友人は神の鳥<耳長の族長さん>
真っ直ぐな金髪に髪飾りが映え、どちらも太陽の光に反射して煌めく。青き双眸は長い金色のまつ毛に縁取られて頬は白く。肌艶も真珠そのもの、羽も形の良い純白で際立つ美麗なる顔立ちはとかく、神鳥の中でも美しいとされる性別不肖の友人。
それが――――突如として男になった。
「マスティガ!」
名前を呼ばれ、いったいなんだと目を丸くしていたら、素っ裸で飛び降りてきた神鳥にちょうど居合わせた近所の耳長も目が点になっていた。
「生えた!」
「は、」
「男だぞ!」
「え」
心地よい水辺からの風を受けながらの、和やかな夕食であった。
夕焼けの水は美しい色に染まり、漬けてあった魚の味が染みてまろやかである。果実酒を配っていたところ、上空から激しい物音がして。風呂に入っていたはずの神鳥――――立派な男の象徴をぶら下げた興奮状態の友人が、まさかの仁王立ちである。
しーん、と静まり返るのも無理はない。
二の句が継げず、耳長の長はまごついた。
性別不肖(不明)は神人の恩寵を賜る。
愛を紡がれ、囁かれてこの上ない幸運を得られた神人の番はますます美しくなり、伴侶のために愛を謳う。月の女神も微笑み、永遠の祝福を与えるそうな。
羽の生えた麗しき一族にもその神話が連綿と伝えられており、友人は性別のない存在として誕生した。非常に珍しく、神に愛された赤子であった。神鳥の中でも随一の美しさに、生まれた瞬間からちやほやと持ち上げられて神人の伴侶としても大事に育てられてきた。いうなれば世間知らずの鳥である。
その鳥も、昔から性別が決まらない定まらないことに苛立ちを募らせ、神人を恨んだりもしていた。何故迎えに来ない! などと駄々をこねる姿は美少女丸出しで、昔はこの友人にも可愛らしいところがあったものだと思う。神人に選ばれて互いに愛を紡ぐことを夢見ていた友人であったが、一定の年齢になると強制的に性別を選ばされた。性別不肖のまま、定まらないにも関わらず。それは、娶る、あるいは近い将来誰かに娶らされるために。神鳥たちの掟であった。神人が迎えに来ない場合の対処でもある。
泣き暮れる友人。しかし、性別不肖のままに、彼は男として生きる選択をした。
性別を選択しなければならない最後の日、縋るようにして友人は祈っていたが、結局、夢見た伴侶が現れることはなかった。自己申告で性を選ばされるのは、生活するうえで性別が不明なまま大人になるのは本人にとって酷なことだったのだ。男にも女にもなれぬ存在。それはあまりにも異質で、性別を決めねば男女どちらにも疎まれる。不和は村社会にとって打撃である。それを避けるための、神鳥たち、あるいは性別不肖たる当人のための処世術的な措置であった。幸い、彼ら性のない者たちはいずれも喉から手が出るほどの美しさを誇る。神人以外にも、我儘な鳥へ愛を囁く物好きもいるだろう。
例にも洩れず清楚な美しさを持つこの鳥、外見からして女として生きた方がいいのではと言われるたびに激怒していたが。その、昔から性別不肖であることを気にしていた友人の性の行方が、とうとう判明してしまった。決定した、ともいうが。
「嗚呼、マスティガ。やはり、あの女は私の番……、
だから、こんな……!」
「おい、アウフィ、お、大人しくしろ!」
興味深そうに、しかし嬉しそうに己の生えたものを触ろうとする友人にストップをかけ、自分の上着を下半身に巻いてやって、どうにかその身を隠してやった。と、ここでようやく、はっと我に返ったらしい神鳥は、皆が自分の逸物に視線が注がれていたことに気付き、
「あ、ああああ!」
瞬時に真っ赤になり、両手で顔を覆いながら飛び去った。
「お、おい! アウフィ! 勝手にどこかへ行くな!
森から出るなって!」
ぽかーんとしている近所の耳長を放っておき、耳長一族の得意武器である弓矢を抱えて俺は、混乱状態にある神鳥を捕えに行く。
神鳥のみならず。性別不肖の存在は、あらゆる種族にある日突然発生する。
大概は伴侶たるべき神人が現れず結局は物語の中の存在だと諦めて、その見目の良さを惚れられて誰かと夫婦になるのが大半だ。性別がどちらか定まらないゆえに、子供は生まれないが。
それ以外の者は、いつまでたっても迎えにこない伴侶に恨みつらみを吐きながら、独りで死んでいく。たとえば、耳長エルフ。数百年前に誕生し、いつまでたっても迎えに来ない伴侶に恨みつらみを零しながら死んでいった。村一番の妖艶なエルフだったそうな。神話の存在である神人を一途に想い、時折、その耳長エルフの家からはすすり泣きの声が辺りに木霊した。
それほどまでに、性別不肖たる彼らは、たった一人の伝説に心を奪われていた。特に神鳥として生まれたアウフィエルはプライドが高い。我こそは選ばれると嵩を括っているし一途な鳥だ、伴侶以外眼中にない。おまけに弱い。下手したら愛した相手を失った時点で死ぬ。否、遭遇さえ果たしていなかったので正直、男として定まったその時点で奇跡だともまずいことだと思った。
(なんせ友人は貧弱な身で男になってしまった)
せめて神人が男であったのならなあ、とがっかりしなくもない。アウフィの見目は清楚な美しさを誇る。誰もが心奪われる美しさだ、まあ女になったところで夢物語を愛してやまない友人のことだ、どっちの性にしろ伴侶一直線なのは間違いなかった。
「アウフィエル……なんだ、それは」
「む? マスティガ」
友人は白い羽を蠢かし、びくりと総身を震わせた。
ばさばさと騒がしく隠そうとした手元にあるものを覗き込めば、やはり。
「……お前、旅に出るつもりか」
「う」
旅の道具をかき集め、以前手に入れた人間の持ち物である鞄とやらに、小汚い毛布をはじめとして、アウフィエル的に必要だと思われるものが詰め込まれていた。恥ずかしさのあまり、与えられた神鳥専用の部屋で引きこもっているのは分かっていたが、静かすぎて心配して見に来てみれば、とんでもないことだった。男になったところで、貧弱な鳥なのは変わらない。勝手に旅にでて人間たちに好き勝手にされる未来が手に取るように見えるようだ。
ふう、と思わずため息をつくマスティガに、友であり世話になっていた神鳥はびくびくと耳長の顔色を伺うようにして下から見上げてきた。
「すまない……、だが、あの女に……会いたいんだ」
番いを求めるのは、本能である。
ましてや、あれは普通の人間ではない、と語るアウフィエルの言う通り。確かに、聞く限りでは言動は明らかにおかしい人間のようだった。ただ、毒も痺れ薬も入っていない食べ物を準備して置いてあるという辺りで、少しだけまともそうな人間である、ということをなんとはなしに察したが。
(そのようなマトモな人間は、もはや絶滅したと思っていた)
それがアウフィエルの性別を決めてしまうほどの存在であったとは。
嘆息まじりに問う。
「アウフィ、お前の言うあの女は……、
神人、なのか?」
頭を横に振る友人。
「まさか!
もしかしたら、別の……人かもしれないじゃないか……」
アウフィエルは必死に否定していたが。その顔はしまりがなかった。言うなれば、恋する乙女のような……、目元を染め、もごもとと唇を蠢かし。青い瞳は潤んでいる。ばささと背に生える白い羽をざわめかせて、会うたびにうるさくてかなわない。おまけに羽が飛び散って鼻がムズムズする。
(ははあ……恋した鳥というものは、
こうも如実にわかりやすいものなのか)
性別が定まった神鳥は、滑稽過ぎて酷いものであった。あちこち飛び回り、捕まえるのに苦労したが部屋の隅で恥ずかしさのあまり震えている友人に、
「男を選択して生きてきたんだから」
と言っておくと、とりあえず納得はしてくれたが。
恋する鳥は、伴侶を待ち続けることを止めたようだ。
「マスティガ。
今まで、世話になったな。
すまない……、私は、伝承通りに待つのは嫌だ。
迎えに行く。あの女に会って、そして……、名前を教えてもらうんだ」
ぐっと拳を構える羽を持つ神鳥。
なんとも勇ましいが、彼はこの大陸で唯一といっていいかもしれない、神鳥である。
大きなため息をついた俺は、アウフィの覚悟を決めた凛とした顔を見据え。
「分かった。なら、俺も行こう」
「な、」
意外であったらしい、驚いている。
「先に言うが、お前に拒否権はないからな。
お前に何かがあったら、俺はアウフィエルの家族に顔向けができない」
言うや、辛そうに俯く友人。はらり、と長い金の髪が一束、彼の横顔から垂れ下がった。
神鳥連中とは、昔からの付き合いがあった。彼らの忘れ形見をむざむざ人間に奪われる訳にもいかない。
「性別が決まったら、アウフィは子孫を残せる。
その女が人間、ってとこが唯一の気がかりだが……。
直接会ってみて……お前に相応しい伴侶であれば……、
仕方ないから、この耳長の長である俺がお前たちを
娶らせて祝福してやろう!
月の女神も喜んでくださる……、」
「は……?」
「勿論、耳長の村に住めよ。ここ、いい所だろう?
いやー、アウフィによく似た子供がいっぱい誕生するとなお良いな。
賑やかになる。確か神鳥は、子だくさん、な種族だったか?」
「な、ま、ままま、マスティガ!」
じわじわと想像を強めていったものらしい、友人は茹でた顔のようになってしまった。
「おいおい、やめろ、叩いてくるなって。しかも羽で」
ばさばさと叩きつけてくる羽の先は地味に痛い。
だが、一縷の希望は見えていた。
その希望を携え旅をして。
見付けた先に、妙に慣れ慣れしく女によしかかる男がいたなんて。少年とはいえ、その目は明らかにアウフィと似た情を孕んでいた。アウフィが怒っている。
「耳猫……!」
黄金色の髪を持ち、金色の瞳。そして見たことのない褐色の肌色。神秘的な顔立ちは美しさという点においては友人びいき込みでアウフィの方が上ではあったが、彼は彼で将来、美丈夫になりそうな外見であった。
(まさか、隣の大陸の。王の一族……か?)
慎重に進む。
アウフィには人間の前に決して出るなと言い、ついて回るよう、森の声が分かる範囲で居て貰っているが……、恋に恋するような初心な神鳥だ、いつ飛び出してくるかわかったもんじゃない。
矢をつがえる。
躊躇っていたが、もはやその時は無かった。
(……はあ、あの少年が人間の女と番になっていなければいいがなあ)
哀れにも、泣き崩れるアウフィエルの姿が脳裏に浮かぶ。
「その魔法は使ってはならない」
呟けば、森の賢者が呼応して人間の女の耳元へ届けられた。
危険な魔法だ、まさか本当に神人かも、なんて懸念するほどには、あの女の身体からは恐ろしいほどの可能性と畏怖を感じた。
矢じりをあの男に。魔法使いを支配下においていた、的の大きそうなほうへ向けた。放つ。
きい、と弦が鳴いて走る音。立て続けにもう一本。
「ちっ」
二本目はあのとんがり帽子を串刺しにするために放ったが、軽く避けられた上に、大柄な男を盾にしてにやりと笑ってきやがった。
(味方を肉の盾にするとは。やはり、人間は恐ろしい)
ぞくりとした。




