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三十九話

 選択肢は少ない。奪うか、金を払うかのどちらかになる。

強奪、は脳裏を掠めたが無理だ。奴隷は証文所にて名前を縛るし、そも、証文所自体が国家経営の窓口なのだ。ルールを破るなんて国に刃向うことになる。奴隷狩りたちが私から欲しがったもの、それこそご主人様の証となる巻紙である。国家を敵に回さない。それは傍若無人な彼らもこんな戦争中であっても曲げなかった金儲けの規則だ。

 一応、資本主義生まれの私としても強奪もどきはやめておきたい。ルキゼ曰く、私と契約を結んだ時点で離れ難いとのことから、どんな制約がかけられているかたまったものではない。ただのスクロール紙ではなかったようだ。

 ベッドを椅子代わりに、うんうんと悩んだ。


 「どうするの、ミランダ奪うの?」


 吊り上り気味の瞳をさらに輝かせ、嬉しそうに語るルキゼの猫耳のその先端をそっとつまみ、上へと引っ張った。


 「やめて!」

 「なんでそう、戦いの方向にいくの」

 「だって、」


 頭を横に振って私の指を振り払い、不機嫌そうに喉を鳴らす少年。

ぐりぐりとその金色頭のてっぺんを掻いてやると、両腕を広げて訴えてきた。


 「あの風、楽しかったし!」

 「後始末が死ぬほど大変だったんだけど。勘弁して」

 「ええー」


 ぶうぶうと文句を募ってくる彼の視線を逸らし、金、だなあと。

稼ぎを頑張らねばならないことを思い知らされ、はあ、と深いため息をついてしまう。甲斐性のない我が身が切ない。ルキゼが、痛い腹を突いてくる。


 「お金? お金ないの?」

 「身も蓋もないけども。まあ、そうだね……それさえあれば、

  ミランダは解放されるのに」

 「やっぱ奪ってくる? やる?」


猫耳を引っ張られるのを嫌がって両手で耳を隠す仕草をするルキゼのわき腹をくすぐり、あひゃひゃとくねり出す少年を放置する。


 「はあ……、働くしかないか」


 実際他に手が無かった。

一瞬、知人の涼やかな目元が浮かんだが――――。





 護衛の仕事なんて長期にすべきものである。

短期で存在しなわけではないが、大金を稼ぐには向かない。本来の私の仕事ではあるが。私はよく好んで護衛をやっていた。魔法使いという職業は派手だし、貴族や金持ち連中には大層好まれる。その希少価値も相まってかちんちくりんでも雇われやすい。

 ページの数は少ない。

魔法を使うにしても、あまり前線に出たくはない。

多ければ良い、という訳でもないが……、人殺しはやはり良いものではない。怨みも買いやすく、妬まれやすい。また、瞬時に魔法が発動できればいいが、大魔法のように多大に時間のかかる魔法を扱う場合、護衛が必要になる。

 ちまちまと殺していればいいかもしれないが、時間がかかりやすい。

また、性格的に気ままな人が多い……おかげで、私までそう思われている節があり、嫌がられることはほどほどにあった。納得いかないが、事実ではあった。

 私以外の魔法使いに遭遇したことはないが……遠目からは目の当たりにしたことはあったが。

 (王宮魔術師、とかね)


 「リア、仕事だ」

 「はい」


 という訳で、私は関所の門番、をしている。

 視界いっぱいに広がるのは、北の兵たち。続々と出撃していくのを、砦の上から眺める。

南の兵たちは捕虜として奴隷として連れられてきているが、未だ南の彼らはこちらまでやってこれていないようだ。戦況といては、北のほうが悪化しているそうだが。


 「くそ、またあいつらしぶとく」

 「仕方あるまい、我が国の裏切り者が……」

 「しっ!

  ……噂だ、所詮は」

 「不敬罪に処せられたいのか」


 そう、北の王族たる王弟殿下であられる方が、婚約者たる南の王女様のために裏切ったというのだ。


 「我々の戦い方をご存じだからなあ」

 「ああ……どれだけ捕虜を痛めてやったところで……、

  憂さ晴らしにもなりゃしない」


 牢屋では吸いたくもない血の匂いが充満しているという。


 「……しかし本当に裏切ったのか?

  ちょくちょく顔を見せられているというが」

 「美男子という話だが、そうそう雲の上の顔なんてな。

  誰が王族なんだか……」

 「どうせ噂だ、どっちも」


 ぷかぷかと浮かぶ白い雲が呑気でいけない。

 (ふわ、)

 あくびをかみ殺した。

近場で同じく護衛をしているくたびれた兵士らも、暇そうに立ち話に興じていた。





 戦況はますます悪いほうへと転がっている。

帰ってくる北の兵士らの顔色は青白くって、腕を折れた人を連れて歩くのは辛そうだったし。泣き崩れる女性と亡骸を部屋の隅へ移動させる彼らの手際は素早い。手馴れていた。かがり火は絶え間なく関所を照らし、夜中の侵攻を恐れていた。

 幻の公爵様の暗躍のお蔭で北の国は滅亡の一途を辿っている、とかなんとか。

彼は裏切った、裏切ってない。でも七割がた、裏切ったと思われている。

 所詮、下っ端の情報なんてこんなものだが、貴族たちの話、そう男爵家の奥様のお話によれば、かのお方はその見目の良さで金持ちマダムから金を巻き上げて失踪、ということから。

 (まあ、婚約者のため、ってのが概ねの見解かな?)

 大方裏切った。そんなムードがあってか気合がない、最前線。

 そんな夜中でも、私は見張りをしていた。

とにかく金が欲しかった。

 (負けたら給金、支払われるかなあ)

 という不安はなきしにもあらずだが、私の魔法使いという貴重さと日給であるということ、それと、今まで真面目に仕事をしてきたという話を誰かに聞いたんだろう、なんとはなく見覚えのある上役の兵士がいたし。まあ、所詮はなんとなく、だけども。

 (三十年以上、さすらってきたから……、誰が誰だか)

 分からないが、多分、どこかで出会った人だろう。

長く旅をしていると、こういうことがあるのだ。

 (もしかしたら、誰かの子供かもしれない)

 あるいは子孫か。

この世界の寿命って長くはないので、代替わりが激しい。私みたいに小じわ出て少しは貫禄ついたか、なんて話にはならない。だからこそ私は一か所に長くは住めない。長寿であるということは、なんらかの原材料にされそうだし。私は食べられたくはないし、他人にこそこそと笑われたくはないのだ。

 いくら外見が異世界だとしても、少しぐらいは自由に生き延びたい。

魔術書を抱えながら、そのようなことをぼんやりと考える。

 頭上を巡らせば、目いっぱいの星空。

宙を描くライン。丸い球体である。その空に飾られたきんきらきんの星々。

 (あの星のどれかに、地球があるのかなあ)

 分からない。分からないが、もしかしたらその可能性はある。ただ、星の光は早くて遠いもの。もはや私という存在を認識する人類がいるんだろうか。下手したら実家はビルの一部になっているかもしれない。駅前にあったこじんまりとした家だったし。

 嘆息する。

すると、口の端から少し、白い息が零れた。

 

 「さむ……」


 縮こまっていたとき、借りたものを思い出す。

そうだった、と。ルキゼから預けられたものだ。いそいそとマフラーを巻きつける。


「ふー……」


 唇からタバコのように流れ出る白い煙。

 (ここは南に近い国境の最前線なのに……)

 この冷えは何か原因でもあるんだろうか。

しかし、今の私にそれを理解するための情報がない。

 (まあ、たとえ知ったところで……どうにもならない)

 鼻をマフラーの中に押し付ける。お日様の匂いがした。

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