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二十八話

 言葉を尽くした。

最前線はルキゼが想像する以上に、惨い光景が広がっているはず。少年の心に刻まれて良いものではない。奴隷狩りの憂き目にも遭遇してきたのだ、私のような絶望を得て欲しくはない。

 (私も、私自身に……がっかりしている)

 同じ人間のくせして、同種の人間を助けやしない。

少なくとも、積極的ではない。私はを弁えている。ただでさえその日暮らしの女の独り身、人を助ける前に我がふり直せ。個人の魔法があったところで、すべてを変えるほどではない。精々、あのお屋敷中心に風を巻き起こすぐらいだ、あれだけで身体が悲鳴を上げるのだから積極的に試したいとは思わない。

 通り過ぎてきた、過去の思い出。

親が兵士だった子を求めて捜し歩いていた街並み、敵から奪ったと思わしき豪奢な金銀細工を売買する露天商、折れた剣を抱えて街角で居眠りをする老いた傭兵。肌に付着した焼き印は見事だが、青ざめ項垂れる隣国の奴隷たち。

 いずれも、私が平和を享受していた国では信じられない出来事だった。

だけど、こうも思うのだ。

 (誰かが人知れず戦っているからこそ……、

  のんびりと暮らせたのだと)

 どこかで紛争が起きるのは、確かに欲がある。

たとえば、石油。もし、あの油がなければ農業だって漁業だって、物を地方の隅々にまで運べなくなるだろうし、土地が狭いということはそれだけデメリットだ。そう、住む場所や物を育てる土地だって制限が出る。北の国も南の国も。互いのどこか、越えてはならないラインを踏み争っている。それは理屈ではなく感情の面でも。

 何故戦い合うのかといえば。

弱肉強食、ともいえる。猫耳の住む大陸が獣耳ばかりがひしめく場所だというのなら、彼らは人間に勝利したのだ。戦わず負けることもあるだろうが、それは人間が動物ではないという証にも感じられるけれども、やはり勝手に痛めつけられるものはこたえる。だから、自分の身を守る。そして相手を倒す。それもまた、ひとつの選択であり。

 だが、戦うことを忘れた生き物が歴史上、生き残ってきたかといえば歴史が証明している。

 (この少年は、人間の、それも私の我儘に付き合わせる必要はない)

そのことである。もう、私と共に居てはならない。

 (これ以上、一緒にいたら……) 


 「ルキゼ……」


 私は、他にも彼を説得できないかと考えを巡らし、溢れんばかりの生活雑貨を積んだ幌馬車を過ぎるが、猫耳はフードを被ったまま真っ直ぐに歩いていく。私は引っ張られ、なすがまま。

 

 「ボクは帰らない。

  ボクを置いて、どこかへ行くつもり?

  そんなの嫌だからね」

 「え」

 「ボクは奴隷だ。どこまでもボクのモノについていく。

  唯一のモノ」

 

 繋いでいるルキゼの手の握力が強まる。


 「ボクは、君のモノだ。

  そして君は、ボクのモノ」

 

腰にある魔術書が急に気になった。軽くなったそれは、確かに私の魔法を発動させるために必要な物。


 「君がどれだけ嫌だって言っても、ボクが側にいるから。

  だから、泣かなくていいよ?」

 「は……」


自由になるほうの指で顔を這わせば、確かに。跡があった。


 「気付かなかったの?」


 ようやく私を見返し、問われれてみれば。

 (そうか……私は、悲しんでいた)

 納得するしかない。

繋がる手の温かさが、私を解していた。色んな人との出会いが、私を変えていった。しかし、ずっと意固地にも冷静にならねば死ぬとも分かっていた。だから、どれだけの理不尽にも耐えられる危機意識を持つことが肝要だった。

 




 ずいぶんと奥深いところまでやってきたものだ、周囲はまるで木である。見上げれば見上げるほどに、大木たちに覗かれている気分だ。喧騒もだいぶ遠のいて響いて聞こえる。南の国と通じる大道へ戻るには三十分以上は歩かねば戻れない。

 人気のない場所までやって来た。

しばらくずっと繋いで歩き、ルキゼがその手を離した所は森の奥の少しだけ、開けたところ。注がれる光がまるで美しく、スポットライトのように切り株があらかじめセッティングされていたかようにそこにある。座れそうだ。

 (くたびれた)

 ルキゼも同じ思いを抱いたものらしく辺りを警戒したあと腰を下ろした。私も、一呼吸おいて隣に。

 歩くのは慣れたものである。ただ猫耳はずっと顔を隠しての旅であったから、こういう人の目の届かないところでしかフードを外せない。褐色の指を己の襟ぐりから入れ込み、

 

 「ふう」


 ばさり、と下ろされた黄金色の髪が眩しい。

空いた天から降り注がれる光に輝いている。しかし、乱れていた。手ぐしで少々直してやると、彼は非常に満足げな顔をして私に引っ付いた。解放感が心地良いらしい、頭にちょんと生えた猫耳がぴくくと蠢く。

 

 「どうして、ルキゼ」 

 「ん?」

 「どうして、私から旅立とうしない?」


離れないのと尋ねるや、その猫耳どこか痒いところでもあるのか私の腕に擦り付けながら、


 「うーん……、奴隷にされたってこともあるけど、」


 にしては積極的だったが。柔らかな黄金色が私の腕に当たる。


 「ボクはね、この人間の住む大陸に来てみたかったんだよ」

 「え?」


ふふ、と笑いながら、ますます彼は私の腕に寄りかかる。

そして覗き込むようにして口開く。


 「だって、そうでしょ?

  人間だけが住むって。

  ボクの大陸では人間は奴隷なんだよ。

  でもね、ここまでこの大陸では奴隷をひどく扱うなんて、

  ボクは知らなかった」

 

 なるほど。

ルキゼの住む土地では、人間は奴隷として扱われている。その情報は正しかった。しかし話を聞く限りでは奴隷狩りがいるほど奴隷に飢えている訳ではない、どちらかというと人間=奴隷という、ただの識別みたいなものな感じがした。いうなれば、二番目。二等市民、とか。二等国民。

 獣耳たちが一番上の地位にあり、人間たちがその下につく。


 「ボクにとって奴隷たちは、とても楽しそうに仕事をしてる人たちだよ。

  なんでか分からないけど、ボクたちの容姿を好んでいて、

  ボクたちと結婚することが誉とか幸せとか言うらしいよ」

 「へぇ……」


 どうやら、私の認識とはまた違うものらしい。

 (道理であんなにあっさりと奴隷を)

 しかも、獣耳が大好きであるらしい。

 (まあ……見た目は、良いもんね)

 ルキゼだけがそうかもしれないが。しかし、その愛らしい顔立ちは猫可愛がりしたくなる類ではある。褐色鎖骨にはややも目立つ赤い首輪を持ち上げながら、金色の髪をさらりと揺らすルキゼ。


 「この大陸では、なんでか人間に追われてばかりで、

  暴力振るわれそうになってたから叩きのめしてやった。

  最初に、このボクに不意打ちを喰らわせられたのは……、

  まあ、獣耳一族の裏切り者だったけど」


 ずいぶんと酷い目にあってきたようだった。


 「そいつのお蔭でボクは君と会えたともいえるから……、

  けど、人間はボクに攻撃できないよ。弱いもん。

  だから、言うような人間が嫌いとかそういった感情は、

  ボクには薄いかもしれない」

 「そ、うなの」

 「うん。

  それに……、」

 「それに?」

 「ボクには父様がいて。

  父様はね、よくよく寝っ転がってて、君みたいに日向ぼっこする

  猫耳なんだけど、毎日口癖のように暇って言うくせに。

  人間が大好きで、人間と戦うのが趣味なんだ」

 「へ、」

 「ボクの大陸では、人間はもう数が少ない。

  この大陸のような戦い好きはもう、ほとんどいなくなっちゃった。

  だから、父様は戦いたくて戦いたくてウズウズしてるから……、

  もし、こっちに来る手段があれば、好きなように暴れるだろうなあ」


 なんだか、ルキゼの話はどれもこれも驚きでしかなかった。

びっくりしている私をしり目に、ルキゼ。


 「だから、ボクは人間大好きだよ?

  特に、君は。

  ボクのモノだもん」


 何故、その結論に? と問うが、


 「さあ?」


 首を傾げるばかりだった。きょとんとしているけれど。


 「でも、ボクはずっと君を求めてたみたいだよ」


人たらし、いや、人間たらしな言葉をその将来待望な顔で言うのだから、なんとも私は二の句を告げることができなかった。

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