三十五話
欠伸をした猫耳がうとうととし始めた辺り、すなわちキリのいい所を見計らい、
「これから私は国境に向かいます」
目的を告げる。
ミランダ救助。
話の流れからして、いや、人間とそれ以外の種族の対立軸が昔からある世界だから嫌がるかと思いきや、意外にも彼らは協力を申し出てきた。
「昔、同胞たる耳長が奴隷狩りには酷い目に遭い、
命からがら逃げてきた。
実態を調べるためにもちょうどいいかもしれん」
そういった原因があったゆえ耳長たちエルフは森の奥でひっそりと生きてきたものの、神鳥たちが受けた被害を思えばあまりにも引きこもるのは良くない、という判断がこのエルフにはあったものらしい。
「奴隷、か」
アウフィエルは、眉を顰める。
「……彷徨う神鳥たちの行方も判明するだろうか」
俯く彼の、その横顔はあまりにも儚かった。
ぐっと拳を握りしめる彼の手が痛々しい。
「アウフィ……」
「分かっている。
私の家族や皆、私のように弱い。
……無事ではないだろう。覚悟はできている。
だが……、万が一、があるかもしれない」
背にまで伸びている長い金髪と純白な羽も相まって足のくるぶしまである長いローブを纏う彼の横座りする姿は、パッと見、宗教画の美しい絵姿である。
森はエルフの管轄だという。国境沿いまで安全なルートを案内してくれるというのだ、奴隷狩りも気になるところだしお願いすることにした。
森林地帯はさまざまな動物や虫が生息している。
耳長エルフの長であるマスティガの案内によって、歩きやすい道を進行する。夕暮れになる前に休むことも大事だ。火を起こすのは森に好まれないとのことなので、固まって眠る。夜番は交代だ。といってもアウフィエルは交代できない。彼は自分でも出来ると反発していたが、貧弱な鳥だ。手首を捕まえれば、折れそうなほど細いし。腰も私より下手したら細いかもしれない。それぐらい、全体的に飛ぶために特化したような体つきであった。こんな身体では体力的にも見張りなんて難しいだろう。ましてや鳥だ、夜目は弱いらしい。
目元を朱に染め、
「あ、あのときは……、すまなかった」
などと、端正な横顔を見せつけられたりもして。本当に深窓の令嬢のようだった。令息か。
神鳥の村では大事に育てられたらしい彼は、皆が寝静まった際。夜番のために起きているときそのようなことを口にして、私の手をとろうとして顔を覆った。何を言っているのか分からなかったので、手首を捕えたのはそのときのことであったが、たちまちに真っ赤になった美しい顔に、私は開いた口を塞ぐことができなかった。
青眼が私をちらと見やり、俯く。
「……あれから……、その……」
ぽつり、ぽつりとしたものだったが、私と別れたあとの詳細を教えてくれた。
おっかなびっくりではあったが、拙い口調でも懸命に私に伝えてくれようとする彼の様子は見目の良さとの相乗効果も相まって、誰もが保護欲を駆り立てるようなものであった。
おおよその話を伺い、私は安堵した。
「けれど、無事で良かった。
あのとき、肝を冷やした」
「すまない……本当に」
唐突にいなくなった原因が分かってすっきりした私に、どこか、彼ははにかむような笑みを浮かべた。
(あー、こんな可愛らしい顔を見せつけられたら……、
そりゃあ、奴隷にされるな……)
正直、眩しかった。
おまけに、私から奪った毛布を今なお活用している。羽鳥もまた、モノを貰って求愛されていると感じているものらしい。その恥じらう姿もなかなか初々しいもので、妙な一途さを感じずにいられない。というか、気付けばマスティガがこっそり起きてこっちの様子を伺っているし、ようやくエルフと交代だと思って身を横たえれば、黄金色の瞳が闇夜にかっと大きく見開いた状態で光っている。びくりとした。ルキゼの不機嫌さは明日にも引き継がれたが、ゴロゴロと私の膝の上でご満悦になってようやく落ち着きを取り戻した頃、今度は神鳥が不機嫌を蘇らす。ばさばさと羽の先が私の体に当たって痛い。
(謎のモテ期……)
と思わずにいられない。
(モテることでご飯がお腹いっぱい食べられたら嬉しいんだけど、ねぇ)
今日の朝食もしょっぱい干し肉である。本日もまた、歩かねばならない。
「あれが国境沿い」
森の端から、明るい場所を覗き込む。
大木ある場所は少し高度があるためか、見晴らしが良かった。
「うわあ、人間がいっぱい」
ルキゼも感嘆とした声を上げる。
実際、人の数が凄かった。もはや街といっていいだろう、関所を中心とした掘っ立て小屋がぐるりと巡らすように建てられている。物も人も溢れていた。下手したら北の国の首都より活気がある。
兵士も、商人も。そして、奴隷も。
奴隷たちは見た目からして分かりやすい。均一のものを身に着けていたり、彫り物が顔にされていたり。とかく、奪われてはならないよう目立たされているので一般人との違いがことさらに露わになっている。
「ミランダ、いるかな?」
ルキゼが私を仰ぎ見る。
「……どうだろうね」
分からない。
だが、どこかにいると願うしかない。あわよくば、生きている、と。誰にも譲渡されていないのだ、と。
エルフと神の鳥は、人間たちのあまりの多さに辟易としているものらしい、紛争の物音が煩わしいものらしく、その顔をしかめっ面にしているし、アウフィエルは具合が悪そうにしていた。過去を思い出しているのだろう、時々吐き気を催しているらしく口に手を当てて小休憩をしていた。
友人たるエルフもアウフィエルを気にしてせっかくの市場調査もできないようである、ちょっとした噂ぐらい私程度でも集められる、道案内してくれただけで助かったと礼を述べるにとどめた。
申し訳なさそうにしているマスティガ。
実際、戦力になりそうなエルフであった、だが、派手な見た目の神の鳥を連れていくにはさすがに、あんな人間だらけの場所は難しいだろうし、森に隠しておくにしてもこんな様子の神鳥を放置するには気になって仕方ないだろう。
「行くのか?」
アウフィエルの問いに、私は頷く。
ルキゼもフードを被り、私と共に進むようだ。
「そうか……」
寂しそうに、しかし、唇を引き締める神の鳥。
何か言いたそうにしているらしく、ばさりと純白の羽を蠢かした。
「大丈夫ですよ、また戻ってきますから」
ぱっと顔を上げた。
「ほ、本当か?」
「うん。だって、あなたたちが無事に帰るところ、
見ておかないと不安だし」
奴隷狩りに襲われた私たちが言うのもなんだが、彼らもまた十分に高値がつく逸材である。
特に、アウフィエル。
こんな国境沿いにまで連れてきてしまった手前、寝覚めが悪いことはしたくはないのだ。
「まあ、今帰っても別に……」
「帰らない!」
「だ、そうだ、リア。
まあ、今の最前線と、アウフィの仲間たちの状況を調べてくれ」
マスティガはそう苦笑し、二人は森の奥へと消えた。
また二人っきりになったとルキゼのほうを見やれば、彼はうん、と首を縦に振り。
「行こう、ね。ご主人様」
ご主人様ごっこを継続しているルキゼを伴い、彼の頭をフードごとわしゃわしゃとかき混ぜて人間の坩堝へと向かった。




