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わんこが来ません。風邪をひいてしまったのでしょうか。
ご飯を食べ終わっても、姿を現しません。
こんな時、名前も何もかもわからないというのは、不便でしかないです。
ハーフの狼さんなので、保健所には連れて行かれていないと思うのですが。首輪はつけていなかったので、何とも言えません。
不安にかられた私は、放課後にある場所に向かいました。
ホームセンターです。
そこで、大型犬用の首輪を買いました。
つけさせてくれないとは思うんですけどね。量産品じゃ尚更ですよね。自宅に戻ったら、オーダーメイドで作りたいんですけど。本当はマジックアイテムなんかにしちゃって。
正体を隠しているので、そんなものはプレゼント出来ないですけどね。
色は赤の、大型犬用の首輪ですが、飾りもついているんですよね。シルバーの毛並みの彼には似合うはずです。
首輪を買った次の日。今日もわんこ用のデザートを作り、待ち構えておりますよ。
とりあえず、ただ待っているだけでも暇を持て余してしまいますからね。
日課の読書を開始したいと思います。
ぺらぺらと、ページを捲って物語を読み進めていく。
すると、ガサ……という音と共に、昨日は見なかったわんこが姿を現しましたよ。風邪は一日で治ったのでしょうか。
「良かった。風邪をひいたのかと思いました」
おいでおいでと手招きをすると、いつものように私の真正面に腰を下ろします。
今日のおやつはヨーグルトですけどね。ですがその前に……。
「大丈夫ですか? 保健所に連れて行かれたら、どうしようかと思ってました。
なので、これを手に入れてみました」
恐る恐ると首輪を差し出してみました。内心はドキドキですよ。本当に。
すると、わんこは悩んだようにジッと首輪を見つめ、顔を上げた。
ん?
「つけても……大丈夫ですか?」
「わん」
良いみたいです。
「それでは、ちょっと失礼します」
いつもより距離を縮めて、首輪をつけてみました。
「やっぱり、赤が似合いますね」
狼なので大きいですが、シルバーの毛並みはもふもふでありながら、サラッとしていて、すごく触り心地が良いのです。
癒されますね~。
「あぁ、そうだ。今日のデザートです。
ヨーグルトなんですけど……お口にあうと良いのですが」
「わふ」
「はい。どうぞ」
ヨーグルトの入ったタッパ入りの袋を口元に差し出すと、それをパクッと咥えて、背中を向けて歩き出しました。
今日は態々姿を見せてくれたんでしょうか。それなら、嬉しいんですけどね。
狼さんの姿を見送った後は、日課の読書に戻りました。
そろそろ、読み終えそうです。これを読み終えたら、次は何を読みましょうか。
この作者様の本を読みきろうか、迷っているんですよね。そんな事を考えていたら、スマホのアラームが。あぁ、もう時間なんですか。
本を鞄に入れて、教室に戻らないと。
次の授業は美術ですね。今度は何を作るんでしょう。
実は美術は大好きで、何を作っても楽しいんですけどね。
今日も平穏無事に終わりそうだと、気が緩んだ私は気付きませんでした。
3階の廊下から、ずっと見られている、という事に。
見るほどの人物ではないんですけどね。本当の姿は隠しているので。
教室に戻ってみたら、彩さんに抱き疲れました。
うん。距離感が近いです。
女友達って初めてなので、嬉しいんですけどね。
「どうかしたんですか?」
「ご飯一緒に食べようと思ったの。でもいなくて」
「そうだったんですか。すいません。食堂には行きたくないので、諦めて下さい」
すいません。
本音を迷わず言えば。
「理流冷静すぎ。そんな所も可愛いと思うんだけどねっ」
尚更ギュッと抱きしめられました。
……?
どうやら、彩さんの目にはおかしなフィルターがかかっていると判明。今の私の反応は、可愛いには程遠いと思いますよ。
「彩さん。授業が始まるので、移動しながら話しましょう」
少し違和感を感じましたが、気にしないでおきます。
人間、生きていれば隠したい事の1つや2つはあるものです。