十二話
あんな風に、人が連れ去られる奴隷狩りは旅路の途中で何度も立ち会ってきた。
私を狙うやつもいたにはいたが、顔を見て、しまった、みたいな風になって立ち去るケースがほとんどだった。奴隷狩りは基本若くて顔立ちの良い、殴れば素直にいうことを聞く娘を求める。そのため、後姿だけ若そうな私を襲撃し、年齢不詳のちんちくりんだが妙に堂が入った人間を目の当たりにすれば、あ、間違えましたとばかりに、
「紛らわしい恰好してるんじゃねーよ!」
なんて捨て台詞を吐くことがほとんどであった。
何とも滑稽で、失敬すぎる奴らであった。まあ、たまに、私のような人間を好む好事家もいるらしいので、
「ちょっとしたはした金にはなるだろ」
とばかりに、腕をとろうとする者もいるにはいる。
そういうときは、魔術書を思う存分使うに限る。
(さて、私は私の仕事をするか)
腰にある魔術書に手の平を滑らせ、意識を集中させる。
さわ、とした風が私を中心に僅かに立ち昇る。不思議なことに、魔法は私を一瞬高揚させる謎の副作用を持ちあわせていた。そして、使えば使うほど、ページが一枚ずつ減っていく。分かりやすい目減り効果を持ちあわせていて、あとどれぐらいで魔法が使えなくなるのかパラメータが単純明快である。
片手を、奴ら三人に焦点を合わせる。
別に平手で向けなくても、人差し指で刺さなくても良い。魔法はイメージ力なのだろう、私の意志に従って勝手に発動してくれる。そして、私の中をぐるりと血の巡りのようにぞくりと何かが通り抜け、突き抜ける。
魔術書の表面にある文字が、キラリと僅かに煌いた。
魔法を発動させる場合、必ず本に触れていなければならない。
どこからともなく、私の前に見えぬエネルギーが急速に膨らむ。
「……な、なんだ!?」
ひと際強い風が、三人組に襲いかかった。
「うあああ、な、なんだっ!」
それぞれ、めいめいに叫び声を上げながら遥か上空へ巻き上げられる。
そして、奴らはさらに遠い山脈の向こう側。雪が降るという北の国最北端へ運ばれる予定だ。
当然、高い場所から落としてやる。死ぬのも生きるのも、紙一重。運が良ければ命が助かる。が、十中八九、死亡するはず。
すっ、と腕を引いてやれば、奴らは上空で回転したあとあっという間に豆粒みたいに遠のいて、叫びながら消えていく。成層圏近くまで飛ばされたなら、息をする以前に、その寒さに耐えられずにまず体が持たないだろう。多分。私は体験していないから分からないが。
ふう、と息をつく。
――――これが長年、私がやってきたやり方のひとつだ。
自然任せにする方法は人の死を目の当たりにしなくて済むのでとても楽な方法である。無論、かまいたちを発生し、相手を思う存分切り刻んでぽい、することもあるが、その日お肉が食べられなくなるのが難点だ。血の匂いもするし、服に血液が付着するとその日一日気持ち悪い思いに苛まれる。
この腰にある魔術書は植物の絵が描かれているくせに、風、の力を催す。
(謎だなあ)
不思議だ。とはいえ、原理を理解できないし、魔法があること自体意味不明なので、使えるものは使うだけ。
(背中に注がれていた目、もなくなったみたいだ)
振り返ると、物静かな路地裏が佇んでいた。
汚れもそのままに、清潔感の欠片も無い、ただの街の郊外。
(私を餌に、すべてまとめて空に放り投げるつもりだったけれど)
魔術書の便利なところは、こうして表紙を撫でているだけで勝手に防御魔法さえも自動的に発動してくれるところだ。押さえつけようとしたり、殺されそうになったとき、空気の防御壁が生じ、まるで自動ドアにぶつかる人みたいなやつらが塊のように出来上がったときは、呆気にとられたものだ。
大概の奴隷狩りどもは、魔法使いを恐れる。
知ってはいるが、まさかそこいらの道を歩いているとは思っていない、高値でなければ動かない貴重な人材であることを男爵夫人は把握していて私を雇っている、それなりに無頼のものには怯えられている。
だから、男爵夫人の私の扱いはある意味宝の持ち腐れ、ではある。
時間は拘束されてしまうが、それなりに働けばまあまあ路銀を稼ぐことができるし、魔法を扱えることは本当に私を救ってくれている。
(さて、)
危険は去ったようだ。
私を見張っていた奴らは私が魔法使いであることを知って慌てふためいて逃げたのであろう、これにてあの男爵夫人の愛人三号……五号……いや、二号だったかは、しばらく無事に暮らせることだろう。なんせ魔法使いを抱える夫人の寵愛を受けているのである、奴隷として連れ去られたら探すのが大変なので別の掘っ立て小屋に引っ越した方がいいと伝えた方がいいかもしれない……そのようなことをつらつらと考え、立ち去ろうとした。
と、誰かの叫びが響いた。
「待って!」
踵を返し、さっさと立ち去ろうと思っていたのに。
呼び止められてるが、
(まあいいや)
と、靴音鳴らして、
(お菓子が待っているので)
立ち去った。
つかつか。
かつかつ。
つかつか。
かつかつ、かっ。
(どうしよう)
今度は別の目玉が私を捉えて離さない。
隠しもしない視線の強さを背中に受け、なんとも言えない気持ちになる。
明らかにこの足音、さっき私が見逃してやったフードの奴である。
さっと振り返れば、物陰にさっと隠れるし。そして、壁際からこそっと顔だけ出して、目と目が合うとぴゃっと隠れる。まるで小動物のようだ。
「……」
小さい姿形ではある。
――――なんだか、なあ。
どんよりとする。あの鳥人のこともそうだが、どうも、最近変なものと遭遇しているようが気がしてならない。ついてない、といったらいいんだろうか……。
頭をかきつつ、今まで通り見逃すべきだとは私は思っていた。
だが、今回はまさかの追跡である。ついてくるとは予想外であった。
(奴隷狩りの被害者は、私が魔法使いだと見やると怯えることのほうが多いが)
前回はそうだった。はて、いつの頃のことだったか……忘れた。
ただ、だいぶ前の記憶だ。
路地裏をすり抜けても頑張ってやってくる一人分の足音に、面倒だなあ、という思いを抱きつつ。
ちゃっちゃと掘っ立て小屋に戻ることにした。
扉をノックすると、ベテランメイドが私を見て、
「あら、お早い」
口の端を緩め、出迎えてくれた。
男爵の奥様がたはもう、ご就寝の模様である。
「さ、お入りなさい。
……ところで、後ろのお連れ様はあなたのものかしら?」
「え?」
見返すと、私の後ろに奴がいた。
「あ」
見やれば、またぴゃっと隠れる。私の背中に。
驚愕した。
「え」
尋常ではない速さで私の後ろをとったのだ、腰にある魔術書に手を差し伸べる暇さえなかった。
冷や汗がたらりと流れ、心臓がばくばくと脈打つ。
(こ、こいつ……)
雇い主ではないとはいえ、長年奥様に仕えてきたメイドの前で私は失態を犯した。
それに私は、ひどく狼狽したのである。私の後ろの服を誰かが引っ張っている。誰かといえば、こいつだ。この、フード野郎の……視界に飛び込んできたのは、フードではない。頭髪だった。
それだけなら問題はなかった。
(え?)
瞬く。私の腕に、何か。動くものがあった。ぴくぴくと。三角形、だろうか。つん、とした鋭角があって微動している。間近で覗けるから分かるがこの獣耳、ちゃんと血液が通っていた。
年かさメイドは、いかにも面映ゆそうに、
「あらあ、あなた、面白いものを見つけてきたわね」
言いながら、その耳を指差す。
私の後ろにいるのは、猫の耳を持つ、小さな獣人だった。




