋ばかりに私たちは当たっている。


 「酒、転がってるね」


 神鳥は嫌悪の表情を浮かべている。

なんせ、モザイクかけたくなるほどのおえっとしたものがこびりついてたりするのだ。床や、壁に。どれぐらいの時間経過が成されたか、までは調べたくないので早々に逃げ出そうとするアウフィエルの袖を引っ張りながら、なんとか室内を調査。

 最初の部屋から持ち運んでいるロウソク片手に、しらみつぶしに探る。羽、ばさばさと痛いです。


 「リア、リア。

  もういいだろう、ここはたまらん」

 「うん……」


 扉を閉じ、私たちの影二人分を消した。





 (本当に怖いのは、生きている人間なのかもね)

 竜たちが探しているという、ルキゼ。

 未だ発見に至らないようで……厨房は一階と地下をくり抜いた階層にあり、はっきり言って行きたくないところだ。なんせ竜たちが屯っている広場と目と鼻の先にある。窓からも、厨房の中を誰が行き来しているか分かるほどだ。余計に近づきたくない。また、階層が下がれば下がるほど、大地を震わす竜たちの振動が辛い。図体がデカいから、尻尾をばたっと猫みたいに叩くだけで建物が震えるなんて。嫌なトカゲだ。土木作業には向いてそうな体躯だけど、ミランダ曰く、竜は王の言うことしか聞かないようだから人間の言葉を理解できないかもわからない。否、ルキゼを求めた時にあんなにも流暢に喋っていたか。人間相手に。

 (対話が出来るなら、こんな状況になってないか)

 ボウボウ燃え盛るここいら辺りの具合を思えば、彼らは無理やりやらかす相手だ。王侯貴族でもあるまいし、何故に私が会話を試みねばならんのか。

 (……私はルキゼを見届けることが出来たら良いのよ)

 ――――それよりも当面は食糧問題の解消である。

 なので、野菜を仕舞い込む一時的な倉庫を記憶を頼りに手繰っていけば、あった。涼しくて物陰になった、風通しの良いところ。厨房の手間にあたる区画なので、ここなら竜に見つからない。私はアウフィエルのお腹をいっぱいにできると期待したが、その通りに野菜があってほっと一安心である。この魅力溢れる美天使を具合悪くさせたらと思うと、仲の良い耳長エルフの存在感がとんでもない。

 後ろでそわそわと白い翼を微動させ、当人たる神鳥、嬉しげに声をかけてきた。両手に掲げているのは緑の瑞々しい神鳥の食糧だ。


 「リア、見つけたぞ!

  新鮮な葉物野菜だ!」

 「はいはい」


 新鮮な緑の匂いで充満している。

私は胸いっぱいに、心地よい匂いをかいだ。

 

 ――――それにしても。

砦のあちこちにある隠し部屋、見えづらいところもあっただろうに、どこもかしこも見事に酒瓶が転がっていた。日雇いおっさんたちの癒しが酒しかなかった、ともいえる悲しい現実だが、にしては異常だ。

 (なんだか嫌な予感)

 気のせいだといいが。

そんなことを、野菜の吟味に忙しいアウフィエルの呑気な素振りを眺めながら思う。

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