QPと恋するマリオネット【ショートショート】
テスト投稿。
過去作ですが、現在に合わせて多少変更しました。
トゥルルル……ガチャ
『ほいほ~い。こんな時間にどしたん』
「あ、QP? これからウチに来れる?」
『ん~、今すぐは無理かな。二時間後、九時頃でもいい?』
「……わかった。待ってるから急いでね」
『ほいほい。じゃあ後でね』
ガチャ ツーツーツー
午後十時。よい子は眠る時間にもかかわらず、玄関の三和土を前に仁王立ちの私は信じられないセリフを耳にした。
「で、どうしたん? こんな時間に呼び出して」
「いや、私は七時に来いと電話したし。九時にしろと言った自分が一時間も遅れて来てそのセリフかい」
玄関で靴を脱ぎながら聞いてくるQPにジト目で斬り返すとQPはタハハと笑った。
「いやいや、彼氏と逢ってた最中だったから。悪いね。へへへ」
ムキィー、むかつく。なんでこの女に彼氏がいて私にいないんだ!
「先に私の部屋いってて。お茶入れてくる」
「ほいほい」とへ返事をし、パタパタと階段を上がっていくQPに「静かにあがれ!」と嗜たしなめつつ見送ってから台所へ向かう。「何、なに? どうしたの?」と怪訝そうな顔つきの母親に友達が泊まることを伝えて、既に冷めている電気ケトルのスイッチを入れ直した。
QPと初めて出会ったのは四年半前、中学入学直後のオリエンテーションでの班別けの時だった。
「ぶは、アンタ、キューピーちゃん人形にソックリじゃん!」
私の彼女に対しての第一声はコレであった。
今にして思えば、初対面でこのセリフは流石に失礼な話だろうと思うのだが、小学校を出て間もない私は思った事を素直に口にしただけだった。常識が無いと言われればそれまでだが、まさに若気の至りってヤツだ。
当然、班の他のメンバーも似た様なモノで、一気に爆笑の渦に巻き込まれた。当のQPもケタケタと笑い、「いやははは、面と向かって言われたのは初めてだよ。キミ面白いね。これから仲良くしてよ」とシャキーン!と親指を立てて言ってきたくらいだ。
それ以来、彼女のあだ名はQPで定着した。それ以来、高校二年になった今でも彼女とは親友らしき関係を続けている。〈らしき〉なんて表現を使っているのは、親友ってもんがどんなモノなのか私には未だにハッキリしないからだ。他の友達よりちょっと仲が良い、ちょっと一緒の時間が多い。その程度で親友と呼んでいいのか私には判らない。ただ、やはり彼女とはウマが会い、一緒に居て楽しい。故に〈親友らしき関係〉なんて曖昧な表現をしている。もしかしたら一線を越えるのが怖いのかもしれない。一体彼女は私の事をどう思っているのであろうか——
「で、これを見て欲しいんだ」
ズイっと差し出された化粧箱を見たQPは胡散臭うさんくさそうな顔つきになった。
「えっと、これって……何? す、すまほでまりおねっと?」
「ちょっとネットで見つけてね。試しに買ったんだけど、QPに協力してもらおうと思って」
たまたま踏んだリンク先で売られていた謎ガジェット。その名も【スマホDEマリオネット】。そんな馬鹿なと思う反面、夏のアルバイトで多少懐が暖かかった事も背中を押し、好奇心の方が勝りポチってしまったのだ。販売サイトに書かれていた説明によると——
「ふんふん、なるほどね~。つまり受信部……このアンテナの事か。これを装着した人を、事前にダウンロードしたスマートファンのアプリに書いた内容通りに操作できるってわけだ。ほえ~……あれ、協力ってつまり、アタシが受信機を付けて実験台になれってこと?」
ようやく気づいたか。取扱説明書の冒頭を軽く読み流したQPの顔からサーっと血の気が引いていくのがあからさまに見て取れた。
「まぁまぁ。飲み物でも奢おごるからさ。ちょっとだけ頼むよ」
最初に用意した紅茶はとっくに飲み終えていた。まだまだ夜は長い。追加の飲み物を用意する頃合だろう。え~嫌だなぁなどとブツブツと言いながらも、頭に受信部を付けているQPは相変わらずノリがいい。
「んじゃコンビニまで買い物お願いしよっか。QPは何がいい? さっき言ったけど奢し」
「ん~……ペペシNAXがいいかな」
「おけおけ。『近所のコンビニまで買い物。午前の抹茶とペペシNAXを急いで買ってくる』っと。よし、メッセージ送信!」
スマートファンから命令メッセージを送った瞬間、QPの体がビクンと反応。もの凄い勢いで部屋を飛び出して階段を駆け下りていく。階下で勢いよくバタンと玄関が閉まる音が響いた。恐る恐る時計を見ると十一時を回っていた。
一階で軽く母親に説教され、廊下に出たところでQPが戻ってきた。静かに二階の部屋まで二人で戻る。
「いやぁ、『急ぐ』なんて書いたら酷い目にあったわ」
さっきまで親に怒られていた話をしながら午前の抹茶と預けていた財布を受け取る。
「あれ、なんか残金がずいぶん減ってるんですけど……」
財布の中身を確認すると札が崩されていた。
「……あー、うん、まぁ、タクシー使ったから……」
「な、どどど、どーゆうこと」
ガシッっとQPの両肩に手をかけ、かっくんかっくんと揺さぶって問いただす。
「あわわわ、知らないよ。勝手に体が動いてタクシーを止めたんだもん。必要以外全然喋れなかったし。アタシだって五十メートルぽっちの距離のコンビニに行くのにタクシー使うとは思わなかったよ。しかも往復!」
シャキーン!っと親指を立てたQPのびっくり発言に卒倒そっとうしそうになった。どうやらこのガジェットは行動を事細かく設定してやらないと、手段を選ばずに最効率で行動するらしい。
「く、いやいや、これはこれでオッケー。この程度の被害で弱点を把握できた。ある意味ラッキー!」
「おぉう、ポジティブ! かっきー」
なんとかモチベーションを保つための苦しい言い訳をQPに冷やかされる。くっそ~……。
「よ、よし、次のミッションいくよ。今度は私が受信側をやる」
「いいよ、何やるの~」
「明日の英語のリーディングってば私の番なんだけど、そいつをコレでクリアする」
「え~、だってさっきアタシは自由に喋れなかったよ」
「セリフに該当する言葉は「(鉤括弧かぎかっこ)」で喋らす事が出来るんだよ。それでね——」
「ふむふむ——」
***
英語の授業冒頭で毎回行われるリーディング。前もって指名されていた私は【スマホDEマリオネット】による自動読み上げを敢行かんこうすべく、前日の夜に命令メッセージへの打ち込み作業をQPと共に没頭した。いかんせんスマートファンからの指定ページ分の打ち込みは大変な作業であり、交代で二時間もかかった。授業が始まると、予定通り私は指名され、それに合わせてQPに預けておいたスマートファンから命令メッセージを飛ばし【スマホDEマリオネット】による自動読み上げ作戦は無事に完了した。……はずだった。
「ばかばか、QPのバカ~! 大恥かいちゃったじゃない。インポータントと勃起不全を間違えるって狙い過ぎでしょ!」
「いやぁ、男子には超ウケてたし、つかみはバッチリだったよ!」
授業が終わった直後の休み時間、シャキーン!と親指を立てるQPの後頭部をスパコーン!と上履きで張り倒した。すると……
「あなたたち、危ないから教室で騒がないでくれる?」
背後から制止する声に振り向くと、学校でも有名な美少女が困った顔をして立っていた。
「あ、生徒会副会長さん」
「ち、アンタかよ。相変わらず真面目ぶりっ子だな」
この聡明そうめいな生徒会副会長さまは私の幼馴染であった。しかし幼馴染=親友の方程式は必ずしも当てはまらない。どっちかというと嫌いな部類だ。
「あなたも相変わらず騒がしいわね。QPさん、この人とのお付き合いも程々にしないと馬鹿を見るわよ。私みたいに」
「なるほど、確かにアタシも今日の英語の授業で馬鹿やってる人を見ま——」
シャキーン!と親指を立てるQPをローキック一発で黙らせる。
「で、とても立派な人格者である副会長さまが卑い私めに何の用ですか?」
「別に。教室移動で廊下を歩いていたら、騒いでいるあなたたちを見かけて注意しただけよ。自意識過剰ね」
あぁ、やだやだ。昔っからこうだ。品行方正、スタイル、ルックスよし、勉強も運動も出来る。まるで私と正反対。こんな可愛げの無い完璧超人のどこがいいのか、告白して振られた男は数知れず。まったくもって羨ましい!……じゃない、ムカつく。
「さいですか。それは失礼、お手を煩わせて申し訳ない。ささ、どうぞ行ってください。もうすぐ予鈴が鳴りますぞ」
「あはは、ごめんねー。副会長さん。気をつけるよ~」
「……以後気をつけてください」
私は、遠ざかる背に舌を出して見送った。QPは能天気にいつまでも手を振っていた。
***
放課後、QPを無理矢理引きずって帰宅する。
学校にいる間にいくつかのテストを繰り返し、ようやく本番への目処がついた。
「QPにはこの【スマホDEマリオネット】を買った本当の理由を教えてあげるよ。だから最後まで手伝ってよね」
「うんうん、アタシに出来る事なら何でもするよ。で、何するの?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた。もちろん彼氏を作る! QPに彼氏がいて、私にいない道理は無い!」
ガッ!っと拳を握りしめ、瞳から炎をメラメラと燃やし宣言すると、QPはパチパチと拍手をしながらニコニコと笑ってやがる。余裕か、これが彼氏がいる余裕なのか!
「で、具体的にどうするの?」
「ふ、知れた事。まずは電話で呼び出す。もちろん【スマホDEマリオネット】を使ってだ!」
「えぇぇ~、それくらいは自分でやってもいいと思う」
「——それが出来れば苦労はしないんだよQP……」
「うん、まぁそうかも……」
部屋の空気が一気に悪化し、がっくりと両膝をついた。
「で、誰に告白するの? ワクワク」
「ふ、ガツクなよ、QP。当然だが私みたいな超イケてるレディには相応の相手が必要っしょ。ターゲットは生徒会長よ!」
重くなった空気を撥はね除け、左手で前髪を撫なで上げながら右手でQPを指差すポーズを取る。ふ、決まったな。
「これは大物狙いだねぇ。成績学年一位、サッカー部エースの超イケメン(特定の彼女無し)の生徒会長かぁ。うん、チャレンジ精神は買っておくよ!」
シャキーン!と親指を立てるQP。手に持ったハリセンは振り下ろせなかった。
「……そんな事……わかってるよ、そんな事くらい……」
力なくハリセンを持った手を下ろす。ぎゅっと柄を思いっきり握った手が痛かった。
所詮私はこんな機械に頼ろうとする小心者だ。フラれるのはわかっている。だけど、だからといって最初から自分で諦めるなんて自分が可哀想すぎる。惨めでもいい、フラれてもいい、ここは手段を選ばずに行動するしか無いんだ!
心の中で叱咤しったする自分を見つめるQPの目の色が一瞬変わった気がした。
「でわでわ、心にグサっとくる口説き文句を考えますかのう」
「え、それって……」
「当然アタシも手伝うって事。私が誰か知ってるっしょ?」
「……ドジでノロマなQP?」
ニヤリと笑って親指を立てるQP。いや、別に褒めてないから……
その後、QPの考えた文面で生徒会長と会う約束の取り付けに成功した。
***
「なんでこんな時に職員室に呼び出しされるかなぁ」
「うるさいわね。昨日緊張して夜眠れなかったのよ!」
職員室の外で呆れ顔のQPが待っていた。今日の放課後、屋上で生徒会長に告白する段取りだったのだが、寝不足で居眠りを連発してHRの後、先生に呼び出されたのだった。
急げばまだ間に合う。無駄口叩いてないで待ち合わせ場所へ急ぐ事にした。頭にアンテナを付けつつ駆け出す私をQPが慌てて追ってくる。
「ほらほら、急いで。アンタ遅れたら作戦が成立しな——」
「きゃぁ」
ドスンと尻餅。アイテテ……どうやらQPに気を取られていた為、曲がり角で人とぶつかってしまったようだ。
「あややや、副生徒会長さん、大丈夫?」
QPの声で「なに!」っとぶつかった相手を見る。
「ちょっと、廊下は走っちゃいけない事ぐらい小学生でも知ってるでしょ」
手を貸すQPに「ありがとう」と言って立ち上がる副会長を尻餅をついた状態で睨みつける。
く、、、よりによってこんな時に……
「ごめん、副会長さん。ちょ~っと急いでて……」
「まったくもう。今度見かけたら反省文よ」
チラリと私を一瞥して副会長は去っていった。
「そっちも大丈夫?」
「ん? ああ、大丈夫大丈夫。それより急ごう」
さっと立ち上りスカートをパンパンと手ではたいて歩き出した。これから勝負って時に嫌なヤツと会っちゃったなぁ。
屋上の扉を開けて見回すが生徒会長はまだ来ていなかった。とりあえず貯水タンクの陰に陣取り作戦会議。
「命令メッセージは三通。タイミングを見計らって送信するのよ。わかった?」
「らじゃらじゃ!」
そんなやり取りをしていると屋上に人影が現れた。
「準備はいい?」
『屋上で生徒会長に駆け寄り「ごめんなさい。待たせちゃって」と言う』
命令メッセージ内容を確認して二人で頷く。
——送信。
「……」
「……」
「……?」
「あれ?」
「QP、何やってるのよ」
「いや、送信したし。履歴にもちゃんと残ってるよ」
「試しに二通目送ってみて」
『生徒会長の目を見つめて言う「ずっとアナタの事が好きでした。私みたいに何の取り柄も無い女の子から告白されても迷惑なのはわかっています。でも、気持ちだけは伝えておきたくて……。好きです。付き合って下さい」』
内容を確認して送る。すると屋上に誰かが走り込んできた。
肩で息をしながら生徒会長の前に立ち止まる。あれは……副会長?
「ごめんなさい。待たせちゃって」
「え、ど、どうしたんだい……」
「ずっとアナタの事が好きでした。私みたいに何の取り柄も無い女の子から告白されても迷惑なのはわかっています。でも、気持ちだけは伝えておきたくて……。好きです。付き合って下さい」
な、なにぃぃぃ! なんで副会長が告白命令メッセージを……
はっとして頭をまさぐる。無い、ない、ナイ!【スマホDEマリオネット】の受信アンテナが無い!
ま、まさかさっきぶつかった時に……。
「そんな、君みたいな子がそんな事言っちゃ駄目だ。君はとても素敵だよ。ボクの方こそ君の事がずっと気になっていたんだ」
「え、え、えぇぇ? うそ……本当に?」
おうおう、なんか向こうは盛り上がってやがる。くっそう~~~。
「やっぱこうなったか。振られたとき用の三通目は無駄になっちゃったね」
「何言ってるのよ、これからアイツに生徒会長の悪口を言わせて邪魔するに決まってるじゃない!」
そうだ、冗談じゃない。なんなのこの結末は!
私を見つめるQPと目が合った。私の瞳の奥底まで覗のぞき込んでくるような感覚。
「一昨日、私に電話してきた時、彼氏と一緒に生徒会長と会ってたんだよ。彼氏経由でアタシに相談に乗って欲しいと」
え、QP……アンタ何言ってるの?
「気になる人がいるんだけど、その人の前では妙に意識して上手く喋れなくなるんだって」
「それであの日は遅れたの?」
「ううん、時間通りにアナタの家に向かったんだけど、近所まで来たところで副会長さんに呼び止められてね。どうしても相談に乗って欲しい事があるって……だからその前にアンタにワンチャンスあげたかったんだけど……ごめんね」
「……わかったわよ。おっけ~、これで私の恋愛ごっこも終了って事で」
「大丈夫。まだ終了じゃないよ。きっと素敵な彼氏が出来るよ」
シャキーン!と親指を立てるQP。まったくもう、敵かなわないなぁ。
「お邪魔虫はさっさと撤退するわよ!」
「らじゃ」
駆け出した私は生徒会長と副会長の側まで迂回し、すれ違い様に副会長の頭をポンと叩いた。
「ちょ、ちょっと、いきなり何よ!」
「お二人さん、お幸せに~」
振り返ると照れて真っ赤になった副会長と会長が幸せそうに笑っていた。彼女の笑顔を見るのは久しぶりな気がした。私の後ろを走るQPもニシシと笑っていた。愛のキューピットことQPと今後も付き合っていれば私もきっと——
さっき副会長の頭から回収した【スマホDEマリオネット】の受信アンテナをギュッと握って校舎の中に飛び込む。
ドン!
「おっとっと、ごめん。大丈夫?」
見覚えがあるクラスメイトの男子生徒の胸中に顔を埋うずめた私の後ろで命令メッセージ送信音が聞こえた気がした。
実際にアップしてみる為に過去作を利用させていただきました。
ルビとかの確認も含めています。