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十三話

 渡そうとしたお菓子を奪い去るようにして掴み、部屋の片隅へ蹲る。

褐色の両手で持ったお菓子を興味深そうに持って、ふんふんと匂いを嗅いでじっくりと観察したあとに一口でパクり。その吊り上り気味の金色の瞳を大きく膨らませ、キラキラと瞬かせた。たちまちに勢いよくぱくぱくと食べ始めた猫耳の……輝かんばかりの金色の髪を持つ金髪金目の子供。口から食べカスがこぼれ落ちるほどに、我武者羅に食べまくっている。よっぽど腹を空かせていたものらしい。

 意外にもベテランメイドは猫大好きな猫派人間であったらしく、掘っ立て小屋の台所片隅に滞在することを許した。そして文字通り薄暗い水回りの影に隠れてひっそりと食べ漁る獣耳族に、テーブルに頬杖ついき、うっとりとした目で小さな猫耳のぴくぴくと動くさまを堪能しながら呟く。


 「可愛い……」


 私は聞き流す術を覚えた。





 獣耳はこの大陸では大層珍しい。

奴隷狩りに遭いかけた奴である、はっきりいって揉め事の気配がした。

 

 「この子、もしかして奴隷かしらん」

 「雇い主から逃げてきたかもしれない」

 「そう、だわね」


 それにはベテランメイドも同意である。伊達に私より世間に揉まれていない。


 「といっても……、

  この子、リアにべったり」

 

 私の服の袖を掴み、じっと私の……何やら首を狙われてる気がしてならない。


 「実はあなたの奴隷なのでは?」

 「……まさか」


 (持った覚えがない)

 視線を向けると目が合って、またぴゃっと。私の視界から逃れるようにして隣に移動している。謎である。謎が瞬間移動をし出かす。思わず魔術書に手を置いてしまいそうになるからやめてほしい。


 「ねぇ、あんた獣耳の一族……」


 派手な金髪から生える猫耳がぴくぴくと蠢き、決して私の言葉が聞こえていないという訳ではなさそう、ではあったんだが。

無言。つん、と顔を真横に向けられた。

 (イラつく前に、虚脱感を覚える)

 訳のわからない泣き虫鳥の次は、気まぐれ猫か。


 「……なんなんだ、いったい……」


 私はじっと、柔らかそうなその頭髪の猫耳のラインをてっぺんから順繰りに見下ろし、その整った横顔をなぞるように見分する。

金色のまつ毛は連なって長いし、肌色は南国にでもいるような褐色肌。白い肌を持つ北の国の人間ではない色合いで非常に目立つ。それでいて大人と子供の間にあるアンバランスさが匂い立つ艶やかさ。将来を期待させる、まさしく奴隷狩りに遭いやすい外見である。

 問題は、

 (果たして、こいつは女なのか、男なのか)

 最近、妙に性別不明な輩に纏われてる気がする。

少女にも見えるし、少年にも見受けられる。

 

 「猫娘?」


 訊ねるや、ぴくり、と三角耳の切っ先を微動させ。

ゆっくりとした緩慢な動作で、私を見上げる。

 爛々と光る瞳の瞳孔が縦であることを知った。

ガラス玉のようなくるりとした双眸に私の顔が写し取られたようで、ドキりとする。


 「……ボクは、男だ」

 「え、男?」


 なんとも幼さ残る凛々しい声。

 そして、目と目が合ったがゆえに、また私の後ろで位置取りをするわけのわからない行動。小動物かお前は。対し、長年メイドとして活躍してきたはずの奥様付きのメイドがぐっと何かを噛み締めるかのような声を我慢したかと思えば、び、美少年、とむせていた。

  




 捨てるにしても、どうも外聞が悪い。長年のプロメイドが様々なお菓子を、それこそ私だって食べたことがないものを与えて喜色の笑みを浮かべてさえいるのだ、下手な振る舞いは私の居場所を失くしかねない。ここは館に帰る支度をしていた男爵夫人に相談することにした。


 「あら、リア。

  あなたどこで拾ってきたの」

 「路地裏です」

 「まあ」


 コロコロと笑いながら、化粧台にて髪をメイドに整えさせている奥様は、そうねぇ、と呟き。


 「ずいぶんと可愛らしい器量好しだこと。

  あなたがいらないというのなら、他の人に差し上げてもよろしくってよ」


奴隷商人に売り払う準備を整えてやっても良い、というありがたいお言葉である。  

 それに気づいたものか、猫耳は私の腰にひしと縋りついた。


 「ちょ、」


 両足がもたつく。急に体重が伸し掛かってくる。

頭一つ分背丈が足りない子供とはいえ、いくら私だって支えきれない。滑稽な姿で踏ん張る私を目の当たりにした奥様、鏡の向こう側でにっこりとほほ笑み、


 「あら、あら。

  これはこれはご愁傷様ね、リア。

  ここまで好かれてるなんて、

  あなたがそれを捨てたところで舞い戻ってくるわね」

 「はあ……」

 「獣耳に人気がある理由、それは人に懐くからよ」


 金色の髪が、苔のように私の横腹に吸い着いている。

ぎゅっと腰に回された両腕は案外に力強くって、私は具合が悪くなった。





 館へ戻っても、拾いものの人気はうなぎのぼりであった。


 「可愛い!」

 「どこで拾ってきたの?」

 「耳! 猫耳!」


 女性陣に餌を与えられてもぴゃっと私の影に隠れる獣耳に、メイドたちは歓声を上げた。

相部屋にいるミランダも、


 「あら愛らしいわね。

  何か食べる?」


 などと。

同じく、餌を与えようとするのでストップをかける。

 ベッドに座る私は、片手を上げて制止した。


 「ミランダ、これ以上はあげたら駄目。

  散々もらったから」

 「あらそう」

 

 不満そうではあったが、私の後ろで懐に抱えているお菓子の山を見て、ああ、と納得いった顔でいてくれた。人のベッドの上で飴玉をいじって眺めている黄水晶の瞳が、これまた輝いていた。


 「それでどうするの、その子」

 「うん……そうなんだよね」


 どこかの奴隷主から逃げ出したというのなら、戻さねば盗人、という扱いになってしまう。

ここは奥様の言に従い、どこぞに厄介払いとして売り払うのが気楽ではあった。責任を熨斗つけて押し付ける。それが最善だ、もう関与はしないという証文ぐらいとってやれるぐらいには、貴重な耳だ。

だが奥様曰く、この獣耳は私に懐いてしまっている状況であるらしい。

 捨てようにも、このように動きが素早く捕まえることさえ困難なほどの身体能力。

可愛らしい顔立ちと、耳の生えた頭はどの好事家にも高く売れるだろうとは言われたが、同時に、


 「獣耳はなかなか、主を変えようとしないわよ。

  売り払おうにも、その獣耳の特徴である素早さや力、獣の能力が、

  リア、あなたを手放さないでしょうね。

  昔っから、そうなのよ。獣耳は。希少価値もあって。

  ふふっ」


 と、奥様に笑われてしまったため、意気消沈していた。

 (路銀を稼ぐために、働いているのに)

 面倒なものまで抱え込んでしまった、とため息をつく。


 「どうどう」


 ミランダは面映ゆそうに、落ち込む私の後ろでじっとしている獣耳の少年を見やりながら、


 「奥様はどうすべきだって?」

 「……なんでも、逃げた獣耳でなければ、奴隷として召し抱えるべきだって。

  拾った以上あなたが飼い主よ、なんて言われた」

 「それで、げんなりとした顔しちゃってるのね。

  ……リア、あなたがそんなしかめっ面してるの久しぶりに見たわ。

  いつもは日向ぼっこして……猫みたいだと思ってたけれど、

  まさか、本物を連れてくるなんて」


 次第に、こみ上げてくるものがあるらしい。大層笑われた。

ちら、と。私は後ろの様子を伺う。

と、猫耳の少年、私の腰骨あたりに額を押し付け、ぐりぐりとし始めた。

餌を食べるのは飽きた様子だ、今度は私の背中で遊ぶことにしたらしい。押し付けられ、前のめりになりそうになる。


 「くっ……」

 「……ぶふっ」


 ミランダ、ますます笑いを深めて腹がよじれたものらしい、両手で顔を覆って天を仰いだ。


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