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十四話

 奴隷を扱うには免許がいる。

現役奴隷のミランダ曰く、そこそこのお金と保証人の身分証明紹介状、それと奴隷にしたい相手を用意して証文所へ向かえば良いのだという。


 「奴隷商人ばかりが屯っていて、気持ち悪い所よ」


 ただ、昔と比べて垢抜けたお役所になったらしい。建物は増改築され、貴族にとっても気後れせずに入れる施設になった、とは男爵夫人であられる奥様の談。


 「出されるお茶は美味しくないのだけれど」


 舌の肥えた奥様がそうおっしゃるのだ、そうなんだろう。





 たまらなく厄介な荷物を捨て去りたいが風呂もお手水さえも離れたがらず、


 「家に帰れ」


 と言っても、その派手な金色髪をぶんぶんと横に振るばかり。相変わらず私の視界からぴゃっと消える。眠るときなんて、部屋の隅で爛々と輝く目を持って暗闇にその黄色い瞳が浮き上がるものだから、ミランダのギャッ、なんてびっくり声にたたき起こされるのが日常茶飯事。

 部屋の隅が好みらしい猫耳のために寝床を整えたが、眠れないものらしい。私がぼんやりと窓辺で日向ぼっこしていると、ぴったりと寄り添うように昼寝をしている。重たい。

 (路銀のために働いていたのに……)

 奴隷を使役するための免許には少なくない額のお金がいる。

さらには更新料、とかいうふざけた定額料金を支払わねばならず、勝手に寄りかかって痺れてきた二の腕も辛い。

 (防寒具……マフラー買う予定だったのになあ)

 ぼんやりと、猫耳がぴくぴくと動いているのを見やる。

そして、つん、と人差し指でさらに突っつけば、さらにぴくぴくと動いて面白い。

 




 男爵家から前借したお給金で、奴隷商人たちが出入りする証文所へと向かう。

確かに、綺麗なクリーム色の建物である。親しみやすい。しかし、さっき回転扉から出てきたおっさんの人相は明らかに人を何人かやっちまいました! なんてイカツい顔でいるし、人間奴隷の女性たちを連れていた。娼館関係者か。

 連行されていく女性らは馬車に乗せられ走り去る停留所は、順番待ちで結構な盛況ぶりである。

人の数も多い。よくよく注視すると、建物は頑丈な石造りで幅広いドーム型の屋根である。それでいて敷地内をぐるりと囲む塀には茨のような檻のようなものが連なっていて、正直、敷地に入るのも躊躇するレベル。まともそうな貴族が召使いを引き連れて証文所へ入っていったとしても、私のような凡人が進むには少々の勇気がいった。そも、見知らぬ異世界のそれも異文化に触れねばならないという現実にビビってた。

 フードを深く被せ、私から離れずにいる猫耳を横目で視認する。

 (……あまり、気にしていないようだ)

 ボクは男発言以来、この獣耳は話をしようとしなかった。

だからか、私だけが独り言を喋るようになってしまった。


 「あんた、これから奴隷登録されちゃうんだけど。

  いいの?

  まぁ……私は金がかかるから、あまりしたくはないんだけど」


 面倒だし。

ただ、男爵夫人のおっしゃりようも確かだ。

 (拾った責任、か)

 私が好んで持ち帰ったものではない。勝手についてきただけ。

けれど、このまま奴隷なのか野良耳なのか分からない魅力的な貴重なる獣に懐かれたままでは、いずれ奴隷狩りの被害にあうのは私だ、と。……獣耳を引き寄せる餌にされるかも、なんて。冗談じゃない。


 「目立つあんたの容姿は、明らかにこの北の国では不釣り合いなんだよ。

  ……前みたいな奴隷狩りに遭いかねないし、

  私だってそのついでとばかりに二次被害を受けてしまいかねない。

  奴隷を奪うのは、この国だけじゃなく、南の国でもご法度。

  殺されてもおかしくないぐらいの重罪だよ」


 ならば、よろしい。

奴隷にして身分を確実にさせろ。

 私は正直言って、ふて腐れていた。

なんでこう、訳の分からないものの面倒をみなければならん。というのもあるが、この猫耳、前借ができる程度には、人間に好かれる外見ではあるのだ。館の使用人たちが鼻を伸ばしているのを何度目の当たりにしたことか。赤ちゃん言葉を使うのもいた。本当に、獣耳は好まれているのだと把握したが、使用人らはあまりお金はないから私から買い受けることはできないだろうし、そもそも、この猫耳、私ばかりにひっついて離れないのでどうにも相手にくっつけさせることが難しい。気まぐれな猫、その本性のままに好んで私に寄りかかってくる。そのうち好きな相手ができれば私はお役御免になるだろうが、それを待ち続けるには路銀が足りないし、もったいない。

 私のどこが気に入ったんだろう。

 こうして、奴隷というとんでもない烙印を受ける場所にも平気でついてくるぐらいには、私の傍を離れたがらない。怖気づいてくれたら万々歳であったが、

 (その猫耳、飾りなのでは?)

 金色の派手な髪色から生まれた猫耳はフクロウの首のようには回らないが、音を集めるのには適しているはずである。それなのに、相槌もうってくれないから私はひとり寂しく、実況中継という名の独り言を呟くばかりだ。


 「ほら、見てごらん。

  奴隷というものを。人間は、奴隷をあんな風に扱うんだ」


 出入りする奴隷たちの苦悶の表情にも少しは気を回してほしいものだが、その金色の瞳ももしや紛い物なのではなかろうか。






 中はリフォームされたおかげか、とてもゆったりとした親切設計だった。高そうな花が高価っぽい花瓶にささっている。ぼったくり料金の奴隷免許の金額を思えば、これぐらいただの些末な投資なんだろう。ゆったりソファに座っているその道のプロっぽい人たちとのコラボレーションがアンニュイだが。

 そそくさと窓口へ向かえば、


 「ではこちらへ」


案内されたそこは連れてきた奴隷候補が他の奴隷のものかどうか、判別するための厚い紙の類があった。狭い個室にある机の上にある細長い紙。スクロール紙。何枚も重ねられたそれに手を伸ばせば良いらしい。


 「さ、まずは雇い主様から」


 言われた通り、そのスクロール紙に平手をのせた。

すると、文字が浮かび上がった。インクもないのに。

 (へぇ)

 そこには、私の名前、リア、が勝手に書き込まれた。

私はこの世界の言語が把握できる、こういう書類ものに不利でないのは非常に便利だ。

スクロール紙全体が別の色に染まる。こうして使用されたものだと判別できるようカラーリングがされるようだ。自動的に。


 「面白いですね」


 係の人に感想を伝えると、くすりと笑い。


 「ええ。魔術書の前に作られて流通していた代物。

  昔はこれで、魔法という奇跡が行われていたのですよ」

 「ははぁ」

 「といっても、証明だけが唯一の力。私たち一般庶民にはこれが精いっぱい。

  本格の魔法使い様の扱う魔術書ほどの力はありません」


ちらり、と私の腰に備えられている本を見やりながら言われた。

 次に、獣耳。奴も、それに手を差し出すように係の人は告げる。


 「さあ、お次はお連れ様の奴隷候補、あなたです。

  奴隷か否か、他の誰かの所有物かどうかも判別できます」


 私は獣耳の少年に、最後のチャンスを与えようと思った。

もし、このスクロール紙に触れてしまえば、彼は立派な奴隷という身分に貶められる。

 隣にいる、フードを深く被る少年に説得の声をかけようとした、

 が、

 

 「え」


 いない。


 「あっ」


 瞬いている間に、猫耳少年はその身をあっという間に奴隷の証明ともいえるスクロール紙の前に移動させ。腕を伸ばし、五指をつけようとしていた。なんら躊躇なく。

 さぁ、と私は顔面が蒼白になった。腕を伸ばす。


 「ちょ、待ちなさい!」


 慌てて手を離そうと試みたが、間に合わなかった。

 (奴隷というものは、ああだこうだ)(云々)(顔が良ければ、男だってあんな目に遭うんだよ、怖いねぇ)(あんた、分かってるの? 私について回るのはやめなさい。奴隷にされ、所有物にされる)(モノ扱いされたら、どうなると思う。モノは所詮モノ。財産という値段がはられ、使えなくなるまで道具として好き勝手に利用されるのよ)(男娼もいる。あんな小さい子。好事家って、とんでもないわ)(あんたもそんな目に遭わされるかもよ)(帰りなさい)(自分の家に)


 そう、現物の奴隷たちを、ミランダのような太るような奴隷ではない、本物の容赦のない世界を見せて、怖がらせ。奴隷という扱いはどういうことかを伝えて、私から離そうとしていたのである。野良猫だもの、野良に返すばかりだ。

 それなのに、予定が狂った。





 スクロール紙には、名前らしきものが記載されていた。


 「メルキゼデク……」


 くるくると勝手に巻き上がった細長い紙は、巻物となって私の手に預けられた。

無事に奴隷としての免許を手に入れた私は、呆然と立ち尽くしていた。

 フードの猫耳少年の意図がまったくもって理解できなかった。彼がフードの奥でその唇を緩めているのにも気付かずに。


 「おめでとうございます。

  いやぁ、まさか獣耳の奴隷とは!

  久しぶりに目の当たりにしました、雇い主様、ついてますね!」

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