三十八話
西日が温かい。
二階の、それも個室。広々としていて申し分のない宿だった。どうやら女傭兵さんの貯金をはたいてしまったようだが、彼女はリーダー格の彼を何がなんでもゲット! 恋に生きる女の目をしていた。時々燻る嫉妬の炎はギラギラとした彼女の双眸から放たれ、軽い火傷状態を私に負わせてしまいかねないものではあったが、恩人呼ばわりの私をどうにか彼から物理的に離すことで決着を試みたものらしい。今ではすっきり穏やかな表情をしている。
そんなどことはなしにルンルンな背中の彼女を見送り、ルキゼと二人っきりになった。部屋の扉を閉め、ようやくの息をつく。鍵もかけられる。獣耳もフードを深く被り直さなくて良い個室にご満悦だ、早速ながら猫耳を出して頭を振って伸びやかに背を長くする。
(まあ、罠ってことはないだろうけど)
もしそうだとするならば、私にはまだ残っている魔術書がある。ルキゼの正体はバレてなかったはずだが、奴隷狩りたちに途中の遭遇はした。それなりの用心をして、そこそこにミランダ探しをすれば良いだろう。
さて、新たな宿泊部屋で引っ越しの一息をついたなら、またあの女奴隷を探さねば。
首を長くして待ってはいないだろうが、解放されたがっている。きっと喜んでくれるはずである。
「……これにて、一件落着」
「どうしたの?」
呟きを拾われ、苦笑する。
「何でもない」
そうなればいいな、ってだけで。
数時間後。景気は良いが殺伐とした興奮で包まれている戦時の往来を再び出歩いていると、向こう側から声をかけられた。知り合い野郎だった。モテすぎて嫉妬炎上されまくっている彼は、ぶんぶんと片手を振って近寄ってきた。
「リアさん!」
爽やかな笑顔であった。
腰にさしてある剣ががちゃがちゃと鳴る。
「部屋で休まれていると思ってました。
もう、出てきたんですか?」
頷く。
「そうですか……。
……お疲れでは? 一緒に帰りませんか」
「大丈夫」
どうやら未だ、私たちと同じ部屋で寝泊まりしていると思っているものらしい。
以前の宿泊部屋へとスマートに誘導してくる。
「夕飯はどこで食べます?」
気安い。しかしそれも今日までのこと。彼は、相部屋が判明したと同時にモテ男よろしく細やかな手配りをしてくれていた。当然、嫉妬の矢は私に向かう。怖い。それでいて無自覚なのだから手に負えない。こんなトンデモ女たらしといつまでも共にいようものなら、嫉妬が嫉妬を呼んでチームメンバー全員から後ろを刺されかねない。
「それより、ミランダの情報は?」
すると、心得たもので、
「それらしい人物がいると、伝手から教えて貰いました。
今、情報を当たってもらってます」
「当たってもらっている?」
「ええ」
言いながら、彼は嬉しげに。
「もしかすると、当たりかもしれません」
ミランダは北の国の人間らしく、やや色素の薄い外見であった。肌も白いし、顔立ちだって悪くない。ただ太めなだけで。それでも、彼女は奴隷として売りとばされ、無事に生き残っていたようだ。歌をうたい、同じ奴隷たちの洗濯を一心に受け負っていた。
(ここでも干してるよ……)
小屋と小屋の隙間で洗濯物を両手いっぱいに広げている姿を遠目から確認、ほっと胸をなでおろした。
まあ、元気でいるようで良かった。それでいて、
(ようやく、見つけた……)
とはいえ、ミランダは客をとらされているようだった。
その話を聞いた時点でミランダを買い取る旨を雇い主に申し出たが、洗濯メイドの腕が好評だったようで、黙々と仕事をこなす彼女をなかなか手放そうとはしなかった。どちらかというと家事をメインにさせられていているものらしい。むしろ、高値を吹っかけられた。指輪を見せても駄目だった。
「あ、それ……」
なんだか寂しそうに呟くイケメン男を背景に、あくせく働くミランダ。正直、焦れる。
押し問答の末、指輪を渡すことで客をとらせない約束をさせることはできた。
あとはミランダを買い取るためになんとかするだけだ。
だけだ、が。
(また金か……)
なんでこう、縁のないものが壁のように立ちはだかるのか。憤懣やるせない。
「リアさん……いくらなんでも酷いです」
おまけにイケ男に纏わりつかれている。
パッと見、まるでしょぼくれた大型犬のようでさえある。やや影になった俯き加減にぎょっとして、とりあえず発破をかけた。
「けど、貰い物だし。戻ってくる呪い物だし。
第一、いらないって言ってなかったっけ?」
「そりゃそうですけど…………」
でも、そこまで言ってないはずなんですけどね……、なんてぶつぶつと小言を垂れ流す男は放っておき、ミランダへ近寄ろうとするルキゼをけん制する。ぱっと腕を捕まえると、不服そうに唇を尖がらせる猫耳。
「駄目だよルキゼ。彼女に淡い期待を抱かせたら」
私は失敗するかもしれない。もしそうなってしまったら、希望を抱く彼女の心をへし折りかねない。一応理解はしたらしい、しょぼくれ二人目の、うう、と唸るルキゼを連れて一旦引きあげることにした。ミランダが建屋の奥へと消える。歯がゆいのは、私も同じ。以前と変わらない彼女の姿を網膜に焼き付けた。もしかしたら最後かもしれないのだ――――そんなこと、旅路の間で何度もあったものである。
道中、途中まで同じ道を歩いた彼と別れる。せっかくここまで手伝ってくれて申し訳のないことだが、私は宿を引っ越したのだ。
「出迎えが来てるよ」
「え?」
教えてあげて視線を向けさせてやると、そこには女傭兵を始めとして、幾人かの誰それが集まっていた。美少女奴隷もいたし、清楚な美人もいた。ぶっちゃけ、すごい美女ばかりのメンバーだった。眩しい。さすがはモテモテ男。早速ながら囲まれている彼をその中に放置した私は、挨拶もそこそこに、そそそと立ち去る。女傭兵は心得たもので、イケ男をしっかと私から離すよう我が身を滑り込ませていたし。すごいな、あれが女子力か。肉食系、ってやつかな。私がこの世界にやって来る前、雑誌に載っていた話題だ。
ルキゼは、どこか気の毒そうな顔で、遠のいていく彼らを眺めた。
私たちはまた別方面だから、徐々に彼らとは距離を稼いでしまうが。
後ろを振り返り見ながら、ルキゼ、私に感想を述べる。
「人間って大変だね」
「そうね」
「……うん。
ボクと同じ男なのに……」
同情していた。




