三十七話
相部屋には仕切りのための紐が張られている。
洗濯物を干すこともでき、視界を隠すこともできた。同一の部屋、相部屋なのは覚悟の上だが、やはり人の視線というものは気になるものである。実際、女性傭兵も幾枚かの白い布をかけて柔らかな壁を作っている。私もまた見習い、特にルキゼの容姿がバレないよう壁際を占拠した。部屋の隅が空いていて良かった。もっと幸運なのは相部屋相手が知り合いであった、ということか。
かつては護衛仲間として同じ釜の飯を戴いた仲である、
「リアさん」
さん付けで呼び、親切な態度を示してくれる彼とどういった知り合いなのかとチームを組む女性傭兵からの当然な問いかけに、彼は微笑する。
「俺が護衛という仕事を生まれて初めて請け負った際、
リアさん、色々と教えてくれた方なんです」
へぇ、と女性の納得が籠る。
しかし、その声は少し揺らいでいる。態度が固く分かりやすい。なるほど、なるほど。
(なるほど)
私もまた、会得がいった。
相変わらず方々の面で、女たらしをしているのだなあ、と。
このイケメンたらし野郎との出会いは、彼が少年だった頃にまでさかのぼる。
「いえ、まだそこまで小さくはないですよ」
縮こまるルキゼの影を見やりながら、彼は言うが。
「まあ、そうかもしれない」
などと、私は適当に返事をする。
彼は懐かしそうに目を細めた。思えば、私は最初っからこんな態度だった。
「けれども、少年から大人になりかかり、
差し掛かっている辺りだったかもね」
「……うーん、そうかもしれませんが、リアさん、」
現在はどこからどう見ても好青年といった風貌で、その上、私と別れてからは目覚ましい成長を遂げたものらしく、昔のことをとやかく言われるのを嫌がるようだ。癪なようで、自分は立派に一人前になったぞ! となかなか認めようとしない。それでも私は昔話を止めない。相部屋女性が興味津々であって、その場を賑やかにしたいという思惑もあるし。
「あの時は右も左も分からない、といった感じで、
非常に危なっかしいものだったね」
「はは……」
苦笑する彼に、チームメイトの女傭兵がくすりと笑う。
「確かに当時の俺は、初めて受け負った仕事に
張り切っていて。恥ずかしながら、リアさんがいなかったら、
どうなっていたのやら」
山賊討伐の仕事の時も複数募ってチームごとに分けられた戦いであったが、気付けば以前護衛仕事を一緒にしていた彼と同じメンバーに入れられていた。彼は見目が良い少年であったから、色んな意味で一緒に働くのは私自身も厄介ごとに巻き込まれそうな気配があり、非常に危なっかしいものでもあったが、当時、危険な奴隷狩りに遭いそうになった際になんだかんだで助けた経緯があり、初めはお坊ちゃんよろしくな態度であったのにあっという間に軟化、私の傍から離れようとはしなくなった。一応、この人の近くにいれば安全だと理解する頭はあるようだ……、などと当時は賢い餓鬼だなあと思ったものだが。
それぐらい未経験値でしかない彼は、素人すぎる行動に加え、あまりにも上から目線で人に対する距離感が酷いものだった。彼と同じぐらいの年代の根無し草が少ないながらも何人かいるにはいたのに、彼はぼっちを貫いた。ある意味私も独り者だから、妙な知り合いになってしまったとぼうっと眺めるばかりであったが。
しばらく同じ街で仕事をしていたものだから、よくよく仕事が被った。初めの頃はヒントを与えたつもりであったのに教えたら聞くどころか反発されてふくれっ面でばかりいた彼は、命の危険を感じてからは段々と私の忠告を素直に受け入れるようになり。仕事が終わってもついてこようとしたので、撒いたこともある。悔しげに泣いていた後姿に罪悪感を持ったが、仕方ない。もはやその頃になると、彼は涼やかな目を持つ青年だった。私に関わってばかりいたら独り立ちできない。保護者じゃないし。以降、実に久しぶりの邂逅だった。
「……まあ、立派になって良かったよ」
あの当時の苦い思い出が蘇り、なんとも言い難い気持ちになった。
ましてや、指輪まで貰ってしまった。
(……また何か謎な風習でもあったんだろうか)
分からない。
だが、彼からは今のところその話は出てこない。けれども、あの錬金術の指輪にはびっくりするほどメジャーな紋章がこっそり描かれている。いらないからあげる、と言われたから貰ったものだが、下手に突っ込むと蛇が出てきそうなので、少々口を閉ざした。やっぱ返して、と今更言われても困るのだ。あれ、ミランダ解放のための取引材料の宝飾品だし。
ミランダの話を彼にも尋ねる。
すると、あちこちで話を聞いてくれることになった。良かった、持つべきものは昔の縁。
ただ、彼は私と弟ということにしているルキゼが共に同じベッドで眠っているのを、煩わしそうに見ていた。
「仲が良すぎます」
なんとはなしに、彼には見透かされてる気がする。
私の側でぐっと身を縮めているルキゼ、案の定、ますます私の脇に居つくようになった。
そして、そんな忠告をしてくる彼を苦々しそうに見守っているチームメイト女性の傭兵。
(そうなんだよね……昔っから、そう)
凛々しい彼は、それなりに剣の腕を持っている。そのため、彼に構われる私という構図はあまりにも嫉妬心を周囲に発生させてしまい、私の息がしづらくなる弊害があった。まるで実の弟のように慕ってくる彼を無碍にするには、あまりにも共に仕事をしすぎた。そのかつての反省から、私は彼を思いっきり突き放したのであるが。
彼がいない隙に、私は女傭兵さんに通告を受けた。
仕事にも差し支えがあるらしい。なんでも、私のためにミランダ探しを一気に引き受けて懸命に探し回っているらしいのだ。私もまた探っていたが、まさかこんなことになっているなんて思いもよらなかった。
「……すみません。
迷惑をかけてしまいました」
女傭兵さんの他にも、彼にはメンバーがいて。
リーダー格の彼がいないとメンバーはどうしてこうなっているのか探り、そうして私が行きついたという。女傭兵さんは本人がしたがっているのだから、と仲間内で庇ってくれていたらしいが、メンバーは女性陣が多いらしく。
(案の定、モテ男だったか……)
付き合ったり別れたりとかは不明だが。
まあ、そういうことらしいのだ。せっかくの安い宿、知り合いの男はとても楽しそうに私と会話をしていたし、傭兵女性もまたそうだったから、まさかそこまで深刻な事態に陥っていたとは夢にも思わなかった。彼女もまた、ぽっと出の昔の知り合いに奴を連れ去られたくはなかったのだろう。私ももし同じ状況であれば同じ気持ちを抱くのは間違いない。
真面目な青年に、あれこれと頼りすぎた。
「ですが、あと少しだけ待ってもらえますか」
いきなり部屋を変わることは難しい。
やっと整えることができた拠点なのである。ルキゼの件もあり、すぐに見付けるのは……と、口ごもれば、彼女は安堵の表情をしてみせた。宿はすぐに用意できるという。にっこりとほほ笑む彼女を見やりながら、
(あ、そうか。
……ごめん)
犬も食わないなんとやら、だったらしい。
せっかくいちゃいちゃできる相部屋、チームメンバーを出し抜くことができたといったところで微妙に空いていたベッド枠にするりと私が入り込んでしまった。お邪魔虫であったものらしい。彼と出会うのは街の外でということにしておくとして、とりあえず宿泊拠点を移動することにした。未だ出かけて帰ってこない彼にメモを残して。




