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隆弘とリリアンの言わば逃避行は、花神楽の駅を電車で出発したところから始まった。リリアンは甘いものが食べたいと言った。それならと、少し行った先にある有名なスイーツバイキングに行くことにしたのだ。予約などしていないが、平日の夕方だ、恐らく空いているだろう。
隆弘にとっては願ってもないチャンスだった。意中の人と念願のデートとも呼べる外出である。しかし、いくらそうは見えなくても、西野隆弘は十八歳、思春期真っ只中の男子である。アピールしなければという思いよりも、意中の人と二人きりで遊びに行っているという事実に緊張する方が勝ってしまっていた。表情には出さないよう必死で取り繕っていたが、内心はかなりあたふたとしていた。
こうして着いた店内で、美男美女同士の二人は他の客や店員の視線を浴びながらスイーツを楽しんだ。普段は視線など気にしない隆弘だが、この日はリリアンがいたからだろうか、少しだけ周りの目が気になることがあった。しかし、それも一瞬だ。隆弘の意識は目の前のリリアンに釘付けであった。
店を出て、海までまた電車に乗る。立って扉に寄りかかっているリリアンの横顔は、どこか物憂げで、儚かった。隣にいた隆弘はそろそろとリリアンの手に手を伸ばし、意を決してその手を取った。リリアンは一瞬驚いたが、抵抗はない。
その反応に、いよいよ隆弘は目を見開いた。たちまち自らのした行動に恥ずかしくなり、顔が赤くなるのを感じる。心なしかリリアンの顔も赤い気がする。お互いの手の熱が異常なほどに主張してきて、わけが分からなくなる。しかし、あぁ、こんな時間が永遠に続けばいいのにと、柄にでもなく神に祈ったりして、隆弘はとにかく平静でなかった。だから、海が近い駅に着いたとき、リリアンに手を引かれて我に返った。男ならエスコートするのが基本中の基本だ。慌ててリリアンに歩調を合わせて追いつく。気が付けば、二人は手を繋ぎ、並んで砂浜までやってきていた。
互いに無言だった。しかし、同時に顔を向けた。日が沈みかけた浜は少し寒いくらい風が強く吹いていて、リリアンの美しい金髪を吹き流していく。夕日に染まり幻想的な影を生み出した彼女の顔は、隆弘が今まで見たことのない、壮絶な美しさと色気を醸し出していた。その新芽のような緑の瞳に吸い寄せられるように、隆弘はリリアンを抱き寄せ、そっと唇を重ねた。
触れるだけのような、キスだった。