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四十話

 耳長の噂はからっきしだ。森の奥深くに住む人間嫌い、であるのは話の流れで出てきたがそれだけだ。

 私は休憩時間を利用して、同じ下っ端切り捨ての傭兵たちと会話をする。肝心なのは飾り気のない人を味方につけることだ。彼らは平等に力のある者を優先する。

 (このお爺さん……といったら失礼か)

 年長たる白髭爺さんはドワーフみたいな見た目なくせして、陽気な人だった。流れが飛び飛びではあったが、エルフというものは懐に入れたものに甘く他はどうでもいいとばかりに貶すのだそうな。

 

 「なるほど」


なんとはなしに覚えがある。あの耳長エルフ、羽の生えたアウフィエルには優しい態度を示すが私には固い。納得の意を示すと、爺さんは孫を見るかのような眼差しで神鳥の話をしてくれた。


 「あの羽の生えた人々は、昔は北の国と仲良くやっておったがのう。

  国境を奪われた途端、姿を現さなくなったというから、

  住処がちょうどあのあたりだったんじゃろ。

  美しく、端麗な人々だという」


 昔を知る人ほど、神鳥の逸話を知っていた。

枯れ木のような婆さんも、そのようなことを草を揉みながらくっちゃべる。


 「白鳥の生まれ変わりだとか、なんだとか。

  まあ、神の使いだとかいうからねえ。

  あれから、南の国にばかり姿をみせ祝福を施すのだから、

  北にはもう、神の恩恵はないんだろうよ……おっと。

  これは内緒にしておくれやす」


 婆さんは薬を調合して売り歩く売買で生計を立てているそうだ。歯抜けた口を大きくして笑う。


 「まあ、戦況は芳しくないようだから、

  嬢ちゃんもあんまりここにいないほうがいいかもよ」


 貴族階級との知り合いが大したものではない私の情報収集能力なんて、こんなものである。一般庶民と大して変わり映えがない。兵士の将校あたりと仲良ければもっと良い情報が得られるかもしれないが、所詮はそれだけの付き合いである。

 




 長らく帰ってこなかった宿の個室へ戻ると、猫耳が腰回りに縋りついてきた。

唸っている。その首に借りていたマフラーをかけてやると、急に声がか細くなった。頭が埋もれたからであろう。疲れたので四苦八苦している猫耳を放置してベッドに横たわると、ルキゼも腹ばいになって私の隣に居つく。マフラーの端っこが私の顔に当たって痒い。軽い頭突きをされていた。何か喋りたがっているらしいルキゼの、その押し付けられている頭を撫でてやると少年は金色の瞳を細めた。


 「ルキゼ、今日は何をしてたの」

 「眠ってた」

 「そう」


 獣耳の習性は不明だが、こんな最前線で浚われたら永遠に会えない可能性があるので決して外には出ないようにと言い含めてある。少年はそれをしっかり守っているようだ。偉い、とばかりに、わしゃわしゃと両手を使って乱れ髪にしてやればゴロゴロとご機嫌になった。


 「ねぇ、」

 「ん?」


ふわふわの金髪が私の胸に当たる。


 「まだ会えないの?」

 

 ミランダのことだろう。


 「会えないよ」

 「そう……」


 答えると、私の上に乗っかって思案している。

小麦色の瞳を宙に惑わしながら。


 「ミランダ、きっと待ってるよ」

 「……そうだと良いけど」

 「ううん、ずっと待ち構えてるよ。

  人間のフだもん」

 「フ?」

 「そう、

  ……ねえ、ご主人様」


ルキゼは私を覗き込みながら、語る。


 「ミランダはきっと、待ってるよ」





 ある意味現実逃避ともいうが。

賭け事はいつでもどこでも行われるギャンブルだ。

 

 「北が勝利する!」

 「いやあ、南だろう」

 「北は大穴だがなあ」


 特に傭兵たちにとって楽しみであった。

彼らは気軽にどちらにでも与する。薄情といえば薄情だろうけれども、それが彼らの根無し草スタイル。私は今日も、砦で構える魔法使い。

 (ふあ、)

 またも欠伸が出る。

 しかし、そんな日々にも唐突な激変で変化するものだ。


 「敵襲!」

 「敵襲、敵襲、敵襲!!」


 兵士らが叫ぶ。

私は驚き、ぱっと地平線を見やる。そこは畑の色が伸びやかにあったはずで、ぽつぽつと小さな木々があちこちにてんでばらばらに生えてるはずだった。それが、たちまちに南の兵士らの姿に変わった。

 (うげえ)

 負け戦、

とは脳裏がはじき出した言葉。

 このままでは砦の兵士らは殺されるだろう。

あるいは、奴隷狩りの捕虜か。いや、捕虜の奴隷。どっちにしろ凄惨でしかない。

 

 「出撃!」

 「出撃、出撃、出撃!!」


 傭兵たちは喜び勇んで出ていく。

そして、北の兵らも。

奴隷が最前線で武器を持たされているが、剣闘士のような職業でもない限りあまり意味を成さなそうな弱弱しい奴隷も斧を持たされひいひいと歩いている辺り、もはや駄目だろう、という思いがやるせない。





 南の侵攻を撃退することはできたが、明日もそうなるとは限らない。見切りをつけた人たちはさっさと逃げ出してるし、私はどうすべきか悩んだ。ミランダを保護するためには金が要る。

 傭兵たちの一部は南へ行くことを望み、北の情報を持って高跳びしている。彼らは悪気あってやっている訳ではなく、生き残るための術としてやっている。裏切り者とののしられようとも生き延びれば正義だ。北の兵士だった脱走兵たちも似たようなことをしているし、もう、ここは終わりだ。

 さて、ミランダはどうしていることだろう。

逃げ出していないだろうか。いや、そうはならないだろう。彼女は妙に真面目だ。雇い主がいつまでもここにいると言えばいるだろう。なんだかそんな気がするんだ、彼女の性格を鑑みると。

 ひっそりと、闇夜に紛れて私は進む。

ほったて小屋の群れ。

ここは娼婦たちの小屋だ。今にも崩れ落ちそうな薄い壁に彼女たちは押し込められ、奉公させられている。見覚えのある娼婦があちこちで顔を出している。どうやらミランダの雇い主は未だここで仕事を続けるようだ、娼婦の一人に話を聞けばそういうことらしい。彼女自身も不安を抱いているようだが、ご主人様が逃げようとしないのだから、ここで死ぬかもしれないと嘆いている。奴隷娼婦、特に場末になるとあっけらかんとしている者も多数だが。


 「リア」


 悩ましいことに。

ミランダもまた、そのうちのひとりだ。


 「とうとう、ここまでやって来たのね。

  うふふ、嬉しいわ。

  迎えるべきお方」


 両手をからげ、微笑む彼女だが。背後から誰かが出て行ったではないか。

驚愕した。それに、胸元の奴隷の証。丸見えだった。使われた、証。


 「ミランダ、それ……」

 「あららん、気付かれたかしらん。

  ごめんあそばせ」


 彼女は我が身をぱぱっと整えたが見せつけられたそれに、私はといえば、頭の芯が冷えてしまった。

 (約束を……)

 あの雇い主は、破ったのだ。

 

 「リア?」


 ぐっと、私は歯噛みをした。

どうしようもない感情に吐き気がした。俯き、頭を抱える。


 「リア、どうしたのかしら。

  久しぶりに会えた、ただそれだけなのに。

  何故、こうも悲しげにしているのかしらん」


 私の手を、ミランダは優しく触れてきたが。

どす黒い感情はそうそう消え去りそうもない。


 「ふふ、怒っているの、リア」


 親しげに、彼女は変わらぬ声をかけてくる。

ゆっくりと私の手の甲を撫でながら。一本、一本、確かめるようになぞってきた。


 「……そうね、そうかもしれない」

 「あは、可愛いわ。

  ――――何か、約束でも反故にされたの?」

 

 彼女は搾取されている。それなのに、何事もなかったかのように振る舞う。

辺りからは自然と音が途絶えた。何もかもが聞こえない。ミランダと私以外が遠のいていく。

 しん、と静まり返った世界になってしまったような錯覚。


 「ミランダ」

 「なぁに」

 「私はね、心を蹂躙されること。

  それが何より嫌いなの。痛いの」

 「あらまあ」


 ミランダはうっそりと唇を三日月の形にした。

彼女は女の匂いをまき散らし、囁く。


 「なら、すべてを滅ぼして差し上げるのかしら?

  何もかも、さっぱり綺麗になるわ」


 そろり、と見上げると彼女はいつもの表情でいた。

ゆっくりと私の頬を両手で確かめる仕草、まるで優しい。手放されるのが、寂しいぐらいに。

 一旦、距離を置いた彼女。私は、かけられた情を惜しむように見詰めた。さながら、迷子のように。


 「すべてに告げてあげる」

 「すべて?」

 「そう、すべてに」


まるで聖女のように柔らかな笑みを湛えて――――私に、その温かな手の平を差し出した。

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