6
授業を終えた隆弘が帰宅するべく廊下を歩いていると、向こうから目立つ金髪が足早に歩いてくるのが見えた。表情がわずかに明るくなる。ごく自然な流れで前に立つ。
「先生」
「あ…西野…」
「こんなところで会えるなんて、良い偶然だな。普段の俺の行いがいいんだぜ」
「はは、息吸うように授業サボってるくせに…」
一見いつも通りだが、どこか気もそぞろな雰囲気だ。少し押しを強くしないといけない、とさらに畳み掛ける。ついでに身体も引き寄せて。
「せっかくだ、この後何にもないんなら、俺とどっか…」
顔を近くで覗き込んで、はっとした。リリアンの目が、わずかに充血している。もしや、泣いていたのだろうか。だとすれば。
(あの野郎…)
考え事をしていて、反応が遅れた。リリアンが何か開き直ったような目をして、隆弘の腕に腕を回していた。
「連れてってくれ!」
「は?」
「どっか行こう!!」
「はぁ!?」
「私甘いもの食べたいな! あと海見たい!」
「おい海って今秋だろうが」
「まだ暑いじゃんいいでしょ! 行こう!」
リリアンはぐいぐいと隆弘を引っ張って歩いていく。隆弘はひどく動揺しながらもリリアンに引っ張られるまま後を続いた。
「な、何だよあれ」
「まさか花ちゃんの方から誘うなんて」
「今まで散々はぐらかしてたってのに」
「むっさんと何かあったのかな」
「あ、まさか…」
「あぁそうかむっさん…!」
「別れを切り出されたとか?」
「修羅場か!? 修羅場があったのか!?」
「傷心の花ちゃんが教え子と逃避行!?」
「ちょ、お前ドラマの見過ぎだろ」
廊下を歩いていた他の生徒たちの間では、この事態に隆弘以上の動揺が走っていた。幾度となく繰り返されてきた二人の争奪戦は、深夜の退職によって何らかの決着がついたのではないか、とその出来事は学校中を駆け巡った。
だから、病院に行くため放課後はいないとされていた深夜が学校に戻ってきたときは、学校中が注目した。その頃にはもう校内に隆弘とリリアンの姿はなかった。
「すまん、花子を見なかったか」
「西野はどこいった」
深夜は学内の生徒や先生たちにひたすら聞いて回り、それからすぐに学校を飛び出していった。直後、学校には「まだ争奪戦は終わっていない」という速報が駆け巡った。