二十五話
ルキゼに指輪を見せてやると彼はその鼻を近づかせてフンフンと匂いを嗅ぎ、
「どうしたの、これ。
今までこんな匂いしなかったのに……」
小首を傾げて黄金色の毛先を揺らした。
「もしかして、誰かから貰ったの?」
「うん」
「……え?」
教えるや、驚愕の表情を浮かべた。
「何それ!」
「まあそうだよね」
おまけに勝手に戻ってくるのだ、なんという錬金術。
(そう考えてみると、とてもじゃないが厄介な代物だ)
離れたくても、離れられないなんて。指輪を睨みつけながらも器用に唸る猫耳。
「……そんなに嫌?」
「嫌だ。
ボクのモノじゃないモノを、持っているなんて。
捨ててよ!」
「あ」
指輪を払い落とされ、貴金属がベッドから転がって跳ねる音がした。ぐん、と飛び上がったそれは、床に再び着地し、しゅーっと横へスライド、ミランダの寝ていたカラのベッドの下に潜り込んでしまった。
「あらら」
私は呆れながらも鞄を手元に引き寄せ、ふんぞり返るルキゼを見ながらにやりと笑う。私を見続ける猫耳の顔が強張る。案の定、あった。指の先にコツと当たる、小さな装飾品。まるで手品師のおっさんのようだ。きっと、私も彼と同じ気持ちであるに違いない。得意げに見せてやる。
「ほら、戻ってきたー」
「何それ! ヤだ!」
(一応、コレ格式ある紋章入りなんだけどなあ)
まあいいか。
猫耳少年によって貶された指輪、気に入らなさすぎて駄目らしい。
詰め寄られた。
「ボク、捨ててきてあげようか?」
「いや、多分捨てても戻ってくるよ」
「ええー? 谷の奥底に埋めて岩でも積んで、
竜骨でも上にちょこんと置いておけば、
誰も掘り返そうとしない。二度と戻ってこないよ、大丈夫!」
「……すごい斬新な捨て方だね」
褐色の手の平が差し出された。
「ボク、捨てるよ? 本気で」
早く出せと催促されるが、そういう訳にはいかない。
「駄目駄目。これ、使い道あるから」
「……使い道?」
「そ。使い道がね。
奥様はもう、お金がないからね。
私への給金も本当は払いたくはないというよりかは、
払えないのかもしれない。
まあ……最低限を下回る人数で館を回して食事だけは欠かさず
出しているのだから……、
本当に、使用人への気遣いは元から凄かったのよね」
そういう面は。
見栄を張ってるだけ、ともいえるが。むぅ、と頬を膨らませるルキゼ。
「だから私は、これを使って交渉するの。
お給料はちょっとでいい、減給されたって」
あ、でもちょっとは貰うつもりなんだ、なんて宣う猫耳の間をチョップした。
業突く張りの奥様のことだ、
「あら、こんなお宝。
あなた、持ってたのね、なんて言うに決まってる」
「あら、洒落た指輪ね。
こんなものを持っていたなんて。誰かの形見かしらん」
「いえ、貰ったものです」
「まあ!
リア、あなたにも好い人がいたのね。知らなかったわ」
「いえ、決してそういった関係ではありませんでしたが」
「いいのよ!」
うふふ、と不気味な笑みをしてみせる奥様。怖気が走るが、続く恋愛談義に辟易とした。
「ふふ、で、どういった人だったの? 歳恰好は?
ああ、リアならそうね、だいぶ歳のいった人でしょう?
あなた、体つきが芳しくないものね。
若い女しか興味のない男っているもの。
ミランダほどみっともない肉付きではないけれど、
少しは脂肪がついたほうがいいわ」
長い。凄く厄介だ。そのうち今までの恋愛遍歴とかにまで講釈されても困るので、話をぶった切った。
「奥様。その指輪を、今までの前借の返済としてください。
奥様ならば、高く売り払えるはず。
そして、新たな護衛を雇ってください」
「ええ。そうね、このぐらいだと……、ふふ。
まあ、よろしいでしょう。
リア、お疲れ様。あなたの代わりが出来次第、そうね、
明日にも出て行っていいわよ。
……もうこれ以上、あなたを雇う気にもならない」
「……はい。
今まで、ありがとうございました」
「健闘を祈るわ、リア」
ふふ、と怪しげに笑う奥様。
唇を歪め、目の端を少々歪めているのだ。私のことはすでに嫌い、という感情でもって理由をつけていずれは排除するつもりではあったんだろう。
その日のうちに売り払われた指輪。
恐らくだが、相当な値打ちだったんだろう、代わりの護衛がすぐに見付かった。暴れん坊の魔法使いがいなくなるからその代りの仕事をしてくれと頼まれたんだろう。魔法使いと顔を合わせたくないであろうから、というのもあって、当日護衛がやって来る前に、私が出ていくことが知れ渡った。長年メイドをしていたメイド長を始めとして、使用人たちのほとんどが主に猫耳のために玄関ホールへ集まっていた。
「ああ、この猫ちゃんともう会えないなんて!」
猫派が多数を占めていたらしい、男爵家の癒しが! なんてセリフもあちこちから拾う。なんてことだ、ルキゼ、あんたいつのまにアイドルやってたんだ、なんて褐色肌の頬を横目で見やれば、ぴゃっと私の後ろに隠れた。こんな時にも姿を消すのか。しかし、その手は少し震えている。やっぱり、この館にも懐いていたようだった。メイドの一人が、私の影にいる猫耳に声をかける。
「ルキゼ、さ、お菓子。
ご主人様にちゃんと仕えて捨てられないようにしなさいよ」
恐る恐る顔を出した奴隷獣、そっと両腕をさし出し受け取ってこくりと頷いた。
私からしてみると、ルキゼの後頭部の猫耳がぴくぴく動いていて表情はからっきしで分からないけれど、メイドをはじめとして。プロメイドなんて、エプロンで顔を覆って。皆が皆、驚いた表情を浮かべた。
「おおお、ね、猫ちゃんのふにゃりとした……笑顔っ!」
むせび泣いている。
おんおん泣いている集団のさ中で恐縮だが――――私にはおざなりで、この猫耳に対するこの熱いパッションはなんなんだろうと途方に暮れる。
(短い期間でしかなかったのに……)
この猫耳、意外と人心掌握術を持ち得ているんだろうか、とその妙に逞しい後姿を見詰める。
ふわ、と白い息が口から零れる。
「はー……今日は寒い」
同じく、ルキゼも口から吐息を細く出し、爺様の真似! と言う。
けれど、
「くしゅん!」
「さすがに冷えるか」
鼻をすすりながら私の傍から離れない、赤い首輪の少年。
顔やその耳があまりにも特徴的だからフードを被ってもらっているが、ここ最近の首都の冷え込みにはついていけていないようだった。私は残額を脳内ではじき出す。
(まあ……ひとつ、くらいは)
そう思い、本来、私用に購入するつもりだった防寒具を手に入れようと、店に立ち寄る。
「すみません」
そこで、落ち着きがないルキゼの手が私の背にくっついているうちに、色を選び。
フードを被ったままの猫耳少年の首に回した。それは、マフラー。
「これ、」
「温かいでしょう?」
「……うん」
何回も首にかけてやったために輪っこができている。その隙間に指を入れ込み、ぼうっとしている間に計算をし、未だに立ち尽くしたままの猫耳の片手をマフラーから外してやって手をつなぐ。ぎゅっと力を籠めてやれば、同じく返してきた。
(こうして繋いでおかないと、私が迷子になったときが大変)
どちらかというと、人の出が多い場所をこれから進まねばならないので、その時困惑するのは私である。なんせ、ルキゼは素早い移動を得意とする。もし私と間違ってはぐれても、彼はちゃんと私を見つけ出すだろうが、私を探すために駆ける際、そのフードを外してしまいかねない危険性があった。そのまま走り続け、家族のいるであろう大陸まで逃げてもらいたいが。
「温かい……」
斜め後方からのルキゼのほんわかとした言葉は、妙に私の心をざわつかせた。




