二十七話
残酷な描写があります。
鈍いルキゼの腕を引っ張りながら、足も口も動かす。
「……たとえば、奴隷狩りなんかも増えるかもしれない。
奴らはハイエナのように集まってくるから」
「ハイエナ?」
「死体を食べる雑食の獣」
言うや、うえっとした表情を見せるルキゼ。
「……奴隷狩りの酷いところは、人権を無視するところよ。
私も、奴隷狩りの憂き目にあったことがある」
当時のことを思い出し、ため息をつく。
「いきなり捕まって。あれよあれよという間に馬車に入れられて。
当然私は怖くて泣き喚く。すると、殴られるの。
痛かったな……」
女子供を中心に捕える奴隷狩りだったようで、馬車の中は自分と似たような者たちばかりだった。彼女たちも初めは私のように喚いたが、同じように殴られていた。暴力を振るうことによって大人しくさせる意図があるんだろう。大の男が三人そろって力を振るってくるのだ、大概の女は静かにするしか身を守るすべはない。中には果敢にも立ち向かおうとする女性もいるにはいたが、奴隷狩りたちは手練れで極悪だった。商品にならないものはどうでもいいとばかりに、見るに耐えない暴力を与えたのち、ボロボロな彼女を打ち捨てた。あの時の人を殴る音が、女性の悲鳴が忘れられない。混乱しているのは私だけじゃなく、馬車の中で縮こまっている他の人たちも同様だった。ああすることによって、捕えた商品たるモノを怯えさせ、恐怖で縛り付けていたんだろう。
「奴隷狩りは、強盗もしてた。
人だけじゃなく物も刈り取っていた。
その中に、ひとつ。あったの。魔術書が」
ぎゅっと唇を真一文字にしているルキゼに、どうやって私がそこから逃げ出せたかの説明をする。
「私は幸いにして、魔法を扱うことができた。
これよ、まさに」
猫耳に風を巻き起こす魔術書を腰にあったそれをぽん、と叩いてやれば、ちょっとだけルキゼの表情も明るくなった。
「そっか、それで……」
「なんとか、奴隷狩りたちをぶちのめし、と言いたいところだけど。
魔法が勝手に発動しちゃってね……、
逃げ惑う人たちを追いかける奴隷狩りたちの目が離れた隙に、
なんとか逃げたのよ。だって、魔法だって分からなかったもの。それに……、
私が使ったんだと私自身、理解できてなかった」
当時は、何もかもが混乱の極致だったといえよう。
「あの人たちが、逃げ切れていればいいんだけどね……」
ルキゼは、そんな私を見上げながら言う。
「後悔、してるの?」
「え?」
「昔のこと」
訊ねられ、逡巡する。
「そうだね……、」
つい、本音を。
「もっと、親に優しく、友達に親しく。兄弟には仲良く。
していれば良かった、思い出をいっぱい作っていたら。
通り過ぎた人たちに、出来うる限りのことをしてやれたら良かったとは思う」
助けられたら、そうしたい。
けど、奴隷狩りに刃向うなんて恐ろしいこと。当時の私は出来なかった。魔法を使ったという自覚もなかったし、本やその場にある盗品を抱えて逃げるしか。私に出来ることはなかった。
同じく奴隷狩りの憂き目にあった人たちも、我先にと逃走していたし。
頭を振り、温かだった記憶を振り払う。
「奴隷狩りたちが、私ではなく……別の人間へ行きますように、なんて。
思って、逃げ回っていたなんて……、
酷い奴だよ、私は。
私……いつも後悔している。反省すべきものは多すぎる。
ルキゼ、人間は、悪いことをしながら、生きているけど。
良いこともしながら生きていたりもする。
片っ方だけをしてる人なんて、そうはいないよ。
皆、自分を善良だと思っている。でないと、息苦しいもの。
……できれば、そうしたいと私も願うよ。ねぇ、そう思うのが人間だ」
話はそれだけに留まらない。
「ルキゼは、家族がいるんでしょう?」
「うん」
「帰りたくないの?
私は、帰りたいよ」
いつの間にか、私を引く手が逆になった。ルキゼが、私の手を握り、歩いている。
「帰りたい……、でも、どこにもその切っ掛けがないよ。
私……、無理なんだよ、罰が当たったんだ。
私が、こんな人間だから……、人に優しくできない人間だから、
こんなとんでもない処に居ろって神様に罰せられたんだよ、
私……悪いことしてないと思っていたんだけれど。
もしかしたら、他人からしてみたら、
十分に悪いことを仕出かしたのかもしれない」
ぎゅっと掴まれるルキゼの手は、温かい。
「ルキゼ……、私、戦争だって見たことがある。
しばらく旅をして……、奴隷狩りから奪ったものを売り払って、
でも、それでも下に見られただろうけど。
それでもなんとかお金を手に入れて。
恰好も旅人らしいものに見よう見まねで工夫して。
魔術書だって判明したのは、売り払うときだったけれど。
あまりにも使い手を選ぶものだと知って。
魔法を使う練習を、一人でびくびくと森の中、
人気のないところでしてさ……奴隷狩りにも敏感になって。
怖い思いをもう二度としたくはなかったから、
なるたけ安全な道を進んだよ。そりゃあ、無茶はしてきたけど、
そうして、長く、長く旅をしてきた。
お金を得るために、やりたくない人殺しだってした。
だって、そうでしょう?
私、他にお金を稼ぐ手段がないんだもの。
私のような身寄りのない人間が、
他に食べていける仕事なんて奴隷になるか、
奴隷よりも安値で働く場末の娼婦ぐらいだ」
まさか、家がないどころか、その日の食べ物にさえ困窮するなんて露ほどにも思わなかった頃。
「腐ったものをが捨てられるのは都会。物が豊富にあるからね。
腐りかけのものを見て、食べるべきかどうか、
悩まなくちゃならないなんて嫌なものだった。
小さな蛆がたかってたりしてね。
観察すればするほど、気持ち悪かった。
でもお腹が痛くて、食べなければ……、けど、食べたら食べたで、
やっぱり吐くんだよね。気持ち悪くって。
料理は目で楽しむ面もあるってこと、忘れてた」
惨めだった。
人間、やはり社会的な生き物だった。それも、独りで生きて逝く、そのためには熟成した社会が必要だった。それをまざまざと思い知らされた。
「仲間を、と思ったことはある。
でも……裏切られたことは何回かあったな。
一緒に働いて同じ給金を貰ったはずなのに、私だけ少なかったり、
相棒だと信じた人が全部奪っていなくなっていたり。
魔法使いだからか、
私から魔術書を取り上げるようなことはしなかったけれど」
多分、舐められていた部分もあったんだろう。
そういうずるがしこい人間は幾人もこの世にはびこっていて。私が攻撃しないことを笑いながら、立ち去る人がほとんどだった。魔術書を奪わなかったのは、せめてもの情けだったのかもしれない。
「ただ単に、魔法が怖くていじらなかっただけ、
の可能性のほうが高い、かな」
第五次戦争は酷かった。
「人が、人を踏みつぶす。
とげとげの尖った先をぶら下げる馬車で、
並んで畑を耕すみたいにして……鳥肌が立つ。
……見たくない光景よ、ねぇルキゼ」
猫耳少年の手を引っ張り、私は彼の足を止めた。
「帰らないの?」
今なら、間に合うよ。絶望を目の当たりにしなくて済む。
「私は咎めない。あなたは、私の奴隷だけれど。
私の奴隷である以上、他人のモノにはならない。
逃げても、私は追いかけない」




