2
「何かあったのかよ」
「これは、この学校の中でも、花子しか知らないことなんだが…」
深夜はそう言うと、自らの左目にある眼帯をほんの少しずらした。隆弘はぎょっとした。見えたのは一瞬だったが、おびただしく変色した、人の肌とは思えない色が見えた。焼け爛れているようにも見えた。
「お前はその頃イギリスにいたから知らないだろうが、若い頃、ちょっとしたニュースになるくらいのことに巻き込まれてな。左目はそのときからまったく見えてない。ずっと右目だけで頑張ってたんだが、最近いよいよガタが来たらしくてな。正直、びっくりしてるよ、思ったより進行が早いらしい…」
「………………」
「こうなったらもう教師は続けられない。花神楽も離れることになる。…花子に迷惑はかけられない」
「…だから何だってんだてめぇ」
「お前なら、花子をきっと幸せにできるだろう」
その言葉と、深夜の真剣な表情に、隆弘は心臓をぎゅっと掴まれた思いだった。深夜は、隆弘に花子を託そうとしているのだ。確かに隆弘は花子…リリアンを愛している。しかし。
「悪いが…譲ってもらうほど、俺は困ってねぇ。身を引くってんなら、さっさとしたらいいじゃねぇか。その上で俺はまた、あの人にまた俺に振り向いてもらえるようにするだけだ。てめぇがどうしようが、俺には関係ねぇぜ」
「…そうか。ありがとう」
「は?」
深夜は穏やかに笑っていた。どこか寂しさを滲ませて。
「俺は別に花子が嫌いになるわけじゃない。今だって十分好きだ。だからこそ、花子には幸せになってもらいたいからな。お前みたいに本気に考えてくれるやつがいてくれて、良かった。ただ、このことは花子には言わないでくれ」
「……………………」
リリアンがそうであるように、深夜も、一度決めたことは決して曲げることはない。そういう人物だった。だから、今隆弘が何を言おうと、深夜の行動が変わることはないだろう。それに隆弘には、わざわざ引き止める義理もない。想い人のライバルが身を引くというのだ。喜ばしいことではないか。そう思おうとしても、胸の内に溜まるもやもやとしたものは、いつまで経っても晴れることはなかった。