青い果実は、意外に甘い
更新遅れました。もう、同じようなことを何回言ってんだか。まあ、どうぞよろしく。
朝日が、頭角を現し始めた。
しかし朝日は空全てを照すほど、輝いてはいなかった。
部屋の窓から見えるのは、朝日と、もうひとつ。
宿の隣の空き地で、薄い寝間着のまま額に大粒の汗を滴ながら、一人の少年、エクが竹刀を振り回していた。
エクの所持品は少ない。エクは小さなリュックサックしか持っていなかったから。ということは、何処かから盗んできたと考えるのが打倒だ。
一体、何故そんなことをするのか?
鉛色の髪は汗の流れ道と化しているし、彼の動きは素人そのものだ。
どう見たって、今日から始めました、にしか見えない。
彼にはどんな心の動きがあったのだろう。知りたくてしょうがない。
まあ、これは良い方の変化だ。護衛対象者は強い方がやりやすい。
しかし、エクの剣術センスはここまでか、というくらいない。
これは、誰か教える者がいないとな。町ひとつ一夜で消せるほどの。
では、行くとするか。
ローブを羽織り、これまた黒い、手袋をはめる。
辺りに人はいないようなので、フードは被らずに、窓から飛び降りた。
空から落ちてきた私にエクは驚いたようで、こちらを凝視してきた。
「何?お前。邪魔なんだけど。失せろ」
口を開けば、私に対する敵意がむき出しになる。
黙っていれば、世間一般的に可愛らしい顔をしているのに。
だが、見捨てる訳にはいかない。
「そうかい。今から、依頼を遂行しようと思ったのだがな」
そう言って、腰にさしてある剣を引き抜いた。
剣の長さは、指の先から腕位の長さで、中途半端と言われがちだが、使いなれると、いいものだ。
そして、最も眼を引く、緋色の刀身。例えるならば、血の色が一番近いだろうか。まあ、禍々しさは随一である。
それを見たエクは口をポカンと開けて、竹刀を落としてしまった。
「これ、お前が使って勝負してみるか」
試しに言ってみると、意外に乗り気らしく、手を伸ばしてきた。
そのため、剣を渡すと、
「やってやる。その代わり、容赦しねーからな」
と、言って、刃先を私に向ける。
気概だけは、一流のようだ。
「分かった。では、私は素手で戦う。生憎、竹刀は苦手なのでな」
そう言うと、エクは睨み付けてきたが、これは挑発ではない。剣が無くても戦えるように鍛練していたのだ。
「では、始める」
少し距離をとった後そう言うと、エクは容赦なくこちらに向かってきた。
しかし、真っ直ぐ向かってきたので、次の動きが手に取るように分かる。
「死ね」
エクは私に向かって剣を降り下ろす。
それなりに攻撃にはなっていたが、体ががら空きだ。
左足を重心にくるっと回り、剣をかわすと、そのままエクの腹に向けて打ち込む。
もろに攻撃を受けたエクは受け身もとれずに五メートルほどとんだ。
これは結構なダメージになっただろう。
それでも、エクは私にヨロヨロと向かってくる。
「実際の戦闘だと死んでいるぞ」
私はそう言って、エクの後ろに回り、剣を奪いとると、首もとに刃先を当てる。
「何で、お前ごときに」
体力が持たなかったのだろう。エクはそう言うと、倒れてしまった。
私とて、このくらいで死ぬほど弱くはない。
「まだまだ、甘いぞ」
そう言って、エクの手から落ちた剣を腰にさし、エクをおぶる。
その体は、とても軽く、小柄な私でも楽々背負っていけた。
部屋につくと、ベッドにエクをおろす。
再度目をやると身体中、傷だらけだ。
流石にやり過ぎたかな。と、思うが、本人が望んだのだ。決して、虐待ではない。
しかし、このまま手当てをしないというのは、まずいだろう。
ローブのポケットから、包帯を取り出す。
あまり、手当てなどはしたことがないが、まあ、大丈夫だろう。
包帯を巻き終わると、太陽が爛々と輝いていた。
今の時間帯だと、食堂は開いているだろう。二人より先に食べてしまおう。
「俺のせいだ。だから、」
「私のせいだ。だから、」
振り返ると、二人は眠っていた。ということは寝言だろう。
双子って寝言も同じなのか?
まあ、いい。気にせず食堂に向かうとするか。
食堂に来た目的は第一に食事をすることだが、それだけではない。
情報収集のためでもある。いつの時代も何故か、こういうところは情報が手に入れ易い。
テーブルで一人、粗末な朝食を口にしながら、耳の感覚を鋭くする。違和感のないように。只の旅人になるのだ。
... ...まさか、な。聞き間違いであろう。有り得ない。しかし、彼奴のすることは、予想がしにくい。
それでも、...いや、可能性はある。
本気で敵に回ったか。私とて、あまり戦いたくはない。
まあ、いい。朝食も終わったことだし、部屋に戻ろうか。
そう、席を立とうとした時だった。
「何一人でしんみり食べてんの。見た目も惨めなのに、中身まで惨めとか、終わってる」
目の前には、ユキアとエクが。
「誰かにボコボコにされて腹減ってんだよ。退け」
そう言うと、二人は勝手に空いていた席に座る。
「あんたと一緒に座ってやってんの。感謝くらいしてもらいたいわ」
?ユキアの言ったことがよく分からない。何故、礼を言わなければいけないのだ?
「朝食二人分」
その間に、エクは朝食を頼んだ。
これで、うやむやにさせとこう。
「ねぇ、聞いてるの」
いや、出来なかった。というか、何故?
まあ、いい。
「礼を言おう」
これで大丈夫だろうか。
それにしても、この少女、何をしたいんだか。
今度は突然、
「何よ、その態度。ムカつく」
と、怒っている。本当にどうしたのだろう。
「はいよ。朝食二人前」
切り詰めた空気の中、宿の女将が朝食を持ってきてくれた。
二人は何も言わず、飯にがっついたので、代わりに女将に会釈をしておく。
「何で、頭下げたの」
ユキアはまた、何か不服らしく、私に強い口調で問い詰める。
このままで、旅は続けられるのだろうか。
まあ、答えないとキレることは確かなので、
「人とのコミュニケーションを円滑にするための技のようなものだ」
と、答える。
それでも、まだ納得いかないらしく、
「円滑にするのにそこまでしたい?」
と、高圧的に言った。
結構な大声だったが、エクは気にせず飯を食べている。もとより、ユキアはこうだったのか。
さっきの科白も、族長の娘という立場だったため、人が勝手によってきたからこそ言えたのだろう。
「立場がもとより弱いものは、こうして生きていくのだ。と、言っても、強いものも同じこと。結局、一番強いのは、人の縁だ」
そうだ。極論、一より百、百より千である。
それを、この少女が理解出来るかは別の話だが。
彼女はそれを何度か、考えた後、
「ふーん、そう。でも、私はそんな生き方はしたくない」
と言って、飯に集中し始める。
ユキアはユキアなりに私の言うことを考え、答えを出したらしい。
思いの外、物事を考えているな。最初に会ったときは、世間知らずで高飛車な少女だと思っていたが、間違えていたらしい。
と、いうことは、さっきキレたのは... ...。
「私が怪しまれないよう、共に食べると言ったのか」
そう、ユキアに問うと、
「うるさい。黙れ」
と、言って、また怒らせてしまった。
しかし、これも彼女なりのコミュニケーションの取り方なのかもしれない。
「ご馳走さま」
さっきから黙って食べていたエクは早々に食事を済ませたらしい。
そして私に、
「今日はどうすんだ」
と、問うた。
エクの方も、物事をちゃんと考えている方なのだ。戦闘の時も、そうしてもらいたいものだが。
「ここから出る列車に乗って、フォースタに向かう」
と、言うとエクは、
「武器が見てー」
と、言ったが、それを、
「エクは剣術センスがないのでな。ここで見るより、フォースタでオーダーメイドを買った方がましになると思うぞ」
と、言い返した。
勿論、エクの勘にさわったらしく、
「うるせー。たかが一度勝っただけで何言ってんだよ」
と、言うが反対はしないらしい。
これで、行動が出来る。いや、それよりも、一つ疑問ができた。
「白明の者は、特殊能力を使えるのか?」
これがあれば、剣術センスがなくてもまだ戦える。
彼らの年齢は、もう10を超えているだろうから、あるなら使いこなせるはず。
「あんた馬鹿なの?そんなことも知らないなんて。白明の一族は、自分の武器を見つけたら能力が開花するの」
勝手に話に割り込んできた、ユキアが説明した。
ほう、面白いな。流石、『人智を越えた一族』に当たるだけある。
「では、自分の武器とやらを見つけたら、魔族とも渡り合えるのか?」
それを聞いた瞬間、二人の顔がきつく歪んだ。
「その話、一生するな。もう、一度でもしてみろ。奴隷市場に売りさばくぞ」
そう、言って、エクは席をたってしまった。
結構な興味があったのだが。
やはり白明でも、魔族には勝てないのだろうか。
まあ、彼らは人と、比べられるものじゃない。
それぞれ男女の姿をした悪魔、天使、グールと、それを統べる魔神。
合計七体の化物。それを、魔族と呼ぶ。
彼らは人を喰い、餌が有る限り、永劫行き続ける。
その能力は、特殊能力持ちの人間、百人と余裕で渡り合えるほどと言われており、人間の恐怖そのものである。
昔はもっといたようで、いつの日か、歴史からは消えた。
今では、裁きの眼も殺そうとしているらしいが、実際死人が増えているだけ、というのが、世間の評価だ。
それよりも、エクを追わなくては。旅の準備もしなければいけない。
「ユキア、エクの様子を見てくる」
そう、ユキアに伝え、部屋に戻ろうと思った。が、何かに引っ張られ、進めなくなってしまった。
「あんな空気にさせた罰よ。少し待ってなさい」
ユキアがグッとローブの端を引っ張っていたのだ。
まあ、理由はどうあれ、あれは私が悪いだろう。
私が止まったのを確認すると、すぐに手を放し、早めのペースで食べ始めた。
そのため、数分後には、食事を終わらせていた。
「じゃあ、行くわよ」
自分が待たせたのに、私が待たせたような科白を言って、ユキアは歩き出した。
「おせーよ」
部屋につくと、エクが準備満タンというように、リュックサックを背負って立っていた。
「分かってる。少し待って」
ユキアもそう言うと、すぐに準備しだした。
ちなみに、私は全てローブに入っているので、準備は終わっている。
「早く行くぞ」
宿の代金を払っている間も、エクは騒いでいた。
それを、宿の女将は微笑みながら、見ている。
代金を払い終わると、女将は、
「気をつけてね」
と、二人に向けていった。
すると、二人は照れくさそうに笑いながら、ありがとう、と言った。