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二十四話

 ミランダが売り払われるのは可能性としては高かった。その行き先は最前線。兵士たちの慰み者として働く、ということなんだろう。娼館の主たちは使い捨てのごとく奴隷たちの若かりし肉の花を摘み、当たり前のように捨ててきた。そのサイクルが早まっている?

 

 「もしかしたら、洗濯メイドの道もあるかもしれないわ」


 ミランダはか細い未来を掴もうとしている。

しかし、私にはそのような道が果たしてあるんだろうか、と懐疑的だ。


 「ふふ、リア。

  そうしかめっ面にならないの」

 

 ぐっと堪えているのを気付かれている。


 「そう、悪い人生ではなかったわ。リア。

  私は、私が思うがままに生きてきた。

  ただ、ほんのちょこっと、人の思惑に……、

  強要され続けた人生ではあったけれど」


 ほう、とため息をつきながら。ミランダは、少ない荷物をバッグに詰め込んだ。よし、と立ち上がる彼女。歴戦の猛者のように頼もしい姿だ。


 「リア、」


 彼女は、ずっと俯いたままの私の頭を撫でてくれた。


 「よしよし」





 (人の善意を喰い潰し、消費する世界)

私はこの世界を、路銀を稼いで旅をして、生きてきた。

たくさん、死にたいと思った。

けれど、そのたびに、ミランダのような人がいて。私に色々なことを教えてくれた。感情とか。能面のように感情をあまり表に出さない私を、彼らはなにくれと構ってくれた。中には悪戯をしてくる奴らもいたけれど、そういう奴には魔法をぶっ放して追い払う。爽快、というよりかは。ただ、力が無ければ蹂躙される環境なのだと思い知らされ、苦虫を潰す心地に浸る。

 (魔法も何もない人たちは……、

  奴隷として、生きているんだろうな)

そう思わせてしまうほどに、この世界は持たない者たちに厳しい社会であった。国家というものは存在している。ただ、最低限のセーフティネットがなく、餓死したくなければ奴隷になるしか道がない、保証なんてものは存在しない、なんとも。やるせのない世界だ。宗教はない。あるとしたら、昔ながらの民謡や小話、そういった類だ。精霊信仰のようなものもあるらしい、そういった話には必ずといっていいほど翼ある人たち。すなわち、神鳥や神人が現れる。私がもぐりこんだ大図書館の書物にも、彼らは姿をみせる。建国にもその美しい羽を動かし、人と人ではない人の安寧を祈ったんだろう。

 (もはや、後戻りはできないほどに……)

 北の国は疲弊している。

一般の人たちが一攫千金を夢見て貴族の館を襲い、逃げられる金を持つ人たちが北の国から先へと我先に逃げ出すように。

 (さて、私は……、どこへ旅立てばいいのだろう)

 ぐるぐると巡る頭の中。

いつもなら私は逃げる。ルキゼに言われるまでもなく、火の粉が舞うであろう首都にいつまでもいる義理はない。ただ……、

何度も顔を合わせた彼女、ミランダの行く末が気がかりだった。





 ミランダは、奴隷商人から派遣されたらしい屈強な男たちに連れて行かれた。

馬車にぺいと入れられてる姿、まさしく馬か牛のようだった。悪いが、私にはそう見受けられる。何故、平然とした顔でいるんだろう。私には不思議でならない。片手を大きく振って笑ってさえいるのだ。

 

 「リア、ばいばい、

  猫耳ちゃんも。ルキゼも、さようなら!」


 他にも何人か乗せられているのがいる。男もいるが、彼は多分別の補給なのかもしれない。最前線で真っ先に駆り出されるのは奴隷だし。見目が良くて気に入られれば、まあ……、あまり想像したくはないが、人が人でなくなるのだ、そういった空気は狂気。そうとしか言いようがない、どんな悪意も如実にやってしまうのだ、人間の箍といういものが外れる。

 ぎゅっと私の後ろでしがみつくルキゼ。


 「……いいの?」

 「何が」

 「あんな奴らに、ミランダ、連れて行かれて。

  取り返さないの?」

 「出来るなら……そうしたよ」


 私はただのしがない護衛だ。ヒーローではない。


 「けれど、所有権は奥様にあった。

  奴隷の証は、強いものだよ。分かっているでしょ、ルキゼ」

 「……うん。

  ボクは、君のものだってすごい感じる」

 

 その褐色の腕によって腹を回され、ぐりぐりとまた背中を頭で押されるが、その赤い首輪のちゃらりとした音もする。

彼ははっきりとそれを理解しながら、私の奴隷となった。多分、私の意図する、この大陸の奴隷狩りへの対抗としての意味を把握していたのかもしれないが、それにしては自由を自分から封じるとは甚だ理解できないことだ。勇気がいることだし、奪われた人権が何に酷使されるか分からないというのに。


 「ボクは、君がいないと嫌だ。

  ……何か、ご飯を食べる前みたいな気持ちになってソワソワする」

 「お腹すいてるの?」 

 「さっきお菓子食べたし!」

 

 ルキゼの憤懣やるせない声がする。


 「でも……、ボクは、ミランダがいないのも嫌なんだ」

 

 ぎゅっと私の腹を強く押し込む細い腕に、私はそっと撫でてやる。慰めるように。


 「……そうだね」


 遠のいていくミランダを乗せた馬車。ぼうっと見続けた。





 私は確かに、自分のために生きてきた。

生き延びるために。

 ミランダは今頃、どこにいるのだろう。

そのようなことを、私はつらつらと考えながら。すっかり立ち直ったプロメイドの立ち働く姿を見た。彼女は人の少ないメイドたちの長として、立派に指示を出し、険悪の仲、ビジネスのような間柄になってしまった私と奥様の間をも取り持ってくれている。

 伊達に長年勤めているだけある、奥様のヒステリーにもあれこれと上手に上げてくれるので、誰もが彼女に凄いと賛辞を送った。しかし、私は知っている。

 時々、私の相部部屋扉の前に立って切ない表情を浮かべていたり。

 アイロン部屋の、その奥にある雑草だらけの庭にいるはずの主を探すような目をするのを。陽気に歌うミランダ。その幻でも見えているんだろうか。泣き出しそうな、笑み。

 多分、彼女だってミランダを救いたかった。





 そっと、私は鞄の中を探る。

すると、やっぱり指輪が。ころりと、転がり込んできた。


「うわ、出た」


私の足りない分を彼は補助してくれているルキゼは、館内を巡回中である。途中、お菓子をいくばくか貰って帰ってくるまでがお約束。あんまり食べると腹出るよ、なんて言うと拗ねるので面倒臭い。

休憩中、相部屋で四肢を投げ出してベッドの住人と化した私は相も変わらずにグダグダと考えていた。しかし、結局はなるようにしかならないと鞄の中を漁った。もしかしたら、急にこの館を出る羽目になるかもしれないと思ったからだ。身辺整理は大事である。その過程で、飛び出てきたのが出戻り指輪。


 「……熟女のみならず、奴隷商人も嫌がるとは……」


 (呪い……)

 普通、こうも戻ってくるなんてことは物理的にもありえない。そもそも、人の背に羽が生えてたり耳が生えていたりするのもおかしいことだが。

 

 「あ」

 

 (もしかして)

ふと思い立ち、薄い中身の魔術書を据えてある腰から取り出し。もう片方の手に指輪を。

ごくり、と生唾を飲みこみつつ、ゆっくりとだが恐る恐る力を籠める。

 じわ、じわと。


 「わお」


指輪の表面に描かれたキラキラとした絵、それは大図書館で見覚えのある紋章。

それが虹色になって輝き、私の目を楽しませた。じわりとした力しか送っていないから、じんわりとしたのどかな光だが。それでも、この指輪に魔法の力によって発動する国家の紋章が描かれているのを認めた。

 ――――この指輪を送りつけた男の、そのすらっとした目元の涼しい横顔が瞼の裏に浮かぶ。


 「……いや、まだ分からない」


 ぐっと指輪と握りしめるや、その光は私の手の中に溢れる。


 「…………ミランダ……」


 私の情けない声だけが相部屋室内に、孤独にも響いた。


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