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四十四話

 「リア!」

 

 ぐい、と二の腕を引っ張られ、続く私の体は引き寄せられる。私の顔は彼の胸に打ちつけ高くもない鼻を潰しかけたが、そんなことおかまいなしに背中に腕を回され、固く密着、抱きしめられた格好になる。

 現状、目玉だけしか動かせない。頑張って動かした狭い視界では青い空を白の羽が大いに占拠し、輝かんばかりの金色の髪がばら撒かれて宙に踊っている。

 世界が反転しているのを不思議な心地で眺めた。

天と地が真っ逆さまの状態ではあったが、生き死にがかかっているというのに頭の片隅が妙に冷静だ。抜け落ちた純白の羽が舞う。

 (何故……)

 力強く空気を叩きつける羽音が、ひっきりなしに私たちの周りで騒ぐ。

初めの加速から、ゆっくりとした落ち方はしていたが……。


 「ぐ……」

 

 天の使いのように現れた彼は苦しげに呻き、ぼそり、と呟く。


 「……すまん、重たい」

 「え」


 ぐっとさらに強まる、天使からの拘束による圧力に肺が圧迫され。

重力に従って地面へと落下していく――――。

 




 (……このまま、)

 という選択もありだ。

高い所から飛び降りれば、人は意識を失うという。自殺でもない死、いわば不可抗力なる死亡なのだ、あの世へと無事羽ばたくことはできるだろう。見事昇天できるかどうかは、その一撃で決まる。

 だが……、それはあくまでも私一人だけの始末であって、他の人を……たとえ、背に羽が生えていて、私を手放せばいいのに決して離さぬとばかりに羽交い絞めにしてくるツンケン天使までも巻き込むのは本意ではない。

 ぎゅうぎゅうに抱きしめてくるアウフィエル。

彼には友がいる。探すべき仲間も。このままここで終わるべき人ではない。私と違って、彼には帰るべき場所がある。

 (……仕方ない)

 私はある種の諦めでもって、ちょっとした寂寞せきばくから目を離した。

 ――――元より、こうするつもりだった。

 滑らかな表紙は、天使と私の体の間で挟まっている。力を籠めれば、すぐにそれは私たちを守るための防御を働く。

 目を閉じる。衝撃に備えなければ。





 天使も気付いたものらしい、私の魔法を。

地面に叩きつけられるものと思っていた彼は、その空と同じ双眸の色を見開き。

柔らかな風によるクッション、空気の塊が何層も幾重にも渡って重なっていることを把握し、突き抜けた風のクッションをひとつ、ひとつと突破するたびに驚きの表情を浮かべる。

 衝撃でふわりと身が浮くたびに、動揺していたが……。

 すぐに、羽を動かした。

そうして最後の層である空気の塊に着地するよう羽ばたき、抱きしめたままの姿勢でゆっくりと地面へと降り立つ。

 大地はやや抉れていた。私の魔法による成果だろう。

少し、おぼつかなかったが……、私の足裏がちゃんと、凸凹大地にくっついて立っていられたことを、生きてちゃんと瞼が瞬いているのを認めた瞬間にアウフィエルは。

 

 「リア……、良かった、リア……」


 今度は固く、といった風ではなく。

味わうように抱きしめられた。

 空を仰ぎ見る。

竜の姿は無い。

 




 天使のジト目を気にもせず私は立ち去ることを彼に促したが、決して離れようとしない。

魔法を使ったのだ、騒ぎを聞きつけた竜がいつやってきてもおかしくはない。

 

 「ここまでやってきて、リ、リアを失うのは嫌だ」

 

 なんだかぷい、と後方を見ながら言われたが。

特に何もない。ただの廃墟だ。砦の周囲は見事に燃え尽きた残骸ばかり。


 「で、どうしてこんな所で石の壁に貼りついていた?

  いったい何が起きたのかと思ったぞ」


 だいぶ使ってしまってページ数がかなりの減少傾向に陥ってしまった魔術書を腰に据え付けてから、私はうーん、と悩んだ。

 私一人、砦でひっそりと隠れるのなら訳はない。

 だがもう一人連れてとなると、すごい目立つ。特に白い羽。膨張色過ぎる。


 「聞いているのか?」


 アウフィエルが頭を傾げ、さらりと金色を垂らした。

 (とにかく移動だな)

 いつまでも愚図ついてはならない。

やるべきことを脳内で定めた私は、手持無沙汰になっていた天使の腕をとった。


 「な、何を」

 「行くよ」

 「行く、ってどこへ」

 「ココじゃない侵入経路」


 ある意味人ではない羽を持つ彼の力を借りれば、どこかからか入れる可能性がある。

私の手足では登れない場所を天使の翼による助力を願うのだ。繋いだ腕を引っ張ると、彼はつられてついてきた。素直だ。であればこのまま引っ張っていったほうがいいだろう。迷子になると困るし。

 (そういえば、)

 考えてみれば、おかしなことに気付いた。

歩みを止めずに後方を見返しながら尋ねる。


 「あの耳の長い人はどうしたの?」

 「マスティガのことか?」 


 そうそう、それ。

頷くと、彼はなんとも言いづらそうに口籠り。翼をばさばさ蠢かしている。

喋りづらそうにしているのを感じ、なんだか厄介そうなことをしているなと思った私は、それでも口を開かせないともっと面倒そうな気配を直感したので繋がっている腕を、ブランコのようにぶんぶんと振り回せば慌てたように天使は、


 「ち、違う!

  そ、その!」


 釈明めいたものを吐き出し始めた。


 「置いてきたの?」

 「う……、違う……、

  な、なかなかお前が帰ってこないから……、

  気になって……、

  そうしたら、竜たちがやって来たから……、

  もっと気になって……」

 

 尻すぼみしているが、だいたい私と同じようなことをしていたようだ。俯き始める。金色の髪も、心なしか沈んでいた。

 が、唐突に顔を上げて言葉を繋げた。


 「だ、大丈夫だ!

  マスティガなら自力でなんとかする!」

 「……多分そうだろうけど。

  でも、探してそうだよね」

 「うっ」

 「よく竜に発見されなかったね」

 「運が良いのだ、私は」


 (何故に自信満々なのか)

 何という堂々とした言い回し。

 奴隷狩りの数は少ないだろうが、しかし。

胸の内で、ひっそりと嘆息する。

 (駄目だ。

  この天使、放って置く訳にはいかない)

 色んな意味で、ふらふらと空を漂っているのがイメージ画像として浮かんだ。現状発見されてはいないだろうが、竜にあっという間に追いつかれ、大きな口にぱくりと食べられてそうである。味は鳥なのだろうか、肉なのだろうか。そこのあたりは分からない。

 ただ、誇らしげにしているところを水差したら面倒……、なので経緯は放っておくことにする。

 現状、竜に発見されていないし。見詰められてもいない。本当に運が良いのかもしれない。

 

 「わ、私のことよりも。お前、ミランダはどうした?」 

 「見付けた」

 「そ、そうか」

 「知り合いの男に任せた」

 「そう、…………男?」

 「うん」

 

 空を飛ぶために特化した身体であるというのに、逆に力強く掴まれた肩に、ぐっと力が込められた。


 「男?」 

 「うん。あ、青年といえばいいか」

 「……」


 なんだ、この静けさ。そして近い。

ばさばさと五月蠅いし。いや、やっぱり騒々しい。





 神鳥たる彼は、弱い。貧弱な身体つきだ。

私ひとりをなんとか運ぶにしても、やや難しい細っこい鳥である。肉体的に。

 そこで、私の手持ち少ない魔法の出番だ。

私を抱えて飛ぶことができないというならば、魔法で飛ばせばよい。すなわちルキゼを遊ばせたりもした風のことだが、風船のように無理やり発生させた上昇気流によって吹っ飛んだ私たちは、神鳥の羽を使ってゆっくりと降下。次に、がむしゃらに窓枠に入り込むだけの作業だ。

 微妙に私の魔法力を調整する行為が求められるが、竜に発見されないことを祈るばかりである。

行き当たりばったりなやり方ではあったが彼は納得した。


 「なるほど」


 私の体重が重たいのはどうなのか気になるところだが、それはともかく、なんとかいけるらしい。

 頭上の見据えた砦の壁に、ぽっかりと空いた穴倉のような窓があった。砦の真ん中ぐらいか。

 (あれぐらいなら、大丈夫だろう)

 陽の影にかかっているし、竜の姿は見えない。今がチャンスだ。

魔術書を手に私は、神の鳥たる彼にお願いする。


 「お願いします」

 「あ、ああ」


 どこか上擦った声。

私は彼に後ろ姿を見せ、前に手を回すよう促す。恐る恐るではあったが、回された腕。男性にしては細いが、少なくとも私よりは太い。


 「……苦しくないか?」

 「大丈夫」 

 「そうか」


 耳朶に囁かれ、くすぐったい。

金色の髪が真っ直ぐに私の肩から胸元に下がり、なんとも良い匂いがした。花の香り、というか。食べている物が違うからだろう、体臭も天使とか信じられない思いだ。

 泥だらけの私とは真逆である。


 「いいぞ」


 そんな私を嫌がらず、ちゃんと密着して抱えてくれるとは。しかも小汚い私の側頭部にまで、その横顔を付着するように抱きしめられている。改めて思うが、なんとも気恥ずかしいものである。

 (番い、とか……また厄介な問題あったけど)

 だから、私をここまで気にするのだろうか。

 (ルキゼは私の名前を乞うたけど、駄目だったと)

 

 すう、と息を吸い。

吐き出す。

 (とにかく、集中しよう)

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