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三十六話

 最前線では奴隷も人も溢れかえっていた。知り合いがいないか、ミランダの顔がどっかに紛れ込んでいないかしらみつぶしにじろじろと見て回ったがどこにも発見できず。酒場も覗いてみたが、知人どころか傭兵軍団に占拠されており、奴隷店員が駒のようにくるくると忙しなく立ち働いていた。


 「うーん」


 ぴょこりと顔を出して私と同じことをしているルキゼに尋ねる。


 「ミランダ、いた?」

 「ううん」


ぴくぴくとフードの奥で蠢かす猫耳にも、探し人の声は届かないようだ。


 「噂でもいいんだけど、ねぇ」


奴隷市場はこのような最前線だからこそなのか営業中だが、どこもかしこもミランダの気配のケさえない。通りすがりの鍋商人に念のためミランダの特徴を伺ってみたが、


 「そんな女、どこにでもいるぜよ」


 とのことだ。

 (それもそうか……)

思えば、ミランダの外見はややぽっちゃり系。魅惑的な体型である。奴隷商人も似たような言葉を吐き、商売の邪魔すんなと怒られる始末、想像以上に難航しそうだった。これでは助ける以前の問題である。

 少しだけ人の気配の少ない、座れそうな場所を探し、ちょうど良い岩があったので二人してそこに腰掛けた。休むことにした。

 他、それなりに目立ちそうな特徴はといえば、歌を歌うのが好きなのと、北の国の男爵家から売られたという経緯だ。それも、第三者が間に入って経由して売られてしまえば、その経歴もだんだんと薄らいでいく。蜘蛛の糸を辿るようなもので、いつどこでぷつりと途絶えてしまうことか。巻紙という証文があったとしても、ちゃんと確認してくれる奴隷商人であればいいが、私はこの外見だ。金持ちでもお得意様でもないただの魔法使いの女である、親切にしてやる義理のない旅人。

 

 「ふう」


 (まさかここまで、何もないとは)

疲労して固くなった足の裏の皮をとんとんと地面に叩いてやり、腰にある魔術書に指を這わす。ルキゼに返してもらったものだ。ぞろりと指を動かせば、やっぱりページ量が少なくなっていた。

 (これも、また問題だなあ)

 戦う術である本が軽い。

しかめっ面になるのを堪える。ルキゼはふわーっと大きく欠伸をして、背伸びをしている。

 (金もないし……)

問題は山積みだ。肩の力が抜ける。

 そんな呑気な私たちの前を、とある奴隷狩りたちが歩いていた。奴隷を確保しててきたものらしい、ホクホク顔で歩いていた。南の国の人たち、手を縛られ数珠つなぎで前進させられている。血の痕跡やらがあったりして抵抗の印が伺える。

 (……北の国の兵士から買い上げたのかな……)

 第五次戦争でも目の当たりにした光景である。

 ルキゼは彼らを興味深そうに眺めているが、私はまた、むくむくと嫌悪感が増して嫌になってしまってつい、そっぽを向いてしまう。

 (本当しょうもないことばかり)

人間も資材扱い。まあ、資本主義の世界からしてみたら、変わらないかもわからない。時間で働かせられて、計算したり。月給で働かせられて、無駄なところがないよう目を光らせられたり。かといって、全員が平等な給金で働くかといえば、そんなことはありえない。サボりたい、自由になりたいのが人間のサガ。けれど、保証のない私のような根無し草な生き方は、路傍の石にしかならない訳で。

 国、人、家。

天を仰ぎ見た。

 (……もう少し、情報を集めるか)

 

 「よし、休憩終わり!」


 言うや、ルキゼもまた同じように岩から降りる。

元気良く飛び降りたので、少なくとも私より体力はある。


 「ね、次はどこ行くの?」

 「次は……そうだ、宿屋はどう」

 「宿!」


 ルキゼは楽しげにしている。初めて行くところだから、だろう。


 「しばらくの拠点を手に入れなくては、ね」


 本当は街の外で野宿といきたいところなれども、あんまり出入りして目立ちたくはないし。他の宿泊客の動向も知りたかった。同じように北から商売にきたとか、仕事をありつきにきたとか。適当な言葉を滑らせておけば、相手も似たように口から何かを話し始めるはず。

 こういうとき、私の外見が発揮されるのである。まるで無害にしか見えないから。

 (ただ、ルキゼが……、

  心配だけどね)

 まあ、駄目だったら駄目で逃げ出せばいいだろう。

 黄金色の神秘的な見目を持つ、褐色肌の美少年。

フードを被り、あちこち歩き回る彼の容貌、その猫耳は間違いなく奴隷狩りの対象である。宿に奴隷商人たちが宿泊している可能性だってあり、危険かもしれないが、

 (いい加減、お風呂入りたい……)

 実に体中が痒いのだ。

ずっと野宿で水浴びをするルキゼをよそに、布巾で体を拭うぐらいしかできなかった日々である、少しぐらいは身綺麗にして清潔にしなければ不健康になりそうだった。

 




 幸い、宿はそこそこ安いところをとることができた。

訳ありの弟、を連れた姉というパターンで宿泊する。弟、にしてはずいぶんと怪しげなフードを被る男の子だが、此処は最前線なのだ、どんな人間が泊まりにきたところで騒ぎさえ起こさなければ問題なさそうだった。第一、見た目からして少年、といったルキゼである。宿の主は面倒臭そうに部屋を案内し、そこで寝るようにと指示した。開ければ、相部屋だった。

 (……まあ、いいか)

 片手をあげて挨拶をしてくる女性がいた。

傭兵らしい。ほっとする。快活そうだし仕事をしにきたと外見通りに自己申告してくれた。


 「実は私もなんです」


 腰にある魔術書を見せてやれば、おお、魔法を使えるのね! と喜ばれた。

戦争なのだ、強力な力を持つ魔法使いはこういった戦時ではどこであっても歓迎された。

 部屋の隅に追いやっておいたルキゼをしり目に、装備の点検をしていたらしい彼女と話が弾む。どうやらこの女の傭兵はチームでやっているらしく、若い男がもうひとり、この部屋にこれからやって来るという。ミランダの話はしてみたが、まったくもって彼女も知らない、と。がっかりしたが、仕方ない。北の首都からやってくる奴隷なんて、腐るほどいるのだ、地道に探すしかなかった。

 ついでに羽鳥の話も伺う。

どうやら、これに関して彼女は知ってることがあるらしく、どこぞのお屋敷にて守秘義務があるからどこのお貴族様の家かまでは教えてくれなかったが、あまりにも美しい屍を恋人だと妻だと言い張って引きこもっている家で仕事をしたことがあると言う。

 その屍は定期的にバラ園に晒され、東屋にて家の主人とお茶をしている、とのことだが。


 「へぇ、その美しい死体に羽が」


 興味深いことだった。

だが同時に。物悲しいことだとも、思った。北の国の王が連行していった神鳥たちの一人が、死んだという情報を入手してしまったのである。

 私は渋い顔をして、その気狂い主人の気持ち悪さを辟易としつつ。

アウフィエルに伝えねばならない悲劇が増えてしまったことを残念に思った。

 と、そこに。

ちょうど折よく、彼女のお仲間がやってきた。

 扉を礼儀正しくノックし、入り込んだスマートな男。


 「あ」

 「お」


 なんと、前に遭ったことのある男だった。

護衛仲間のひとり、イケメン爽やか野郎だった。そう、私の財産として戻ってくる錬金術、あの指輪を送ってくれた人だったのだ。ルキゼがぴくりと反応する。


 「いやあ、久しぶりですねリアさん」


 男は、相変わらず人たらしの笑みを浮かべる。

またそれが似合う、好感をもたれる表情と雰囲気を持つ青年だった。

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