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三十一話

 不味い、にもほどがある。

ゲロマズであった。むしろ、ゲロいものを薬だと詐称して封をしていたとしても差し支えがない。鼻の奥を突き抜ける臭みの強さ。半端ない。おかげで、何度も何度も目から涙が溢れ、鼻水さえ垂れてきた。


 「ほお、すごいな。人間のくせして、

  この耳長の薬を一気飲みして平然としていられるとは」


 しかし、効果はてき面であった。みるみるうちに視界がクリアになっていくし、体力も回復したようだ、すっくと両足に力を入れて立つことも可能。あんな攻撃を受けたにもかかわらず、頭の中をぐわんぐわんと共鳴するかのような強い痛みがすっかり取り払われている。後頭部の後ろを撫でてみても、変化はなし。とんでもない効能であった。


 「あ、りがとうござ、うっ、……げほ、げほ……うえっ、

  ……、ありがとうござ、います」


 えづきながらも返却した小瓶を受け取る自称エルフは、私を見下ろしていた。身長は高いようである。だから、背を伸ばした私でも仰ぎ見る形になるのだが……、

 (え?)

 目元を何度も瞬かせ、ぐいぐいと擦る。

見間違いかと思ったが、そうではない。青年の耳が横長に伸びていたのだ。通常の人間の長さではなく、人外の耳長だ。


 「眼が醒めたか?」

 「あ、ああ、はい……」


 確かに、大きく目を見張ったので気付けには十分すぎるほどの効果があった。


 「上出来、上出来」


 面白そうに、だが油断なく見詰めてくるエルフの……、良く見れば整った精悍な顔立ちとその耳に違和感を持ちつつも、じっと見返す。

 (なんだろう……この人からは、敵愾心が……感じられる?)

 いや、敵ってほどではない。

だが何か不愉快なことでもあるんだろうか、違和感がある。まじまじと見詰め……、

 ――――ああ、そうか。会得がいった。

 (眉間に皺が寄っている。目元が引きついている。

  喋るたびに口の端が片っ方だけ上がっている……、

  ……私を苦手としている?)

 なんだか分からないが、とりあえず私を助けてくれたのは事実だ。視線を逸らした私はルキゼの姿を探す。呑気に喋っている場合ではない。奪われた魔術書だってなんとかしなければならない。


 「そら、見てみろ。

  あの猫耳、凄いぞ」


 指摘され、誘導されるようにして私は先ほどから物音のするほうを見やる。

するとそこには、土下座する大男の頭を片足でぐりぐりと踏みつけてる、少年の後ろ姿があった。


 「ね、ほら。許してください、って。

  ごめんなさいして」

 「ご、ごめんなさ……」

 「なんなの? 

  それで謝ってるつもりなの」


 ますます足の力を強める猫耳少年の痛めつけに、ひい、と奇声のような悲鳴を上げる大男の図。膝や背に矢が刺さっていて出血している相手であってもルキゼは怒り心頭らしい、思いっきりその後頭部を踏みつけて地面に相手の顔をめり込ませた。容赦なかった。


 「うわ」

 「相手、なんか嬉しそうに呻いて……変態っぽいな」


 聞かなかったことにして、私は少年の名前を呼んだ。


 「ルキゼ!」


 すると、ぴん、と猫耳を立てて声に反応した少年。こっちがびっくりするほどに飛び上がり。そろそろと声のする方へ、私へ顔を向けた。

 と、倒れていたはずの主が元気に立ち上がっているのを目の当たりにして、驚愕の顔をしてみせ。その金色の瞳を目いっぱい大きくして口を半開きにした――――くしゃりと。迷い子のような表情をしてみせた猫耳少年、土埃を後方にまき散らしながら私へと走り寄ってきた。さながら弾丸のようであった。

 (あ、やばい)

 ルキゼは小さい身体であるくせに、スピードには長けていた。

それが少々の戦いで疲弊するほどで摩耗するはずもなく、若い彼のエネルギー全開で受け止めてしまった私の身体は地面へと再び打ち据えられた。私の後頭部がまんま二度目の打撃である、脳震盪を起こしたのだろう――――たちまちに気を失う羽目になったが、最後に目を閉じる瞬間、飛び込むように見えたのがルキゼの笑顔であったのは印象的ではあった。 





 (……)

 目覚めれば、そこはどこかの……、

 (ん、どこだここは)

 そして、唐突にやってくるエルフの飲み薬。なんてことだ、忌まわしくも私の口の中でへばりついていた。涙目になりつつも、うっすらと目玉だけで動ける範囲を見渡す。

 ふいに、鼻の奥にすっと入り込む木の香り。薬の匂いをごまかすためにすう、と深く吸い込んでみると、ますます強まってくる。

 (ここって、もしや)

 木の穴の中、か?

見上げた天井は薄暗く、歪ながらも丸さを帯びた壁で仕切られていた。

 私はその壁際にて横たえられているらしい。毛布のようなもので体はすべて覆われていて温かく、首の下には枕のような柔らかなものが置かれている。なるほど、大事に扱われているようだ。

 (ということは……、安全地帯にいると考えて良いんだろうか)

 ぼうっとしながら、そのようなことをぽつぽつと想像巡らせていると、話し声がした。

静かな響きであったから、すう、っと耳朶から耳の奥へ届くのに時間がかかったというか、私の脳みそも案外と目覚めに時間がかかっていたものらしい。


 「……どうだ? やっぱり、そうか」

 「ああ……、とても、良い匂い……」

 「多分、耳長の臭い薬の匂いも混じっていると思うがな」


 (エルフと、やはり……、もう一人は、天使か?)

 羽鳥。神鳥とも呼ばれるアレか。

彼らは私が半ば覚醒しているのを気付かず、ぽつりぽつりと、時間を空けて喋っていた。

 話の調子からして、彼らは仲が良いようだ。

 

 「で、あの猫耳は?」

 「未だ外で魔術書を抱えて蹲っている」

 「ああ……」


 ルキゼ。

一気に冴えた私は、がばりと身を起こす。

と、この空間の中が一気に分かった。やはり、大きな木の中にいたのだ。ちょうど、良い塩梅で三人ほどは入れる大きさであったのだ。


 「おお、気付いたか」


 エルフがどこか安堵したような顔をして、ちらと隣にいる人物に流し目を送る。

そこには、やはりというか。白い翼を持つあのときの天使ともいうべき容貌を持つ、男がいた。いや、男なんだろうか。分からないが、中性的で美しい姿は相変わらず飛びぬけていた。彼は、唐突に起き上がった私を目の当たりにしてその儚い容貌を驚かせたが、しかし、何か言おうとして。薄い唇をぱくぱくと開けて、閉めてを繰り返し。じわじわとその白い羽の中に閉じこもった。

 

 「おい、アウフィ。

  こんなところで隠れてどうするんだ」


 そうだ、こんなことをしてる場合ではない。 

私は外へと飛び出した。


 「あ、ちょ!」


後方で呼び止める声がしたが飛び出てみれば、出入口付近の木の影にひっそりと寄り添うようにして、体育座りをしている獣耳がいたものである。フードを頭から被りじっとしていた。


 「ルキゼ?」


 名前を呼んだ。

と、彼は身じろぎをして。

俯いたではないか。

 いつもの猫耳らしからぬ行動である。

 さっと横に座れば、ぴゃっと逃げることもなく。どこか置物みたいに静けさのある猫耳少年に寄りかかる。温かな体温。心臓と連動して上下する肩。しばらくそうして呼吸を感じ取りながら沈黙していると、身じろぎをした獣耳。


 「……ねえ、大丈夫、なの?」


 ルキゼから、声をかけられた。


 「……何が?」

 「頭のほうから……、倒れたでしょ」

 「ああ……、」


 後頭部を撫でてやれば、やっぱり何もない。


 「大丈夫みたい」

 「そう……」

 

 すると、明らかにほっとした様子のルキゼである。

ぐりぐりとゆっくり私に頭を押し付け、本当に猫のように。唸るように、喉を鳴らした。

 ね、と呼びかけられて。

 ん、と言葉を返す。





 しばらくそうして互いに押し黙ったままでいると、森の気配が深くなってきた。緑の瑞々しい匂いが強まっている。

 ね、と。

 再び、呼びかけられた。


 「きっと。

  今しか、聞けないと思うんだけど……、」

 「何?」

 「ご主人様、貴女の名前……、教えて欲しい」


 フードの影にある黄金の瞳が、キラキラと輝いている。

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