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四十二話

 地平線の向こう側から白々とした光が広がっていく。

その輝きは砦と国境沿いで屯う人々の姿を映しだし、次第に鮮明になっていく。

 そして――――


 むくり、と起き上がった一本の太い線。下に向かうにつれて太くなっていくそれは遠目からはただの大木にしか見えないが、どこか歪曲していた。先端には目玉があり、ぎょろり、と左右に動く。鮮やかな色味をしていた。青い瞳や黄色もある。そう、複数存在しているのだ。キラキラとしたランプのように灯るそれらは、暗がりから夜明けにかけて照らし出された先、逞しくも大きな体を人類に見せつけた。

 竜、という生き物の崇高さを。真の強さというものを。


 「……すごい……」


 としか言いようがなかった。

まさか、生きているうちに竜という存在を垣間見ることになるなんて。

 がっちりむっちりとした体幹を持つ彼ら竜、砦のあちこちを占拠している。人間の倍はあるであろう背丈を持ち、首は長いが四肢を張る肉体が筋肉隆々。腕も丸太のように大きく皮も厚めで尻尾もワニのような形ではあるが鞭のようにしなり、時折埃と土をそこかしこにまき散らした。とてもじゃないが人類が勝てるレベルではない。あれで空を飛べるという力強い羽を持つのだから、さながら飛行する戦車である。


 ぐるる、ぐる……。

竜たちの鳴き声が聞こえる。

 それにびびって逃げ出した人々の気配はなく、いるのは逃げ遅れた者や私たちのような居残り組だ。息を潜め、砦を揺り籠にしてまったりと佇む彼ら竜という生き物を――――物陰から観察しすぎたようである。やんわりとだが、青年の腕が前に回されて前のめりになる身を抑え込まれた。


 「リアさん、あまり近づかないように」


 耳朶に囁かれる。逃げましょう、と。

分かっている、と頷くが信用ならないのか青年は離れない。

 これ以上、覗き込むことは出来ないようだ。





 あの身体能力、何事にも物怖じしない性格なのだから大丈夫だとは思うが心配はしていた。

ルキゼ。猫耳の少年。

 私が移り住んだ宿はすっかり燃え盛り朽ちた建物の群れになっている。炭と化した建物が倒れ込んで下敷きになってしまっては元も子もないし、これ以上進むのは危険だ。竜があちこちで顔を出して見張っている。人間たちの動向を。

 

 「リア、気をつけて。

  あの竜たちは王の言うことしか聞かないのよ」


 ミランダに告知される。

 (王?)

 顔に出したのがバレたのかミランダはそうよね、と教えてくれた。

私たちは物陰にひっそりと隠れながら移動している。ぶら下がる蔦があちこちでひらひらとした繊維を翻していた。


 「あの大陸に住まう人ならぬ人たちは独自の文化を持っていて、

  王は猫耳。竜王の血筋よ」

 「猫……ルキゼ?」 

 「そうね。あの子はまさしくそう。かの王の子よ」


 稀に代が変わることもあるけどね、とミランダはふふふと怪しげに笑う。


 「基本、王の血筋が現王になるのよね。

  だから代々王は強い子を望む。

  先代が竜の血を入れたのは子の身体を強くするためよ」


 子孫を王にするために。


 「だから……我が子を神人の伴侶にしたいと思っているわね」


暗がりだというのに視力が良いらしい青年、遠隔地を警戒している青年がぼそりと喋る。


 「だからこそ、俺は嫌なんですよ……、

  獣耳たちが」

 「あら、そうなの?」

 「人間を毛嫌いしてるくせして追い回して気まぐれ。

  特に今の王は酷いものですよ、人間を囲い込んでますから」

 「あらら。

  でも、そうね。あの王は厄介にもほどがあるぐらい頭が切れる」

 「ええ。我欲のためならなんだってしますから」

 「でも……」


 滑らかだった口調のミランダは、そこで初めて言い淀んだ。


 「あの子、猫耳の子は王、にはまだ成りたくはないみたいよ」


 

  

 

 静かに、じっと耐え忍ぶ人間は私たち以外にも幾人かいた。

彼らは竜がいなくなるのを待つため固唾を飲んで現状を受け止めていたようだが、そうはいかないようである。

 突如、誰かの叫びが響いた。

それはとてもとても、大きなもので。拡声器でも使ったのかと思わせるほどに辺りを木霊した。


 「人間どもよ!  

  みっともない戦争ばかりの貴様ども!

  我々がこの地を平定し、占拠した理由も分からず逃げ惑う愚か者ども!」


 竜がぐぐぐと唸りながら、複数、飛び上がって上空で旋回していた。


 「我々は我々の王の子、

  獣耳の子どもを探している!

  奇しくも、貴様どもによって奪われた次代の王だ!」


 途端、同意するかのように竜たちが叫ぶ。

大地を轟かすような、人間の腹の底を脅かすような鳴き声だった。集団で頭上を飛び回りながら、威圧してくる彼ら。竜。飛び回る大きな影があちこちを這いずり回って見付からないように身を守ることで必死だ。

 (……怖い、な)

 もし私が虫ならば。彼らは鳥か。それはそれは怖いものだ、いつ自分のハラワタを喰われるかわかったものではない。想像するだに、ぶるりと体が震えた。

 

 「愚かなり!

  我らが王の子を奪うとは!

  静かに暮らしていた我々に牙を剥くとは! 許されぬことだ!」


 そっと周囲を見渡せば、同じように首を竦めている人間たちが多数ではあったが。

傍でじっと拝聴しているミランダと青年は平然としていた。


 「王の子、逃げてるようですね」

 「だから言ったでしょ?」

 「…………厄介なことになりましたね。

  さっさと連れ帰って大陸に引っ込んでいて欲しいところです」

 「閣下にとっては好ましい状況になる、ということかしら」

 「……さて、どうでしょうね」


 (なんだろう……)

 良くわからないことばかりが起きているように思う。

特に、この二人の間柄は謎だ。さっきから、互いにだけ意志疎通がなされていて。私は蚊帳の外だ。

 (私は……いるべきなのか?) 

 とも思う。

脳裏を掠めるのは、ただ、じっと私の足元でゴロゴロとして寝転んでぐうたらして。褐色の肌をさらに赤くしてまで外で遊んでたり、寛いでいた猫耳の子だ。

 (……ルキゼ)

 最近はよく笑っていたのに。 

あの耳を触れないのが寂しい。噛み締めると、私には本当に何もないのを思い知る。魔法も、あれだけの強そうな竜相手に活躍できるかといえば微妙だしページ数も心許ない。

 私には、まだ懐疑的ではあった。

あの子が王の子、だなんて。

でも本人がそう言っていた。けれど本当に王の子なんだろうか。強い子だ、でも。

 大人ではない。

 (ルキゼ……)

 影に隠れて会話に熱中気味の彼ら、二人。

ミランダと知人男性。後ろ姿はシュールだ。元々丸っこい身体のミランダと、細身だけどそこそこ鍛えた高身長男性がひっそりと、しかしどこかしら熱意を滲ませた意見をぶつけ合っているのである。

 今の現在位置は南へ向かっている。話の流れからして国境を超える腹積もりのようだが、しかし。

別大陸からの襲撃者はルキゼを探しているようだ。もしルキゼが王の子ではないと仮定したとしても、あの耳を持つのだ、砦に連れて行かれていてもおかしくはない。すなわち、私が向かうべき場所は砦だ。あの竜がいるところ。現在、その竜たちは上空を警戒中だ。

 (……よし)

 私は、これ以上この二人を巻き込みたくもないし。

死ぬなら私ひとりで十分だと常々思っていたところだ。

 そっと、足を引いて。

少しずつ、彼ら二人と距離を置いた。

 彼らの言う通りに、この最前線から逃げる訳にもいかない。無理やり引っ張られては、たまったものではない。


 「ごめんね」


 こそっと。私は呟いた。

 (早く、迎えに行ってあげなきゃ)

 あの子が待っている。

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