6・浅宮視点
中庭に良くいる、おっとりとした人間の女から、首輪を受け取った。
初めは美味しそうな匂いにつられて行ってみたら、そこに当たり前のように座っていた人間。
次の日から、俺が来るともわからずに、俺用に害のない材料を使って、お弁当を作ってきたお人よしというか、馬鹿とも言える人間の女だった。
2回目はただの気まぐれで行っただけなんだけどな。
体躯が大きい狼の姿である俺に驚かず、平然と、当たり前のように俺の口元におやつを持った手を近づけてきた、変わった人間。雨の日なんて、態々俺用のタオルを持ってきてたしな。
「変わった印をつけてるな」
廊下から、中庭を見ていたら、首輪を指さされる。
「うるせぇな。ほっとけよ」
「大切なものか?」
「……何の用だよ?」
態々俺の隣に立ったのは、吸血鬼のハーフである奏 光。幼等部の時代からずっと腐れ縁の相手だ。
「中庭の子だろ? 料理の上手な子」
「……」
「その子に忠誠でも誓ったか?」
「人間に忠誠を誓ってどうするんだよ。
寿命な短くなるだけだ」
「……ふぅん。まぁ、そうだけどな」
俺たちは、誰かに忠誠を誓うと、相手の生死に影響を受ける。主が死ねば、下僕も死ぬ。
本気の忠誠を誓う奴なんて、ハーフの間じゃ殆どいない。
ハーフの寿命は300年程と、人間よりは長いが、天地球の住人に比べたら、比べものにならないぐらい短い。それなのに、人間に忠誠を誓えば、寿命が100年以下になる。
「俺たちと縁があるのは人間だけだし、忠誠を誓う相手にそう簡単に出会えるわけがないな」
溜息交じりに、光が呟く。
光は、忠誠を捧げられる相手を探している。
そんな相手に出会えたのなら幸せだという話はよく耳にするが、俺たちハーフには縁がない。
天地球には行ってみたいが、純血種ばかりで圧倒されて終わるだけだろう。
父を見ている俺としては、軽々しく天地球に行ってみたい、とは言えない。
多くは母親の種族が優先されるが、俺の場合は運が良かったのかどうなのか。人狼として生まれたのだから、ある意味稀な存在なのだろう。ハーフの中では、父親が魔族という個体は少ない。
「純血の魔族か。一度会ってみたいよね」
親以外の。と言葉を付け足す光。その気持ちはわからなくもない。
「天地球にはごろごろといるんだろ。どうせ会うなら、純魔族に会ってみたいけどな」
無理だろうけどな。
純魔族の数は少ない、と聞く。
今は魔王様。女王様。その子供と、他には片手で足りる程しかいないと聞いている。
「……無理だろうね。流石に魔王様の一家には」
「そうだな」
想像するだけで、実際に会えるわけもない。
首輪については気まぐれだ。
人化しても、そこまでおかしなデザインでもないし、俺のような容姿なら、着けていても違和感なんてない。何故か、受け取る事にも拒否しなかったしな。
わからないが、これもただの気まぐれだろう。
自分の中でそう結論を出した。
「中庭の人間には関わるなよ。
お前が動くと、他の連中がウルサイ」
吸血鬼の信者は魅了されてしまっているので、狂気化する可能性が高い。
そんな連中に、中庭の人間が絡まれたら……。
想像で思い浮かべただけなのに、その光景が不快だと思った。
たった数回会っただけなのに。