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「ほんじゃ、深夜の快気と、事件の解決を祝して。乾杯!」
「「乾杯」」
三つのジョッキが軽くぶつかる。ビールとハイボールは三人の喉を潤した。リリアンが豪快に息を吐く。
「うーん! 一仕事した後の一杯は染みるねぇ!」
「親父かよお前」
「でもそれについては同意するよ。今日のビールは特別美味しく感じるね」
深夜の退院から数日が経った夜のことである。深夜はその日、抜糸を終えて無事完治となった。病院から出るとリリアンから電話があり、アレックスと三人で飲まないかと誘われたのである。ここしばらく酒を飲んでいなかった深夜は快諾し、以前送別会を行った花神楽の駅前の居酒屋に三人は集まった。
「今回は何から何まで世話になっちまったな」
「大した被害がなくて良かったよ。学校に対する脅迫も、学校が標的になるかもしれないっていうミスリード狙いだったっぽいし」
「結局、自衛って何やってたんだ?」
「んー、とりあえず学内の監視カメラを私とかソウルとかで逐一監視しながら内原に授業中の身回り増やしてもらって。まぁアレックスも何度か外で授業するから都合が良かったよ。んで、放課後は、スイレンと運動部エースたちで学内、イセリタと風紀の精鋭たちで学校の周りを見回って」
「私は霧のところに。当事者が一番危険だし、三人の中では私が一番霧のところに行くのが不自然じゃないと満場一致したからね」
「よくやったもんだな…」
「ま! 解決したんだから良かったじゃないの!」
「解決したって言えるのかアレは?」
「報道はされていたね。あの遺体は朝比奈真美さんだと正式に判明したそうだよ。ただ、犯人は未だ行方不明だそうだ。その内被疑者死亡で片付けられそうな気がするよ」
「自己満足を拗らせた姉に殺された妹、か…」
「…付き合ってた頃はあんなやつじゃなかったんだけどなぁ…」
「深夜のことはガチで死なせようとしておいて、自分は自分に見立てて誰かを死なせただけで死んだつもりになってるんだから、あいつも結局自分が可愛いんだ」
「リリーは随分あの女に辛辣だね」
「むしろ深夜が甘すぎると私は思うね!」
「それに関しちゃ返す言葉も無い」
「ははは…ちょっとトイレに行ってくるよ」
アレックスが席を立つと、残された二人はしばらく無言で料理をつついたり酒を飲んだりしていたが、ふいにリリアンが口を開いた。
「なぁ深夜、お前は私のこと、リリアンとかリリーって呼ばないな」
「え?」
「未だに花子って呼ぶの、最近じゃお前くらいだよ」
「…そうか」
「何でだ? 後藤花子だろうがリリアン・マクニールだろうが私は私だって言ってくれたのはお前じゃんか」
身を乗り出すリリアンに深夜は少し目を泳がせる。
「あー…何だ、その……何か、こっ恥ずかしくて………」
「………………ぷっ」
その反応が外見に似つかわずあまりに初々しいために、リリアンは思わず大笑いしてしまった。その声は、高らかに鳴り響く鐘のよう。忌まわしき彼女の姉とは似て非なる音色だった。
「…んだよ、そんなに笑うことないだろ! 明らかに外人の女の名前呼ぶっておっさんには結構ハードル高いんだよ! それにリリアンって呼んで誰かさんに見つかったら…」
「ん? 何だか盛り上がってるが何の話だい?」
「!!」
背後から陽気な声をかけられて深夜は思わず肩を震わせた。アレックスは本当に話を聞いていなかったようで、きょとんとしている。救いを求めて時計を見ると、電車が残りわずかな時間であると気付いた。早々に荷物をまとめ金を置き帰る支度をする。
「あー! 逃げるのか深夜ーっ!」
「お前酔ってるだろ! 俺はお前らと違って電車で帰らなきゃいけないんだよ! じゃお疲れ様です!」
深夜は足早に席を離れようとして、ぴたりと立ち止まり、振り向いた。
「じゃあな、『リリアン』!」
深夜は真っ赤な顔で店を出て行った。リリアンとアレックスはしばし呆然としたあと、互いに顔を見合わせた。
「…リリー、君も今真っ赤だよ。酔ってるのかい?」
「…………そういうことにしといてくれ」